第2章
序章
「おう、こないだのアレな、本にする事にしたわ」
「は?」
都内某所のファミレス。
周囲にはテーブルに食事ではなく、原稿と灰皿とナイフが置かれている卓が多い。
和やかなランチタイムに聞こえるのは、怒号と悲鳴とガラスが割れる音。
「こないだのって、どれです? 俺しばらく書いてないんだけど」
「爆死したなー、異世界ファンタジーもの」
「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ! どんだけ取材したと思ってんだ!」
さすがに発砲音まではしない。
こんな所で撃てばすぐにバレるので、それに相応しい場所で撃つのだ。
角川本社ビルがある飯田橋のファミレスの中では、比較的おとなしい店舗である。
だから我々もよく利用しているのだ。
「それ以来ラノベは書いてないぜ俺。プロット出し続けてるじゃねーか」
「おう、だからよ、その時の旅の記録を書籍化する事にした。富士見ファンタジア文庫からだ、喜べ」
「はぁ?」
何言ってんだこの編集者は。
「旅の記録って、アレだろ? 取材の時に練習がてら書いた日記みたいな奴だろ? 見たいって言うから見せたけど、あんなん本にしたって面白くないだろ」
「いやいや、そこまで卑下するほど悪くはないぜ?」
「異世界の取材なんて、ラノベなら普通だろ。ただのエッセイみたいなもんだぞ?」
「そのエッセイがウケるかもしれねーんだろ。今この業界、何が流行るか分からないからな、撃てる弾は撃っときてーんだわ」
なるほど、エッセイ調のラノベか。それは珍しいかもしれない。
だけど、あんなフツーの取材旅行、読者が読んで楽しいのかねぇ。
しかも異世界なんて、今時の読者ならそれほど珍しくもないだろうに。
「でだ、そのエッセイの続刊を書けや」
「てことは、また取材なんスか?」
俺の取材記を出版する事に関しては疑問が残るが、取材そのものは大歓迎だ。
珍しいものは見たいし、俺も勉強がしたい。しかも出版社のカネだ。
なにより異世界の取材だったら、また一緒に――
「ああ、取材に行ってもらう。そこで面白いネタ仕入れてこいや」
「まぁ……うん、分かりました」
「んだよ、あんまノリ良くねーな? 取材、嫌なのか?」
「……嫌ってワケじゃないんスよ」
実際、俺にとってのメリットはとても多い。
それに書くネタにも困っていたところだ。
「ただ、俺が書きたいのはラノベであって、エッセイじゃないんです。血湧き肉躍るような冒険活劇であって、取材のエッセイじゃないわけで」
「んなの簡単だろ。血湧き肉躍るような取材をしてくればいいんじゃねーか」
「言うのは簡単だけどよぉ! 誰が体験すると思ってんだよ!」
前回の取材だって何度も死にかけたんだぞ!
あれ以上の冒険を、しかも狙ってやるとか、俺はリアクション芸人じゃねーんだ!
「大丈夫大丈夫、今回の取材は死なねーから」
「……? って事はなんだ? もう行き先決まってんのか?」
「おう、今度はこちらで用意した場所に行ってもらう」
ますます芸人じみてきたぞ。
ミステリーツアーといえば聞こえは良いが、身体を張った取材となると別だ。
そもそも取材って、そういうモンだったか?
俺はラノベのネタを探しに行くんだぞ?
「あと、またあの子も連れてってくれよ。お前、保護者みたいなもんだろ」
「あの子……ああJKか」
前回の旅で俺についてきた、女子高校生ラノベ作家。
今となっては、その肩書きも相まってかなり人気が出ているらしい。
俺も読んでみたが、若者らしい感性の文章で、読んでいて気持ち良かった。
まだ学校は卒業していないのでJKのままだが、将来はどうするんだろうなぁ。
「分かりました。変な大人に変な事を吹き込まれたりしないよう、俺が見張っときます」
「頼むわ。高校卒業したらあの子、どこ行くのか分からねーからな。若気の至りで暴走しないように、見ててくれや」
ことJKの事になるとまともな対応をしやがる、この編集者。
いや、まぁ、今まで散々若い作家に苦労させられてきた経験があるのだろう。
デビュー直後にネットで炎上するガキが多いから、小説以前の教育をしてやらないと出版社にまでダメージがいくからな。
「JKも悪い子じゃないんだけどなー」
「若い奴ぁ良い悪いの区別もつかずにとんでもない事やらかす可能性があるからなー。昔は笑って見てられたが、今はそーゆーの敏感だから」
「それを差し置いても、JKひとりじゃ取材も危険だろうし、しょーがないスよ」
「悪いな、今回も頼むわ」
苦笑する編集者。
これは本当にしょーがない。なんだか俺がJK担当みたいな雰囲気になってるし。
「それで、今回は異世界じゃないんスか? 別の場所に行かされる感じでしたけど」
「あー、厳密には異世界……っつーか、現実の……うーん、早い話がコイツだ。これ、見てみろよ」
編集者がカバンから取り出したのは、一枚のパンフレット。
電化製品の紹介のようだ。巨大な機械と、ヘッドギアのような装置が映されてい る。
ヘッドギアを装着した人間の頭は、すっぽりと覆われて――
「あ、これVRか」
「そう、VR。仮想現実の世界に取材に行って欲しいんだ」
「すげぇ今時っぽいスね。俺も買いましたよ、ゲームのアレとパソコン用のアレ。ゲームの方もすごいんスけど、やっぱりエロが解禁されてるパソコン用のがね……あれは新体験というか――」
「これはそういう商業的なVRじゃねーんだ。まだ試作段階なんだけどな、人間の意識をすっぽりと仮想空間に移動できるっていう」
「え、マジで!? てことは、あのVRMMO完成したわけ!?」
数年前からVRMMOもののラノベが増えている。
理由はもちろん、それを体験した作家がいたからだ。
構想はずっと昔からあり、それを実験段階までもっていけた企業は少ないと聞く。
その少ない実験の機会に飛び込んだ作家が、VRMMOのラノベを書いたら大ヒット。
現在でも有名なタイトルになっている。
問題は、その作家さんがVRMMOの世界から帰ってこない事だ。
今の時代、どっからでも原稿送れるからなぁ。
「やるやる、やってみたいっス」
「お前ならそう言うと思ってたぜ。異世界と似ているらしいから、インスピレーションも湧きやすいだろ。下手したら、異世界に取材に行く必要なくなるかもな」
「うーん、どうかなぁ、異世界は異世界で、また別物って感じスけど」
「んじゃ、こっちで手続き取っとくから。詳しい日時とか決まったら連絡するから」
「うーい、オナシャス」
*
「ねぇアリマくん。どうだった、アイツ?」
「ええ、姐さんの言った通りでした。MMOって言ったらすぐ飛びつきましたよ」
「ね? だから言ったでしょ? 作家なんて大半がMMO廃人かソシャゲ廃人なんだから、そこをうまく利用するべきなのよ」
「しかし……大丈夫ですかね?」
「大丈夫なわけないじゃん。安全で誰にでもできるVRMMOなんてものがあったら、とっくら市販されてるっての」
「危険だって分かってても、KADOKAWAは使うんですね」
「だって面白いし」
「まぁ、そうスね。面白い作品のためなら作家の命くらい」
「無事に帰ってくればいいんだけどねー」
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