第37話 反撃の準備
酒場のメシは異世界風だった。
俺達の世界でもあるような鶏肉やパンの他に、虫の丸焼きやスライムの刺身なんてものもある。このゲームのプレイヤーにはわりと人気があるようで、普段から異世界に足を運ばない作家が美味そうに食べている。
俺は甘い物が食べたかったので、パフェを注文し、二杯食ったところで胸焼けがした。そういう身体の防衛機構もちゃんと働くようだ。さすが脳。
「せんせー。これからどうするの?」
「決まってる。ナミオカさんに一発カマしてやる。俺達を見下して、作家をモノのように扱った報いを受けさせてやる」
俺は拳を握って宣言する。
「……嫌なら参加しなくていいぞ、JK。お前は若いし、KADOKAWAにこれからも世話になるだろうから」
「ううん、あたしもせんせーと同じ気持ち。端から聞いてて、どう考えてもあのナミオカさんって人が悪いよ。そんな人に担当されたくないし」
一般論の話である。
誰だって性格の悪い人間と仕事なんかしたくない。
好き嫌いの問題だ。
「でも、イザとなったらせんせーに脅されたって事にするから」
「……ああ、それでいいよ」
「あれ、ツッコミが入らない」
「いや、本当にそれでいい。お前はまだ先があるんだから、出版社に悪印象を持たれるような事はするな」
「やめてよせんせー……なんか、嫌だよ。自爆するみたい」
「ハハッ、俺も仕事は続けたいからな。業界と心中するつもりはねーよ」
編集の失態をネットにでも暴露するか?
そんなのは悪手だ。ネット住民が騒ぐだけで、誰も得をしない。
「ナミオカさんは『売り上げで勝負しろ』と言った。だから俺はそうする。金の匂いを嗅がせれば、あの女は喜んで尻尾を振るさ」
「そんな方法、あるの? ゲーム内で?」
「まーな」
ただし正攻法とはいえない。
確実にKADOKAWAに敵対する行為だ。
仕事――なくならねーよな、マジで?
「アミューさんも無関係って事でいいよな?」
「んー、私、本当は取り締まる側なんだけどナ」
困った顔のアミューさん。
あれから彼女は普通にアバターに戻り、こうして俺と一緒に行動している。
「でもね、ナミオカさんが言ってた。もしもセンセーがふざけた事をしたら、私に――」
「な、なんだ? アミューさんをクビにするっていうのか?」
人質ってわけかよ。
ゲーム部門の責任者だからって、やっていい事と悪い事があるだろ!
こんな優秀なガイドを――
「センセーのデビュー時代の恥ずかしい話を聞かせるッテ」
「ナミオカーーーーーーーッッ!!」
あの女、どこまで外道なんだ。
やっていい事と悪い事があるだろ!
そりゃ俺の反逆のせいで、有能ガイドをクビにする利点なんかないわ!
「くそっ、あの女絶対に許さねぇ! 必ず吠え面かかせてやる!」
「それはいいんだけどさ~。具体的にどうすんのさ」
尋ねたのは俺の正面でステーキを食っているヌルハチ。
太らないのをいい事に、奴の周囲には皿がうず高く積まれている。
「ヌルハチ。アバラヤマ。お前らが国を作った理由が少し分かったわ。お前ら――みんなをナミオカさんから守ってたんだな」
「ふん、守っていた自覚はない。ただ、危機を伝える事はしたがな」
眼鏡を押さえるアバラヤマ。大食いのヌルハチとは違い、彼はコーヒーしか飲んでいない。神経質そうな顔をしているが、あれで照れているんだ。
「俺の国に来るのは、ロートル作家が多い。時代についていけず、編集から見捨てられた作家ばかりだ。そんな奴らが必死に考えたストーリーを流用されていると知った時、自衛の手段が必要だと感じた」
「俺も同じだよ~。若手の作家がいっぱい搾取されててさ~。だから最近の編集はクソなんだよ。もう編集者なんていらなくね~?」
ヌルハチも頷く。
アバラヤマは古い作家を、ヌルハチは新しい作家を守っていたのだ。
自分達の手で、自分達だけの小説を書かせるために。
作家のオリジナリティを守ろうとしていたんだ。
「ま、クソ編集よりもクソ作家の割合の方が多いんだけどな。どんな業界にも悪い奴はいるさ。ヌルハチ、お前も人の事が言えるか? ツイッターで『旧来の書き方が忘れられず、ネット小説やらない作家はクソだ』とか書いて炎上してたろ」
「本当の事書いて何が悪いんだよ~? 別に俺、炎上なんて怖くないし~」
なんて強がってるが、そう言う奴に限ってビビッてんだよな。
それも芸風のひとつ、か。
「ふん、ちょっと売れたくらいでそのやり方が正義だと信じる愚か者め」
「なんだとアバラヤマ~。お前なんか二〇一〇年くらいで時が止まってんだろ~」
「俺の時が二〇一〇年で止まっているのだとしたら、お前は二〇一七年で止まっているだけだ。その先の変化についていけず、またツイッターで泣き言を言う生活に戻るさ」
「ツイッターツイッターって、うるさいな~! このゲーム内じゃツイッターなんてないんだから、いいだろ~!」
「あー、お前ら。ケンカはやめろ」
掴みかかりそうになる二大クランのボスを止める。
いい大人がみっともない。
まぁ、ラノベ作家がいい大人になれるわけがないんだが。
「お前らには仲良くしてもらわないと困るんだ」
俺がそう言うと、二人はケンカを止めて俺を見る。
「……俺達が仲良く~? それがお前の作戦~?」
「ああ。ま、別にケンカしててもいいぜ。代わりはいくらでもいる。もろちんお前らの国の連中にも話はするがな。ロックさんとかノリノリでやってくれるぜ」
「なんだと~?」
「聞き捨てならないな。話せ」
二人が俺に注目する。
話を聞いてくれる気になったところで、俺は作戦を説明した。
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