最終話 ライトノベルを書こう

 異世界から帰って、半月が過ぎた。

 こっちに戻ってきてから、まずやったのがプロットの作成。

 ライトノベルの設計図を書いて、担当編集に叩きつけるところから始まる。


 編集者はそのプロットを会議に出して、編集部全体で話し合う。

 この話で物語を作り、イラストを付けた場合、どれだけの売り上げが見込めるか。OKならばどうやって売り出すか。ダメだったら、どこを改善すれば良いか。

 もちろんプロットの状態で面白さの全てを理解できるわけがない。だけど作家は理解させないといけない。

 作家だけでなく、編集者も同じ気持ちだ。絶対に面白いラノベを作らないといけない。

 そこで両者の戦いが起きるわけだ。


 なんとかプロットを企画会議で通してもらい、俺は今、本編を執筆している。

 普段は行きつけの喫茶店でノートPCと睨めっこするのだが、今は自宅だ。

 足の包帯がいまだに取れないのだ。

 あの編集、まさか銃まで持ち出すとは思わなかった。

 足の甲を撃ち抜かれて動けないのに、手と頭だけは無傷だ。さすが編集者である。


 だが、プロットを通しちまえばこっちのもんよ。

 プロットとは計画書のようなもの。

 行程において計画がズレるなんてのは、どの業界でもよくある話。

 結果として面白けりゃいいんだよ。

 どんだけ脱線しようが、最終的に編集を納得されられれば――

 おっと、電話だ。


「あーい、もしもし」

『おう、俺だ』


 ドスの効いた低い声。


『ちゃんと書いてんのかオメー。プロットが通ればこっちのもんだから、後は好き勝手書こうなんて考えちゃいねーだろうな』

「まさかそんなわけないじゃないですか」

『せっかく会社の金で取材行ったんだから、無駄にするんじゃねーぞ』

「分かってますよ」


 そう、取材をしたら終わりというわけではない。

 取材というのは、料理で言うなら“食材調達”のようなもの。

 どれだけ上質な食材を手に入れたとしても、料理人の腕が未熟なら完成品もそれなりにしかならない。

 ここからがプロの腕の見せ所なのだ。

 想像力、構成力、文章力、そして体力と魅力。

 あらゆる力を駆使して書き上げる。


「で、何の用スか。俺は今ノリにノってるんで邪魔しないで欲しいんですけど」

『おう、お前がこないだ紹介してくれた城島さんなんだけどよ』

「……ああ、JKですか。アイツの作品、どうでした?」

『高校生なのにかなりいい線いってるぜ。だからいくつかアドバイスして、次の新人賞に出すように言っといた』

「へー、そんなに見込みあるんですか」

『若いのに大したもんだよ。文章から情熱が伝わってくる。荒削りなのは当然だが、最近のヒネたガキにありがちな、斜に構えた雰囲気がないんだ。まっすぐな物語を書いてくる、いい子だよ』


 滅多に褒めないこの人にそこまで言わせるんだとしたら、本当にすごい事だ。

 俺と同じ世界で同じものを見たJKがどんな料理を作ったのは、とても気になる。

 まぁ、おそらく来年には読めるだろう。

 新人賞を獲って、改稿を重ねて、書店に並ぶのが今から楽しみだ。


 ならば俺も負けていられない。

 新人より面白い話を書き続けるのが現役プロの使命だ。

 あの体験を元にして、読者に夢と希望を与える最高のライトノベルってやつを書こうじゃないか。

 今の俺のテンションなら、一週間もあればいける。

 見てろよ編集、JK、まだ見ぬ読者よ。

 一刻も早く本を届けてやるからな!


                   *


 さらに半年が過ぎた。


「やっほー、せんせー」

「ようっ」


 秋も深まった、とある日の夕方。

 新宿駅の東口改札で、久々にJKと会った。

 いつもLINEなどで連絡をとっていたが、直接会うのは二週間ぶりくらいだ。

 あっちの世界ではパーカーにズボンという動きやすい格好だったが、今はブラウスにスカートという、おとなしい服装だ。

 こうして見ると、普通の女子高生……いや、中学生だな。

 並んで歩いていると、俺が警察に職務質問されそうなくらいだ。


「先に言っとくけど、受賞おめでとう」

「ありがと。せんせーのおかげだよ」


 JKの小説は新人賞で奨励賞を取り、今は俺と同じ編集さんの指導のもと、デビューの準備を進めている。

 最近では高校生の受賞は珍しいので、それを宣伝材料にするのだとか。

 JKは嫌がっていたが、使える武器は全部使えと俺が説得した。


「編集さんも、話してみると意外といい人だね」

「そうか? 女には甘いんだなあの野郎」

「でも編集長さんは怖かったわ……」

「あの人に逆らえる作家やイラストレーターはこの世にも異世界にも存在しないからな」


 そんな話をしつつ、俺たちはとある居酒屋に向かう。

 飲み会という名目だが、実際は祝賀会のようなものだ。

 駅から五分のその店に入ると、すでに主賓がいた。


「やー先輩! お久しぶりです!」

「おうっ」


 キノシタだった。

 それから編集者が二、三人。あと、俺が知らない人が何人か。

 おそらくキノシタの仕事繋がりの人間だろう。


「二人とも、今日は来てくれてありがとうございます。みなさんにはどうしてもお礼がしたかったものですから」

「なんだか今日は礼を言われてばっかりだな俺。何もしてないっつーの」

「まぁまぁ、せっかくのお祝いですから、いっぱい飲んでってくださいよ」

「はいよ」


 今日、この店に集まったのは他でもない。

 アニメ化が決まったのだ。

 ――キノシタが書いたライトノベルが。

 俺やJKと同じように、異世界を旅した冒険譚を書いたキノシタの新作は、瞬く間に売れて一気に累計三〇万部を突破した。

 それで、まだ二巻しか出していないのに、すでにアニメ化が決定したのだ。

 現在はアニメ会社と打ち合わせをしながら、三巻の執筆に取り組んでいるのだとか。


 俺ももちろん読んでいるが――おもしれーんだ、これが。

 あいつのデビュー当時のパワーが再び蘇ったようで、読んでいて身体が熱くなってくるんだ。俺も書かずにはいられないほどに。


「キノシタさん、おめでとうございます! 『フリスク』以来の快挙ですね!」

「ああ、ありがとう!」


 JKがお祝いの品を渡すと、キノシタは嬉しそうに笑った。


「君のこともキャラのモデルとして書かせてもらったよ」

「え、そうなんですか? そんなキャラいたっけ……」

「ほら、二巻から登場したヒロインの――」

「え、もしかしてあの暴力女ですか!? あたしそんなキャラ!?」


 ショックを受けるJKに、俺達みんなが笑う。

 それをきっかけに、飲み会が始まった。

 本来なら飲むには早すぎる時間だが、JKの帰宅時間も考えるとこのくらいがちょうどいい。どうせJKが帰った後も飲み続けるんだろうが。


「そういやキノシタ。お前、まだ魔王城に住んでんの?」


 一杯目のビールを飲み干した後、俺はキノシタに尋ねる。


「ええ、城とこっちの往復で暮らしてます。ネットも繋がるから、意外と問題ありませんでした」

「ディルアランの戦争はどうなってんだ?」

「今は停滞してます。牙を研いでいるというか、先輩が来てからムードが変わって来てますよ。この分だと、数年は戦争しないんじゃないかなぁ」

「ふーん」


 なんでもかんでも俺のせいにしやがって。

 俺はただ取材旅行に行っただけだっつーの。

 俺は時計を見ながら、つまみのサラミを噛む。

 もう六時を回ったか――


「大丈夫ですよ先輩」

「何がだよ」

「もうすぐ来ますから」

「あぁ?」


 キノシタが居酒屋の入口を見る。

 ばたばたと走っている、黒い人影がいた。


「ゴメーン! お仕事で遅れちゃったヨ!」


 アミューさんだった。

 サマーセーターにジーンズという、現代風の格好。

 耳は大きな帽子で隠している。


「おお! アミューさんじゃねぇか! ささ、こっちに来な!」


 誰よりも編集さんが笑顔になって、彼女にイスを勧める。


「いつも助かってるぜ、アミューさん! あんたがこっちに来てくれたおかげでかなり儲かったって、ウチの営業とアニメ会社の人が言ってんだ! ささ、とりあえず一杯どうぞ!」

「アリガト!」


 コワモテの編集がもの凄くにこやかな笑顔になってアミューさんにビールを注ぐ。

 そう、彼女はこちらの世界に住んでいる。

 職業はガイドだ。

 なんと異世界の人間を案内する仕事をしているのだ。


 きっかけは俺の言葉だったらしい。

 二つの世界は似ているから、アミューさんならこっちでもやっていける、と。

 俺たちがあっちの世界に行くように、向こうの人間もこっちの世界の事が気になっていたんだ。

 だからアミューさんは現地ガイドとして、異世界の人間にさまざまな文化を教えている。

 観光だけじゃなく、技術や法律など、異世界にはないものを知る事で、戦争続きの二つの大陸の未来が変わろうとしているらしい。

 こないだも勇者ミュータスがこっちに来て、様々なものを勉強して帰っていった。彼のお気に入りは時代劇だったそうだが――


「アミューさん、本当に助かってますよ。僕のアニメが成功するかどうかは、彼女にかかっていると言っても過言じゃない」


 キノシタもそう言って彼女を褒める。

 こいつが書いたラノベも異世界が舞台なので、アニメ会社としても絵の資料が欲しい。そこでアドバイザーになってもらっているのだとか。

 さらにアニメがヒットした暁には、“聖地”としてグッズを売り出す計画も立てているらしい。さすがに巡礼はできないだろうが……。


 そんな精力的に働くアミューさんと、俺の目が合う。


「センセ、こないだウチにマンガ忘れていったヨ?」

「あ、じゃあ今度取りに行くよ」


 まぁ、そんな関係である。


「JKも今度アニメのDVD返すネ」

「うん、じゃあせんせーと次行く時に新しいの持っていくよ」


 JKもそんな感じである。

 未成年を遅くまで連れ回すのは良くないので、大抵俺が送り迎えをしている。

 で、三人で遊ぶようになった。


「先輩、まだアミューさんと進展してないんですか」

「うるせぇなキノシタ。JKが邪魔で二人っきりになれねーんだよ」

「でもあなた、あの子が一緒じゃないとアミューさんに会えないチキンじゃないですか」

「やかましいわ」


 そんな事はない。

 次は二人で会えるよう、なんとか努力している。

 きっとJK抜きでも会えるさ。多分。


「遊んだりイチャつくのも結構だけどよ」


 そう言って俺の肩を叩く編集。

 こないだ俺が顔につけた傷跡がまだ残っている。


「そろそろ次の話考えようや。オメーこないだの新作全然売れなかったじゃねーか」

「……お、おう」

「俺もそろそろ本当にエンコ詰めなきゃいけなくなるぞオイ。どうすんだよコラ」

「そうッスね、また取材に」

「あぁ!? 取材だぁ!?」


 傷だらけの顔を近づけるな。怖い。

 ていうか売れなかったっつっても、ここ最近出した本の中じゃ結構売れた方だぞ。

 キノシタのと比べんなよ。


「次はどこ行くんだよオイ。学園ラブコメの異世界か? 異能力バトルの異世界か? いっそパニックホラーの異世界もいいな。ゾンビだらけの世界とかよ」

「ゾンビの世界は……もうコリゴリです。あそこめっちゃ臭いんですよ」

「じゃあまたファンタジー異世界か?」

「あ、ファンタジーならあたしも行きたい!」


 ジュースのグラスを手に、とびきりの笑顔を見せるJK。


「受賞作の二巻の取材もしたいし! いいでしょ!?」

「ああ、城島ちゃんがそう言うなら、またファンタジーの異世界もいいな。お金の心配ならしなくていいぞ。おじさんが出してやるから」


 なんでJKだけそんなデレデレの態度なんだよこのロリコン野郎!

 ていうか金出すのは出版社だろうが!


「そしたらガイドは任せテ! どこにでも連れていくヨ!」


 手を振るアミューさん。

 すごく嬉しいんだけど、またJKと三人旅になるのか。

 悲しいけど――ま、それもいいか。


「しょーがねぇ。じゃあ、また取材に行くか」

「うん!」

「ワーイ!」


 今度は何を調べてこようか。

 ドラゴンも直接見たのは門番だけで、他の種族を調べていなかった。

 ダイアランとディルアランの戦いの行方も気になる。

 魔法学校の中にも入ってみたい。

 なんだ、異世界はまだワクワクするようなネタでいっぱいじゃないか。


「見てろよ。次こそは誰もが納得する、絶対に面白いライトノベルを書いてやる!」


 その日が来るまで――いや、来たとしても。

 俺たちはライトノベルを書き続ける。


 死ぬまで面白いものを探し続ける探求者。

 それがライトノベル作家という職業なのだ。

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