第35話 許さない

「うおおおおおおおおおっ!」


 全力で振り抜いた俺のパンチを受け、床に叩きつけられるナミオカさん。

 特に受け身も取らず、そのまま床に倒れる。

 かと思うと、目の前に立っていた。起き上がるモーションもなく、まるで最初からそうしていたかのように。


「なーにすんの。いきなり殴りかかったりしてー。打ち合わせじゃないんだよ?」

「うるせぇっ、この外道編集が!」


 俺はナミオカさんから離れ、自然とJKをかばうように立っていた。

 この女の存在は、ピュアな作家にとって毒だと思ったから。


「私のやり方が気に入らないの? すでにこのやり方で何人も成功させてるんですけど? プロットをもらった方も、喜んで小説を書いてるよ?」

「そいつは嘘だ」

「う、嘘じゃないわよ。なんでそう言い切れるの?」


 俺は般若の面を睨みつける。


「あんた……本当に変わったな。昔は面白い本を一緒に作っていたのに、今じゃ売り上げの事しか考えてねぇ」

「当たり前じゃん。出版社は売り上げが命なんだよ? むしろ本を売るのが私達の仕事なんだから」

「ケッ、何をいってるんだよ。なろうやカクヨムで人気のある、すでに完成された面白い小説を拾い上げるだけのくせに」


 そう呟いたのはヌルハチ。

 彼は完全に編集者という職業を信用していない。

 その気持ちも分かる。ネット小説は自己責任だから。

 だが俺はナミオカさんやアリマさんと二人三脚でやってきた経験も覚えている。

 だからこそ、間違いは正さなくてはならないと思っている。


「……ナミオカさん。その、クビになった編集の事、どう思ってるんだ?」

「さっきも言ったでしょ。やり方がマズいの。作家から反感くらって上司にバレるような強引なやり方じゃ売れないんだよ」

「なるほどな。つまりバレなきゃ何してもいいってわけか」

「それか、バレても問題ない地位につけばいいのよ。クビになったっていう彼、今じゃ他の出版社でそれなりの地位にいるんじゃないかな」


 そいつ、出版業界にまだ残ってるのかよ。

 どんなヤツなんだ……?


「私はそんな失敗は犯さないよ。ゲーム事業責任者という地位を使って、最大の売り上げを出してみせる。そのために作家を集めて、飼ってるんだから」

「鬼に金棒ってわけかい」

「なに、文句ある?」

「……正直、あんたのやり方、うまいと思う」


 俺は素直にナミオカさんを褒める。


「作家には向き不向きがあるし、光るアイデアを一番生かせる作家に回すっていうのは、とても面白い」

「じゃあ、何が不満なの?」

「決まってんだろ。

「は……?」

「ゴミ呼ばわりされたプロットを一生懸命書いた作家や、好きでもないシナリオを押しつけられた作家の気持ちを考えた事があるのか? それで本当に最高のラノベができあがると思ってんのか?」

「だ、だからできるのよ! すでに私は何作も――」

「そんなのは編集の仕事じゃねぇだろ! ただのゴミ漁りだ!」


 面白い小説を書きたいという気持ち――

 それを奪い、踏みにじり、ツギハギにしたところで面白い作品なんか生まれるわけがない。フランケンシュタインの怪物は、結局は死体のままなんだ。


「ゴ、ゴミ漁りだとぉ……あんた、言っていい事と悪い事が」

「そりゃこっちの台詞だバカ野郎! 作家が書いたものをゴミ呼ばわりすんじゃねぇ!」


 俺はスキルで銃を出し、ナミオカさんに向ける。

 どうせGM権限のせいで、当たってもダメージはないだろう。

 だが、撃つ。

 俺の敵意をあの女にぶつけないと気が済まないからだ。


「俺も彼に賛成~。だから気に入らないんだよね、編集って」


 ヌルハチも俺の隣に立ち、魔法の杖を取り出す。


「編集と作家は常に信頼関係がなければやっていけません。あなたは売り上げのために、その信頼を崩した。残念ですよ、ナミオカさん」


 アバラヤマも光る剣を取りだし、横に並んだ。

 今ならこいつらの気持ちが分かる。

 国を作った理由も。


「ふーん、そう」


 ナミオカさんは少しだけ首をかしげると、何かを合図するように手を振る。

 それが何の合図か分かったのは、背後から銃声が聞こえた後だった。


「つっ!」


 俺の手から銃が弾き飛ばされる。

 背後から撃たれた? 誰に?

 俺の銃を狙ったんだとすると、なんつー狙いだ。素人じゃないぞこれ。

 そんな数々の疑問は、振り向いたら一瞬で晴れた。


「悪いな。これも仕事でね」


 銃を構えているのは、帽子と黒眼鏡が印象的な男。


「ジロー先輩……? どうして……」

「ジローくん、そいつらとりあえずやっちゃって」

「…………すまんな」


 ナミオカさんの命令に、ジロー先輩は忠実に従う。

 何もアクションをせずに、その銃から二発の弾丸が放たれる。


「がっ!」

「おっ……!」


 弾丸はヌルハチとアバラヤマの頭を正確に撃ち抜いていた。

 エフェクトは地味だ。

 それなのに五桁のダメージが表示され、一瞬で二人が死亡する。

 ――おそらく、そういうスキルだ。

 早撃ちで対象を一瞬で倒すスキル。代わりに一定時間、自分のHPとステータスが大幅に下がるデメリットがある。


「ジロー先輩、あんた、ナミオカさんと組んでたのか?」

「……そうだ」

「まさか、プロットって……」

「俺と、俺の弟子が書いたものも混ざっている」

「なんでそんな――!?」


 短い会話の中で、すでにジロー先輩は弾丸を再装填している。

 そして無表情で俺に向ける。

 何を考えているのか……黒眼鏡に阻まれて、見えない。

 だから俺は、代わりにナミオカさんを見る。


「文句つけるのは勝手だけどさ」


 彼女は笑いながら、こう言った。


「私に反論したいなら、売り上げで語りなさいよ」

「ナミオカ……!」

「“面白さ”とか“努力”とか、どーでもいいんだわ。“売れる”もので私と同じ土俵に立ってみなさいよ」

「許さねぇぞ……作家をバカにした事、後悔させてやる」

「あっそ」


 彼女はジロー先輩にアゴで指示する。

 次の瞬間、ジロー先輩の銃が火を噴き、弾は俺の眉間を貫いた。

 数万のダメージが表示され、俺のアバターはその場に倒れた。

 何もできないまま、“ホームポイントに戻りますか?”という表示が俺の視界を埋め尽くしていた。

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