第34話 月が綺麗だから

 元の世界に帰る前日の夜。


 宣言通り、夕飯は豪勢なものを注文しまくった。

 城下町で一番うまいと評判のレストランで、メニューの上から下まで全部注文してやった。取材費は編集部が持つと言ったので、値段など一切気にしなかった。

 評判通り、全てのメニューが極上の味わいで、オードブルの野菜から唸るほどの美味しさだった。


「なにこれ、うまっ!」

「美味しい! なんだかよく分からないけど、美味しい!」


 しかしメインの肉料理になると、聞いた事もないような動物の聞いた事もないソースが出てきて、それらをアミューさんに尋ねるたびに俺とJKの顔が青ざめた。

 だって一番うまかった肉料理、巨大昆虫の肉だったんだぜ。

 最初に聞いた時はびっくりしたけど、人間、うまいもんには勝てないわ。虫だって分かってても手と口が動いてしまう。

 他にもドラゴンみたいなトカゲだったり、魔法生物の肉だったりと、異世界でしか食べられない味を堪能した。

 最初は俺もJKも料理の写真を撮りまくっていたが、途中からそれも忘れて一心不乱に食べ続けた。再びスマホに手を伸ばしたのは、満腹になってからだ。


 もちろん、料理だけではない。酒も極上だった。

 こちらの世界と似ている酒もあったが、果実を使った酒は独特の渋みがあって珍しかった。そして昆虫のエキスと混ぜた酒も格別で、いくらでも飲めてしまう。

 なんだか虫ばかり食べている気がするが、こちらの世界でも昆虫は栄養価が高いのだ。見た目と味さえガマンできれば非常食になる。

 おそらくこちらの世界の住民もそれらをガマンした結果、昆虫食が発展したのだろう。

 JKも最初は嫌がっていたが、最終的には全部残さず食べていた。


「うぉぉ……さすがに飲み過ぎた」


 あまりにも美味なものばかりだったので、酒が進みすぎた。

 俺としたことが情けない。

 トイレのついでに、少し夜風にあたる事にした。


 貸し切り状態のレストランのテラスに、心地よい夜風が吹いている。

 二つほどテーブルがあるが、今夜は俺だけが占領する。

 イスもあるのだが、フラついてうまく座れない。倒れるようにして、テラスの手すりにもたれかかるように座った。


 見上げると、月。

 この世界の月は、二つある。

 まるで寄り添う父母が、子供であるこの星を見守っているようだ。


「センセー、だいじょぶ?」


 頬に冷たいものがあたる。

 アミューさんが水の入ったグラスを持ってきてくれたのだ。


「ああ、ありがとうアミューさん」

「どういたしましテ!」


 そしてアミューさんも俺の隣に座る。

 俺と目が合うと、彼女は屈託のない笑顔を見せてくれた。


「月、見てたノ?」

「ああ。俺たちの世界じゃ、月はひとつだけだったからな」

「ふーん」


 アミューさんも一緒に夜空を見上げる。


「でも、面白いネ。そっちの世界にも月があるんだネ。星もあるノ?」

「もちろんあるさ。二つの世界は似てるんだ」

「なんで似てるんだろネー」


 首をかしげるアミューさんに、俺は笑ってこう答えた。


「たまたま似てるわけじゃない。無数にある世界の中から、俺たちの世界に近い生態系と文化を持った世界を選んで転移したんだ」


 ラノベの異世界ファンタジーは現実世界の延長みたいな世界観だ、という批評がある。

 そりゃそうだ。現実世界の延長みたいな異世界を取材しているのだから。

 あまりにも俺たちの世界とかけ離れた世界に行くと、逆に取材ができないのだ。


「じゃあ、センセーの世界やこの世界と似てない世界もあるんだネ」

「ああ。人間が住めるどころか、生命の定義すらあやふやな世界もある。そういうところに取材に行く作家もいるんだけど、やっぱり失敗する可能性が高いんだ」


 特にSF作家などは、迷ったり死んだりするどころか、観測や存在すらできない世界に行く事がある。物理法則から違うのだ。

 中には現地で肉体や概念を作り替えられるケースもあるという。その世界によって、適応させられてしまうらしい。

 だから取材に成功して帰還しても、今度はこっちの世界に馴染めずに消滅してしまう人もいるとか。

 安全で文化が似ている異世界を取材する作家が多いのも当然だ。


「それに文化や道徳が似ていれば、読者も共感しやすいしな」

「ウンウン」

「だから逆に、アミューさんが俺たちの世界に来ても、割と上手くやっていけると思うんだよ」

「ホント?」

「マジだよ。だから俺と一緒に来ないか?」


 ――しまった。

 酔った勢いで何を言ってるんだ俺は。


「センセー……」

「アミューさんは優秀だから、あっちでも仕事あると思うんだ。KADOKAWAの編集さんに言えばビザの発行だってやってくれる。住むところが見つからないなら、俺の家に来ればいい」

「ま、待ってセンセー」

「このままお別れなんて、やっぱり嫌だ。一緒に来てくれよ」


 ああ、最悪だ。

 このバカな口を誰か止めてくれ。

 酒のせいじゃない。俺の自制心がおかしいんだ。


「――そんな簡単には、行けないヨ」


 困り顔のアミューさん。

 そんな顔して欲しくなかった。

 俺が悪かった。

 時を戻せるなら、戻して欲しい。そんな魔法、この世界にはないのかよ。


「私は、この世界が好きだし、ガイドの仕事も楽しいモン」

「……ああ」


 そうだよ。

 俺が好きなのは、この世界で明るくガイドをしてるアミューさんなんだ。

 そんな彼女を、俺のエゴで連れて行けるわけがない。


「センセーの気持ちは嬉しいケド、私はガイドだから」

「……そうだな」

「ごめんね」

「謝るこたぁないさ。俺の方こそごめん」


 本当に、ごめん。

 こんな話するべきじゃなかった。

 笑顔で別れたかったのに。


 しばらく、気まずい時間が流れる。

 取り繕う事もできない。

 このまま別の話題を振る事もできない。

 そんな嫌な沈黙を破ったのは、アミューさんの方だった。


「でもね、センセー」


 うずくまる俺の肩に、アミューさんの手が触れる。


「作家さんって、どんな手でも使うんでショ?」

「……ん」

「面白い小説のためなら、なんでもするって言ってたヨ?」


 ――そういえば、そうだった。

 こんなの、俺らしくない。


 そう考えた瞬間、俺の中でスイッチが切り替わった。

 肩に触れたアミューさんの手を、俺は握る。


 どんな手段を使ってでもハッピーエンドを作る。

 それが作家の仕事だったな。


「ありがとな、アミューさん」


 冷たい手を引き寄せると、アミューさんの顔が近くにあった。

 いつも俺を支えてくれた、優しいガイドさん。

 笑顔の素敵な、大きい目の女の子。


 その唇に、俺の唇をそっと重ねる。


「ン……」


 月だけが見ている、長いキス。

 ゆっくりと流れる時間の中、俺はアミューさんをずっと抱きしめていた。


「――アミューさん」

「何?」

「逃げようと思えば、逃げられるぞ?」

「そうだネ」


 彼女は笑って、こう言った。


「私も酔ってるせいカナ」


 知ってるぞ、アミューさん。

 獣人族はどれだけ飲んでも酔わないんだ。

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