第33話 知ってる天井

 すげー嫌な夢を見た気がする。

 口だけは達者だけど何も具体的なアドバイスをくれない最悪な読者に延々説教されたような、不快な気持ちだ。

 そんな苦々しい気持ちを払おうと、目を擦って身体を起こす。


 ベッドの上だった。

 見覚えのある部屋。

 確か――そう、クェスティアのハラン城下町にある宿屋。

 俺たちが一番最初に泊まった部屋のベッドだ。


 シーツをめくると、全裸だった。

 自分がどういう状況でベッドに入ったのか思い出す。

 確か、そう、ドラゴンになって、キノシタを殴って――そこからの記憶がない。

 今は人間の身体に戻っている。ヤチ先輩の呪い除けが効いたのだろうか。

 だけどドラゴンの身体になった時、服のほとんどが弾け飛んでいたんだ。そんな状態で人間に戻ったから、全裸のままなのも納得できる。

 さて問題は、誰が俺をここまで運んでくれたのか――


 部屋の中に着替えがあったので、クェスティア風の衣服を着る。白い布製の服は涼しくて動きやすい。装飾品の類はないので、部屋着か寝間着なのかもしれない。

 それを身につけてから、宿屋の主人に会う。

 俺がどういう状態で運ばれたのか尋ねたいのだ。


「いや、アンタは眠ってたから知らないだろうけど、すごかったんだから。勇者ミュータスがこの町に来て、アンタを泊まらせてくれってさ。もうウチの宿屋にすっごい人が集まっちゃって、騎士団が出動する騒ぎになってたよ」


 三日前に起きたという事件を楽しそうに語る宿の主人。

 その時は大変だったが、今となっては笑い話なんだそうだ。

 勇者や他の連れはどうしたのか尋ねると、


「お連れさん? なんか二人で毎日出かけてるぜ? “取材”とか言ってたっけな……クェスティアを飛び回ってるんだとか」


 ああ、そういう事か。

 アミューさんがJKを案内しているのだろう。

 プロのガイドと一緒に異世界取材。

 それって、俺がやりたかった事じゃねぇか!

 なんでアイツだけアミューさんと二人っきりなんだよ!

 しかもガイド料なんてアイツ持ってねぇだろ! 俺持ちじゃねーのか!


 JKへの妬みと嫉みで叫びそうになるのをぐっとこらえる。

 早く帰って来い!

 言いたい事が――


「せんせー!」

「センセー!」


 宿屋に帰ってきた二人が、俺を見る。

 二人とも驚き、次に俺に飛びついてきた。


「良かった! 生きてるよ!」

「傷も消えてるヨ! 死んでないヨ! 元気に歩いてるヨ!」

「生ぎでだぁ~!」

「ワーーーン!」


 涙と鼻水を垂らして俺にしがみつく二人。

 あの、気持ちは嬉しいんだけど、そろそろ離れてもらえないだろうか。

 宿屋のお客さんは俺たちだけじゃなくてな、普通に利用している方々が変な目で俺を見ているんだ。


「と、とりあえず、部屋に戻ろう! な!」


 俺が促すと、二人は顔をぐしゃぐしゃにしたまま頷いていた。

 そんなにひどかったらしい、俺の傷は。


                   *


「えっとね、これがお城でしょ。それから川。あとね、これが山。野生の動物の死体。アミューさんのガイド仲間。町を上から撮ったとこ。あと勇者さんの鎧。こっちが騎士の鎧。それから魔術学校の入口に――」


 宿屋の部屋で軽食をつまみながら、俺はJKが撮ったスマホの写真を見ていた。

 使えそうなものがあったら送って欲しいので、LINEのアドレスを交換する。

 今度は俺の取材の役に立つかも、という事で、編集部や実家にもちゃんと連絡して許可を取ったそうだ。その点はちゃんと褒めた。

 俺が復活する事を信じて、取材をしてきてくれたそうだ。何が使えるか分からないので、とにかく異世界っぽいものを片っ端から調べてきたという。


「ゆっくり見ると、面白いね、異世界! あたし外国の延長だと思ってたけど、やっぱり文化が全然違うよ! ディルアランほどじゃないけど!」

「景色だけでも違いが分かるよな。多分、歴史が違うせいなんだろうけど」


 JKのスマホにはダイアラン大陸だけでなく、ディルアラン大陸の写真もあった。

 これは前に撮ったものだろうが、小物や服などを細かく調べているのが分かる。俺は風景や人の顔を多く撮っていたので、こういう所で違いが出るのは面白い。


「そういえばキノシタはどうなった?」

「あのネ、ダーケスティアの王位を譲るんだッテ! 最初はベルゲル将軍に頼んだらしいんだケド、辞退したノ。で、今は三人の奧さんががんばってるヨ」

「そっか。じゃあ、キノシタ本人は?」

「まだダーケスティアの魔王城に住んでるヨ。そこで小説を書くんだっテ」


 王位は捨てたが、まだ捨てられないものはあるようだ。

 編集部もキノシタの居場所と連絡先が分かれば、必要なものを送ったりできるはず。

 そういやあのDEADorALIVEの賞金ってどうなったんだ。


「JK、後で編集部に電話しとけ。キノシタの賞金もらってこうぜ。二〇〇万だからラノベの新人賞よりもらえるぞ」

「えー、あたし、新人賞の賞金が欲しい」

「だったら両方ゲットしろよ。そのくらいの意気込みで行かないと喰われるぞ」

「それもそうだね。じゃあ三人で山分けだ」


 嬉しそうに笑うJKだが、アミューさんは苦笑する。


「私、ソッチの世界のお金もらっても意味ないヨ」


 そうだった。

 アミューさんはこの世界の人間だ。

 俺たちとは違う世界に生きているんだ。


 そんなアミューさんと、もうすぐ別れなくてはならない。


 多少無知なところはあったものの、俺の無茶な行動に全て付き合ってくれた。

 優しくてカッコ良くて、決めるところは決めてくれる凄腕のガイド。

 だけど、ガイドとしての技術よりも、その笑顔が好きだった。

 アミューさんが脳天気に笑っていると、俺も元気が出るんだ。

 一番の収穫は、それかもしれない。

 笑顔が一番のパワー。


「センセーも元気になったし、そろそろ元の世界に帰らないとネ」

「ん……そうだな」

「楽しかったヨ、センセー。死にかけたけどネ」

「ごめんな、大変な行程になっちまって。だけどありがとう。本当に感謝してる」

「楽しい小説、書けるといいネ!」


 二人とも笑って済ませようとする。

 大人の会話だ。

 アミューさんは良い仕事のパートナーだ。

 それで終わりだ。

 また異世界に来る事があったら、必ず世話になろう。


「さて、じゃあそろそろ帰るか。JKも帰り支度はできてるか?」

「う、うん」

「明日には迎えが来るように連絡するから。忘れ物のないようにな」

「せんせーこそ、忘れ物はないの?」


 忘れたくないものならたくさんあるんだけどな。

 置いてかなきゃいけないものも、同じくらい。


「じゃあ、今日はゴチソウ食べヨ! ダイアランの宮廷料理の取材だヨ!」

「おう、いいな! どうせ出版社の金だ! すっげぇ高いメシ食おうぜ!」

「わーい!」


 大げさに喜ぶ俺たち。

 別れの辛さを隠しているのは、全員分かってんだよ。

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