第9話 ゲームの世界で生きる

 世界にはルールがある。

 誰が決めたルールというわけではなく、物理法則や生態系によって生きる手段が必然的に変わるのだ。

 酸素がない世界や、男がいない世界なんてのもある。

 そういう世界を取材する時は、もちろん郷に従う。

 しかし、あからさまにこちらの世界と違った文化なら相応の覚悟ができているのだが、ある程度似通っている部分があると、少し意識にズレが生じる。


 例えばこの世界。

 前に取材した異世界と同じように、俺は何の助けもなく普通に生活できる。

 大きな違いは視界の端に見えるメニュー画面だが、これはすぐに慣れる。そういう眼鏡をかけたと思えばいい。本当にウザくなったら一時的に消す事もできる。

バーチャル世界だが物にも触れるし、飯も食える。

 こちらの世界の能力も使えるし、たぶんエロい事もできるんじゃないかな。

 だから、ついつい現実と同じように行動してしまうのだが――


「ファー、オハヨー」

「おう、おはようアミューさん」


 ゲーム内時間で、午前六時。

 アミューさんが起きてきた。

 といっても目の前で寝ていたわけではなく、消えていた姿が出現したのである。

 彼女は現実世界できちんと食事や睡眠を取っており、疲れたら休む。


「センセーとJKはずっと起きてたノ?」

「まぁな」

「ずっとここでせんせーにプロット見てもらってたよ」


 移動するジャガイモの上で、俺たちはのんびり過ごしている。

 一晩中起きていても、まったく疲れなかった。

 スキルなどを使えばMPを消費するのだが、ゼロになったところで倒れたりはしない。

 現実だと執筆中にHPもMPもガリガリ削られて、倒れるというのに。

 このへんはゲームと同じなんだな。ゲームの主人公達も何日も寝ずに過ごしても平気だしな。特にMMOだと中の人が寝ているせいで、キャラが壁に向かって走り続けている風景も見る時がある。


「寝なくていいって、便利だけど気持ち悪いね」

「そりゃそうだろ。三大欲求のひとつだぞ」

「……ずっと眠れないわけじゃないよね? あたし嫌だよそんなの」

「スキルに“睡眠耐性”ってあったから、眠る事はできるみたいだ。好きなタイミングで自在に眠れたら最高なんだけどな」

「寝るのも娯楽のうちなのかもねー」


 睡眠もそうだが、排泄もしなくていいらしい。

 トイレに行かなくていいのは便利だが、俺の元の身体はどうなってんだろう。

 そんな話をしつつ、ジャガイモは街道をゆっくり走る。

 やがて林道を抜けて広い草原に出ると、目的地がハッキリ見えてきた。


「おっ、あれだ」


 いちいち口に出さなくても分かる。

 巨大な城壁がそびえ立っているからだ。

 ここから壁まで、およそ百キロ以上はあるだろう。周囲に何もないから、それでも壁が見える。ここから見えるとしたら、数百メートルの高さはあるんじゃないか。

 万里の長城をさらに高くしたような、その壁。

 あれが――“王国”と呼ばれる場所。

 このPOKプリズンオブカドカワにおける二大クランのひとつ。


「どんな場所なんだろうね。せんせーはどんなだと思う?」

「普通のMMOなら、巨大クランって会社並に大きいんだよな。ボスは本当に社長みたいに色々な管理をしなきゃならないし、部下にも階級があって管理するモンがある」

「何を管理するの?」

「ゲームだとアイテムの分配や、スケジュールとか、あと特殊なモンスターが出る場所や時間のチェックに、メンバーの装備まで管理する所もある」

「そうまでしてプレイするもんなの?」

「別に普通だぞ? ゲームに限らず、集団で遊ぶものなんてそんなもんだろ」

「……まぁ、そっか。スポーツやアウトドアだって装備や予定はしっかり立てないといけないもんね」


 もちろん異世界の取材もそうだ。

 入念に下調べをして、メンバーの管理をしっかりしないといけない。

 JKの体調やスキルなんてのも俺は把握する必要がある。

 ……ん? そう言えば……。


「俺って今、クランリーダーなのか?」

「そういう事になるのかな? あたし達三人、クランみたいなもんだよね」

「私も入ってるノ?」

「あったりまえだろ。アミューさんがいないと始まらないって言っただろ」

「でも私GMだヨ?」

「GMってクランメンバーに入れちゃいけないのか?」

「そういう決まりはないケド」

「じゃあいいじゃん。アミューさんも一緒だ」

「……ン」


 ホッとしたように微笑むアミューさん。

 いつも朗らかに笑っているけど、たまに見せるこういう微笑がたまらなく好きだ。

 アミューさんの笑顔と、少しむくれるJKを交互に見ながら進んでいると――


「せんせー、ちょっとヤバい」


 JKが唐突にそんな事を言い出した。


「“探知”のスキルに魔物が引っかかってるんだけど、かなり強いよ」

「マジか」


 便利なJKのスキルと、その効果に驚く。

 ゲームなんだからこちらにも敵にもレベル的なものがある。その差によって危険レベルがどれくらいなのか表示されるゲームが増えてきた。

 数々のスキルを持ったJKが言うのだから、本当に危険なんだろう。


「あ、あれだ!」


 ちょうど俺達が走るジャガイモを横切るように、数十メートル先に魔物がいた。

 街道のど真ん中を歩いているそれは、顔が獅子で胴が山羊、そして尻尾がヘビという伝承の通りの“キメラ”だ。

 神話に出てくるその魔物は、RPGではそこそこの強さの敵として描かれる場合が多いのだが、今回JKがヤバいと言うからには、よほど強いのだろう。


 いや、もう見たからして強そうだ。

 例えるなら4トントラックと同じくらいの大きさ。

 そんなものが全力でこっちに向かってくる場面を想像すればいい。

 普通は逃げるが、車と違って奴らは機敏に方向転換するのだ。


「どうするせんせー、迂回する?」

「アミューさん、このゲームの敵の追跡パターンってどうなってる?」


 これもゲームによって異なる。

 少し走れば逃げられるケースもあれば、死ぬまで追いかけてくる場合もある。


「えっとネ、魔物の生息域から逃げられれば、それ以上は追いかけてこないケド」

「けど?」

「フツーの生き物と同じだから、生息域が数キロはあるヨ?」

「数キロの追いかけっこか……できるかな? それとも倒すか……!?」


 キメラを前に考える。

 そういえばまだ死んだ事はなかったな。

 死ぬとどうなるのか、まだ訊いていなかった。

 などと考えていると――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 突如、キメラに群がる謎の集団が走ってきたではないか。

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