第17話 ひとりの理由
女子勢に許してもらうために、一時間と高級レストランの予約を要した。
もちろん半分はヌルハチに出させるつもりだ。
アイツはすでにこのゲームから出る許可をもらっているのに、あえてここに残って創作の研究をしているらしい。熱心というかヒマというか。
だが驚いた事に、この“王国”に住むプレイヤーの三分の一ほどが脱出権を持っているのだという。
彼らは全員、新進気鋭のネット小説作家で、とにかくスピードだけなら他の追随を許さない。だから作品もゲーム開始から数日で書き上げてしまったのだとか。
「新人のネット小説作家が集まる国――か」
割り当てられたマンションの一室で、俺は今日あった事をテキストにまとめている。
どれも新鮮な体験だが、一番面白かったのはやはり人間だ。
久しぶりに会えたヌルハチはともかく、新人作家の感覚も新しかった。
何が新しいのかというと――
「すいません、こちらに先生がいると伺ってきたんですけど! あ、本当だ、どうもお久しぶりですー!」
ノックをして部屋に入ってきたのは、長身で眼鏡をかけた坊主頭の作家。
「おお、ロックさんじゃないか! 久しぶり!」
彼は外国人作家のミズキ・ロック。
彼もヌルハチと同じように、紙の本でデビューした後、ネット小説で人気を博したラノベ作家である。
俺も異世界に取材に行く時に、彼に色々と助言をもらった事があった。
なにせ外国人にとっては、日本こそ一番の異世界だ。
そんなロックがファンタジー世界に行く事は、なんら不思議ではない。
「ひとりで作業してるんですか? ロビーでウチの王国民が集まってますけど」
「王国民って、どっかの声優信者みたいに言うなよ」
「あ、そういう意味ならボクは違いますよ。ボクはもうヘッド一筋ですから」
「どっちでもいいよ。ロビーには行ったよ。でも帰って来た」
「なんでですか?」
「なんでだろな」
俺自身、首をかしげて理由を考える。
どことなく、全員がよそよそしかったのだ。
それは俺が先輩作家だからというわけでもなく、ほぼ初対面という理由でもない。
むしろ接し方はとてもフレンドリーだった。
それが逆に距離感を感じたのだ。
「同じ作家とは思えないんだよな。これがジェネレーションギャップって奴か」
「うーん、どうでしょうね」
首をかしげるロックは、いつものようにフレンドリーだ。
しかしそこに距離感は感じない。
何が違うのというのか。
「彼らはデビューしたばかりのラノベ作家です。当然、それまでは素人でした。ですから『自分が作家だ』という自覚ができてないんじゃないですか?」
「……そういや俺もデビューする前、編集に“作家の心構え”を色々聞かされたな」
「ボクもです。もちろん彼らもそうでしょう」
今はそういうの、もっと厳しくなっているだろうな。
SNSで炎上するような発言をする作家は、今の時代出版社としても扱いづらい。
「ただボク達と彼らとで決定的に違うのは、出発点ですよ。彼らは最初から作家になるつもりなんてなかった」
「“小説家になろう”で書いてんのにか?」
「新人賞デビューと、なろうデビューは違いますよ。野球に例えるなら、新人賞はプロテストに応募して、試験を通過して少ない枠を勝ち取るようなものです」
「あー……そうか、なろうの方は高校野球でスカウトみたいなものか」
「分かりましたか」
どっちも同じデビューじゃないか、と思うかもしれない。
だが、二つの間には決定的な差がある。
なろうの方は、最初からただ好きで小説を書いていただけなのだ。
もちろん「あわよくばプロに」という考えはあるだろう。
しかし最初のきっかけは「なれたらいいな」というレベルでの投稿だ。
そこから人気に火がついて、やがて欲が出てくる。
「だから彼らは、心は素人と玄人の間を彷徨っているんです。そんな彼らを一人前のプロにするのも、この“王国”の役割なんですよ」
「そこまでする必要あるのか、“王国”が」
「いやぁ、ただのお節介ですよ! 先輩としてね、ちょっといいところを見せたいと思いましてね!」
「それだけか?」
「ま、いいネタがあったらボクも使わせてもらいますけどね」
そう言ってロックはニヤリと笑う。
ま、先輩だろうが後輩だろうが、どんなデビューをしようが――
結局、書きたい奴だけが生き残る世界だ。
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