第34話 リサイクル


 突如、動かなくなったアミューさん。

 彼女は無事なのか?

 アリマさんはどうしたんだ?

 数々の疑問に応えるように、俺の視界が歪む。

 俺達がいた宝物庫の中央、宝箱の付近が光ったかと思うと、そこにキャラが出現した。


「やっほ。久しぶり」


 女性。全身スーツを着ている、背の低い華奢な身体。

 長い黒髪は腰まで届いている。

 美人……かどうかは分からない。

 なぜなら、彼女の顔は般若の面で覆われているからだ。


「あんた……ナミオカさんじゃねーか」


 俺が彼女の名を呼ぶと、手を振って応える。

 ナミオカさんは、以前の俺の担当編集だった。

 一緒に数々の作品を作り上げた恩人であり、俺に作家としての生き方を叩き込んだ恩師でもある。

 が、ハッキリ言ってクソ師匠だ。

 そのスパルタ教育たるや、ジャッキーチェンの映画の師匠が可愛く見えるほど。

 何度も死にかけたし、何度も殺してやろうと思った。

 そんな彼女のモットーは「売れた者が正義」。

 ラノべを売るためなら、なんでもする女だ。


「がんばってるみたいだね。感心感心。プロット書いてる? まだなら、あと何時間くらいで書けそう?」

「この状況でプロットの催促かよ。本物のナミオカさんだな」

「偽物なんて出さないよ。そっちの方が効率悪いし」

「あんた、なんでここにいる? アリマさんとアミューさんをどうした?」

「なんでここにいるのかと聞かれれば、そりゃ私がこのクソゲーの責任者だからだよー」


 自分でクソゲーって言いやがった。

 責任者のくせに、なんて無責任なんだ。


「アミューさんは端末に再接続してるよ。すぐに戻ってくる。アリマくんには少し黙っててもらったよ」


 編集者の言う「黙る」がどういう意味を持つのか。

 今までの経験から、なんとなく察する。

 この女、アリマさんを――!


「そんな事よりさぁ、さっきからヒドくなぁい? 編集者がまるで悪者みたいにさぁ、なんでそんな風に言われなきゃならないの?」

「そうか……あんたが責任者ってことは、このクソイベントもあんたの仕業か」

「プロットを配る事の何がいけないの? 作家は助かるし、早く出られるし、いいことづくめじゃないの?」

「じゃあ単刀直入に訊くけどよ……その大量のプロットは誰が書いたんだ?」

「え? そんなの作家に決まってるじゃない」


 当然のように語るナミオカさん。


「新人作家が大量に送ってきたゴミの有効活用よ。誰も困らないわ」

「ゴミだとテメエ!」


 作家が心血注いで考えた話をゴミ呼ばわりしやがった。

 編集者のくせに……!


「そりゃゴミだよ、私にとっては。今の段階では。だってなんの役にも立たないんだもの。だけど、そのゴミが他の人の手に渡ることで、宝になるかもしれないんだよ?」

「なにぃ……?」

「その作家じゃ活かせないプロット、って必ずあるんだよねー。だけど他の作家にとっては料理しやすい事もある。うまくリサイクルすれば、いい話になるかもでしょ?」


 ……不覚にも、一理あると思ってしまった。

 作風に合わない話を考える事は、誰にでもある。

 だが、それを活かしてくれる別人がいる場合がある。

 うまく決まれば、確かにいい作品ができるかもしれない。

 しかし……。


「ナミオカさん。一番肝心なことを訊いてなかったわ」

「何かな?」

「このプロット……あんたがゴミだと言ったプロット。作者に許可は取ってんのか? 他の人が書くかも、って、ちゃんと伝えたのか?」

「伝えるわけないじゃん。一度ボツにしたプロットだよ? これ書いた作家にとってはゴミだって、さっき言ったじゃん」

「……そうかよ」


 これで決定的になった。

 俺の中で、何かが壊れる音がした。


「いやぁ、あの子も美味しいやり方も教えてくれたものよ! クビになる前にノウハウは全部手に入れたからね! ただし私はもっと上手くやるよー! 売れるラノべをじゃんじゃん作るんだ! みんなが幸せになるためにね!」

「ナミオカさん……」


 昔から手段を選ばない人だったが、もっとひどくなってる。

 アリマさんが言ってた、クビにされた編集者。

 そいつの影響を受けたんだな。


「で、いつなの?」

「あん?」

「君はいつそのプロットで書いてくれるの? それとも、そこの城島ちゃんに書いてもらう? それでもいいけど?」


 すっかり書く前提で話してやがる。

 彼女にとって俺の意見なんて、それこそゴミでしかないのだろう。


「……わかった」


 俺は歩く。

 拳を握りしめ、まっすぐに。

 全ての元凶、ナミオカさんに向かって。


「これが俺の答えだぁぁぁぁぁっ!!」


 振りかぶった拳を、般若の面に叩きつける!

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