第24話 何と戦うのか

 敵が襲来しているが、俺達はお客様なので様子を見ろと言われた。

 アバラヤマが言うには、戦闘も娯楽の一種なので余所者に邪魔されたくないらしい。

 なるほど、本気で“ヴォイド”に困っているわけではないのか。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴を上げて倒れる男を、俺達は遠巻きに見ている。

 船の甲板のような広い場所――飛行機はないのに、カタパルトのようなものがある。そこに飛来するドラゴンのような生き物、“ヴォイド”が集団で襲ってくるのだ。

 ゲームで言うなら、ランダムに発声する討伐イベントというところか。

 プレイヤーに負けはほぼなく、どれだけの数の“ヴォイド”を倒せたかどうか、そのポイントを競うようなものだ。

 ちなみにどうして敵がこの島を狙っているのか――それは原作でも明らかにされなかった。それでいいのだ。


「くそっ! 俺の力じゃ奴らに勝てないって言うのか!」


 そんなイベントなのに、転がっている男がいるのだ。

 ほぼ勝ち確定の戦いなのに、“ヴォイド”の攻撃で倒れている。

 俺もレベルの低い鑑定眼で調べてみたが、敵の強さはおよそレベル二〇程度。これならレベル一のJKでも、スキルを駆使すれば倒せる強さだ。

 なのに倒せないのか……?


「しっかりして!」

「大丈夫、あなたは私達が守るから!」


 倒れたプレイヤーの周りに、NPCの女の子が集まっている。

 そして彼の盾になるように“ヴォイド”に立ちはだかると、武器を構えている。

 そんな状況なのに、プレイヤーは動かない。

 本当に動けないのか。

 強さを制限されているのだろうか。だが、どうして?


「珍しい……ですね。プレイヤーの方なのに、やられっぱなしです」


 アルチュールが興味深そうにプレイヤーを眺めている。

 実は彼だけではなく、他の甲板で戦っているプレイヤーもかなり苦戦しているのだ。

 戦い方に問題があるのだろうか……?


「どういうカラクリなのか、分かるか?」

「おそらくですが、一部のスキルを使っていません。ゲーム内で用意される基本的なスキルのみで戦おうとしています。外部の個人的なスキルを使用している方もいません」

「そりゃ作家が全員特殊スキル持っているわけじゃないけどな……でも、ひとりくらい使ってるヤツがいても良さそうなのにな」

「……わざと弱くなってるのかな?」


 JKも不思議そうな目で彼らを見る。

 よく見たら、あの痛がってるプレイヤー、知ってるラノベ作家だ。アバラヤマと同世代の、似たような作品書いてた作家だ。あまり面識はないが、昔からツイッターで「現代ラノベ論」みたいなのを書いてるから有名だ。


「あの人達、何がしたいんだろ。あのままじゃやられちゃうよ?」

「不思議だネ。立ち上がらないと死んじゃうヨ?」


 JKもアミューさんも、彼の行動が理解できないらしい。

 俺が見ても滑稽に見える。

 おそらくあの作家は、主人公として戦っているつもりなのだろう。

 なのに、やられても立ち上がらない。


 今時の主人公は、まずやられない。

 やられてもすぐに立ち上がるか、裏で作戦を進行させている。

 ああやっていつまでもウジウジ倒れているのは、今時の主人公ではない。

 ましてや、女性キャラに守られるなんて言語道断だ。


「彼は――立ち上がるさ」

「そうなの?」

「ただし、次の巻でな」

「遅すぎない!? それまで他の人は何してんの!?」

「なんか色々悩んだり、別のエピソードを進行する。そのためのタメとして、あのくらい痛がってやられないとダメなんだ」


 そう、普通はそういう流れになるんだよな。

 主人公が強敵との戦いで何らかの挫折――つまり次への課題を手に入れ、それをどうにかして攻略していく事にカタルシスを感じる。

 それがラノベだけでなく、ストーリーの基本だった。


「やられて悩んで、次の戦いに生かして――それが成長ってもんだよな」

「それってラノベに必要?」

「ハッキリ聞くなJK」

「いや、あたしも読者だった時はそういうラノベたくさん読んだし、面白いと思うよ」


 なんだかんだでJKは古いラノベもきちんと読み込んでいる。

 その上で、やられているあの作家に対して疑問を感じているのだ。

 俺も疑問だ。

 なぜ、今、ここで、これをやる必要があるんだ?

 アバラヤマの帝国の住人にとって、これが一番居心地がいい場所なのか?


「あえて時間を止めてるのか――今はもう、他じゃ書けないネタを書くために」

「他じゃ書けないのかな、こういうの」

「無理だな」


 残酷だが仕方がない。

 何事も流行というものがある。

 しかしアバラヤマは「これこそがラノベであり、異世界ファンタジーはラノベじゃない」と言い張っていた。

 そんな彼と同じ波長を持った人間が集まっているのが、この国。


「しかも賛同してる奴ら、結構多いな」

「少なくとも二大クランって呼ばれてるくらいだからね」


 俺もJKも彼らを見て、なんだか開いた口が塞がらない。


「あの……いいんですか、これ?」


 そんな彼らに、異を唱えたのはアルチュール。


「なんだか私には、彼らが自分で作った檻に囚われているように見えるといいますか……その、幻影を追っているようにしか見えなくて」

「ま、実際そうだよ」


 俺はアルチュールの言葉を肯定する。


「過去の栄光にしがみついてんだ。ラノベがまだ売れてた時代の亡霊が、今でも自分たちを助けてくれると信じてる」

「……ですよね。悲しい事です」

「悲しい? なんでだ?」


 俺は首をかしげる。


「別にいいじゃねーか。あいつらは自分の居場所を見つけて、自分のやりたいようなシチュエーションを堪能している。誰にも迷惑かけてないし、むしろ自分達の自己実現にも繋がってるだろ」

「いいんですか、それで?」

「いいんだよ、それで。やりたい事をやって、書きたいものを書く。作家として一番イイ状態じゃねーか」


 愛好者が集い、好きなものを好きなだけ書ける環境。

 羨ましいとすら感じるよ、俺は。

 たとえそれが過去の栄光だとしても、彼らにとっては“今”なんだ。

 彼らからは、その情熱を感じるんだ。

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