第6話 世界の中心にして地の果て
プリズンオブ角川なんてアダ名つけてみたはいいけど――
あくまで冗談のつもりだったんだ。
まさか本当にこんな風になってるなんて思いもしらなかったんだ。
最初の町“トスター”の歓楽街にある酒場。
本来なら冒険者や荒くれ者どもで溢れかえり、喧噪が絶えない場所のはず。
だが――
「…………」
テーブル席で全員が執筆作業をしていた。
酒場といっても、ファミレスのような四人掛けのテーブルがいくつも立ち並んでおり、そこをひとりで占領している冒険者たち。
メニュー画面を開き、ホログラムのキーボードを打って執筆している作家。
それが半分。
もう半分はイラストレーターや漫画家だ。ホログラムのタブレットを操作してなにやらイラストを執筆している。
執筆していない者は、虚空に向かってブツブツと何かを呟いている。おそらく頭の中でプロットを練っているのだろう。
全員に共通しているのは、まるで死体のようにどんよりとした空気を放っている事。
書き上がらないと、出られない。
その枷がどういう事なのか、誰でも分かる――
「みんな疲れた顔してんねー。そんなに書くの嫌なの?」
「JKお前よくここでそんな事言えるな」
「だって、そうじゃん。みんな嫌々書いてるのが分かるよ」
「お前からしてみれば、書くのが嫌って事が分からないんだろうな」
デビュー前、あるいはデビュー直後の新人は情熱に満ちている。
書きたいものがしっかりとあり、それを書くパワーとスタミナがある。
あとはそれを文字にぶつければいいだけ。とても簡単だ。
「仕事としてある程度やってるとな、編集との兼ね合いや売れ線を目指すせいで書きたくないものを書かされたる事があるんだ」
「なんでそんなの書かされるの?」
「そりゃ売るためだ。売れなきゃ話にならねぇ。編集も作家も、プロだからな」
プロフェッショナルとは、その仕事で金をもらって生活する人の事を指す。
俺も作家だ。いつまでも売れないと嘆いていては、メシが食えない。
「大変だね」
「ああ、大変だ。すぐにでも投げ出したい事ばかりだ。それにどんなにノリノリの案件だろうが、気分によって書きたくない時もあるしな」
「なら、書かなきゃいいのに」
「そうだな――だが、ここの人達は書いている」
「うん」
「書いてるんだよ。書かなきゃいけないんだよ。どれだけ他人から強制されようが、最終的には自分の意志で書かざるを得ない――」
「作家として生きるってのは、そういう事だ」
厳しい話でも、優しい話でもない。
俺たち作家は、そういう生き物ってだけだ。
「そ、嫌々やってるように見えるけどね。これでもみんな真剣なんだ。精神力を全部注ぎ込んでるから、死んだ目をしているように見えるだけ」
一番近くのテーブルに座っていた人が俺たちの会話に割って入った。
三〇代の男。服装はジャージに近い布の服。
「あなたもプレイヤーなのか。どうも、初めまして」
「どうもどうも、私こういうものです、と」
俺はアイテムから名刺を取りだしてその人に渡す。
このゲーム、最初に登録した名刺は無限に取り出せる魔法の名刺入れがある。それを渡し合う事でフレンド登録などもできるようになっている。
俺はゲームだと、よほどウマが合わないとフレンド登録はしない。ところがリアルだと名刺交換は反射的にしてしまう。結果としてフレンド登録してしまうのだ。
「イラストレーターか……あ、あのラノベの挿絵やってる。ツイッターで何かリツイートされてたの見た事あるな。確かFF系のイラストとかよく描いてますよね?」
「うん、そうそう、よく知ってるね。でさ、俺が言いたかったのは、この酒場はまだマシって事なんだ。少なくともみんな描いてるからね。諦めてる人は居住区から出てこないよ」
「あー、やっぱりそうか」
「他に面白い人達が見たければ、“聖別門”に行くといいよ」
「“聖別門”……?」
なんだか名前を聞いただけで、だいたい想像がつく。
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
JKがイラストレーターに話しかける。
「あなたのスキル、ちょっと見せてくれませんか?」
「え、スキル? どうして?」
「えっと……その……スキル振りの参考にしたくて」
「ああ、やっぱりスキル振りは悩むよね。いいよ、教えてあげる」
「それで、あの、実際に使ってみせてもらえると、より参考になるかなって」
「オッケーオッケー。その代わり、名刺交換しよう」
名刺と引き替えに、イラストレーターのスキルを見せてもらうJK。
――結果、JKが得たもの。
剣召喚レベル3、HPアップレベル5、MPアップレベル9、ガッツレベル1、回避レベル2、鑑定眼レベル7、HP自動回復レベル2、投擲レベル2、その他諸々――
およそ肉弾戦に特化したスキルを一通り。
この時点で俺の数倍の能力を得た事になる。
*
書くということは、生きるという事。
それはリアルでの話だ。
この世界においては、外へ出るための、文字通り“鍵”になる。
トスターの町の真北にある、巨大な扉。
およそ二〇メートルはあるかと思われる。扉というより建物そのものだ。
閉ざされた扉の前には、数人の作家達が群がっている。
「頼む! 俺の原稿を読んでくれ! 頼む!」
「原稿をぉぉぉぉ……オーケーをぉ……」
「あぁ……出して……出して……」
扉に向かって祈りを捧げるようにしている彼ら。
返事のない扉に向かって懇願している様は、巡礼者のようだった。
「アミューさん、ここは?」
「ここは“聖別門”っていって、ゲームクリアした人が外に出るための門だヨ」
「原稿って普通に送信できたよな?」
「できるヨ? メニュー画面からメールを送れるノ。原稿以外にも、編集さんとメールのやり取りはできるヨ?」
だったらここで祈る意味などない。
一秒でも早く原稿を書き上げるのが先決だ。
だが――彼らはそんな考えにすら至らないのだろう。
「KADOKAWAめ……! えげつない真似しやがる……!」
この環境は閉じ込められてはいるが、自由だ。
JKの言う通り、作品をひとつ書き上げてOKをもらえばいい。
その間の取材などは全て自由であり、自己責任。
――それでも作品を書き上げられない者にとっては、地獄なのだ。
「ああいう作家もいるんだ。せんせー、さっき作家として生きるって言ってたけど」
「ああ、彼らはもう“作家を辞めたい”んだ」
「辞められるの?」
「辞められるさ、いつでも。出版社に見捨てられ、才能に見捨てられ、自分の意志に見捨てられ――絶望して辞めていく作家は何人もいる」
「うん」
「それでも絶望しない――絶望できない奴らが、作家として生きてる」
門の前で呻く奴らも、かつては才能と熱意に溢れたクリエイターだったのだろう。
だが、自分の意志でそうなる事を選んだ。
「もういやだ! こんな世界いたくない……小説なんか書きたくない……だけど“帝国”も“王国”にも行きたくない……!」
帝国? 王国?
なんの事だろう。
それを訊きに行こうとした時だった。
「なんだ……お前もこのゲームに参加したのか」
呼び止められて、振り返る。
そこに立っていたのは、革のジャケットに黒眼鏡という出で立ちの壮年男性。
口ひげがチャーミングな彼は、こちらを見て口の端を吊り上げて笑った。
今はどういうわけかテンガロンハットにガンベルトを巻いている。西部劇か。
「ジロー先輩……!」
彼は俺の大先輩。
作家になりたての頃かに世話になっている大御所作家だった。
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