第25話 頼れる恩人へ
心は人間、肌はドラゴン。
身体は大人、頭脳は子供。
それが今の俺だ。
結局、俺に血を飲ませたドラゴンの門番は、高笑いして飛んで行った。
俺が人間の身体を捨てた事がよほど楽しかったらしい。
ドラゴンも悪趣味なんだな、と思ったが、ここはディルアラン大陸だ。俺の常識で悪趣味なのだとしたら、こっちの大陸では高尚な趣味なのかもしれない。
「うっうっ……ゴメンね、センセー……」
涙を流して俺の手を取るアミューさん。
「そんな顔するなよ。せっかく可愛いのに」
「でも、センセーがドラゴンになったら……私、ガイドなのに、お客さんの安全を守らないといけないのに……センセーにも自分にも申し訳ないヨ」
自分の職務と、俺の身体、両方を心配しているんだな。
真面目なアミューさんらしい。
でも、泣く必要なんてないんだ。
「ゴメンね、センセー……」
「だから本当に大丈夫なんだって。これでダイアラン大陸まで飛べるようになったんだし、儲けモンだぜ」
「そんな場合じゃないデショ!」
アミューさんが珍しく怒声を発し、俺の肩を掴んだ。
彼女の手が温かい。いや、俺の肌が冷たいのか。
全身ドラゴンになったせいか、誰かに触れられている感触も違う。
「ドラゴンの呪いは強力なんだヨ! 人間の祓魔師でも簡単に取り除けないヨ! センセー、もうずっとドラゴンの身体なんだヨ! 人間じゃないんだヨ!」
「うん、心配してくれてありがとう。でもな、アミューさん」
俺は自分の身体を見る。
全身が鱗に覆われた、醜いドラゴンの姿だ。
「大丈夫、治るから」
「へ?」
「このくらいの呪いだったら、俺の先輩にもらった呪具で解けるよ」
「……ホント?」
「ああ。先輩の呪いに対する知識は凄いんだ。こないだなんか、神話クラスの呪具でも手懐けちゃったんだぜ? その人にもらった、呪い除けの道具があるんだ」
俺はリュックからお札を取り出す。
何の変哲もない、どこの神社でも手に入りそうな札だが、あらゆる魔術的な呪いをはね除ける効果がある。
嘘じゃない。俺は実際にこの目で見た。
先輩が呪いそのものを飼い慣らしている姿を――
*
「えっ、今度異世界に行くの?」
「はい。ファンタジー系の異世界です」
先輩の部屋には大小様々な呪具が並んでいる。
様々な形態に変化する拷問器具や、血を見るまで鞘に収まらない刀――
素人の俺でも分かるくらい、禍々しい気を放った呪具に囲まれている。この部屋だけではない。隣のキッチンや廊下、トイレに至るまで呪いの道具がひしめき合っている。
それだけ大量に呪われた道具があるのに、不思議な事にまったく俺に影響がない。
「それで俺の家を訪ねてきたんだね。いいよ、任せて」
「ありがとうございます、ヤチ先輩」
「異世界は怖いからね。目に見える魔法攻撃ならいいけど、精神や内臓に届く魔法は避けにくいから。俺が過去に言った異世界でも、たくさんやられたよ」
そう言って笑う先輩は、数々の修羅場をくぐり抜けたベテラン作家だ。
こと“呪具”に関して、彼の右に出る者はいない。
あらゆる呪いをはね除ける――それが先輩の能力。
「じゃ、とりあえずこれ。魔除けの札。それから体内の浄化をする水。あと敵を呪殺するための道具も要るかな?」
「い、いえ、札と水だけで充分です! ありがとうございます先輩!」
「そう? 困った事があったら何でも言ってよ。協力するから」
優しい笑顔のヤチ先輩。
彼は本当にいい人だ。
この呪具とエロマンガとエロDVDだらけの家さえ見なければ、どこに出しても恥ずかしくない好青年である。
ああ、それと性格も――
「さて、それじゃ交換条件についてだけど」
同じ笑顔で先輩が迫る。
「ファンタジー異世界って事は、当然いるよね? エルフ族」
「多分いるんじゃないスかね」
「俺はね、ツヤツヤの褐色肌をしたダークエルフが大好きなんだ。もし見つけたら、ひとりくらい持ち帰ってくれないかな?」
「できるわけないでしょうが! つーか持ち帰って何する気なんだよアンタ!」
「そりゃもちろん、ラノベの参考に……ねぇ?」
「だったら自分で行けばいいじゃないですか! んで現地のエルフに射殺されればいいんだ」
「嫌だよ俺だって死にたくないもん。そんな事言うなら、札と水返してよ」
「嫌ですよ一度もらった物を返すなんて」
「あ、じゃあさ、せめて写真! 写真だけでも! できれば動画で! それなら犯罪にならないでしょ!?」
*
「……まぁ、そんな感じで、ダークエルフの写真と引き替えに、最強の魔除けグッズを手に入れられたわけだ。門番のドラゴン程度の呪いだったら、すぐに解けるさ」
「センセーのお友達って、変な人多いネ」
「ラノベ作家だからな」
他の作家仲間にも様々な協力をしてもらっているが、どれも無理難題を押しつけてくるクソ野郎ばかりだ。ヤチ先輩の頼み事なんて、まだ可愛い方なんだぞ。
「しかしダークエルフか。ディルアラン大陸にいるのかな」
「いるヨ! でも人間嫌いだから、センセーが行ったら一瞬で殺されるネ!」
「それに今は時間が惜しい。すぐにキノシタを追いかけないと」
「そだネー」
そこで俺は、ふと思いつく。
アミューさんの肌は褐色だ。しかもめちゃくちゃ可愛い。
「なぁアミューさん、コスプレって知ってるか?」
「なにソレ?」
「俺たちの世界での、遊びの一種だよ。後で協力して欲しいんだけど」
「よく分かんないケド、いいヨ! それでセンセーが元に戻るナラ!」
俺が言うのもなんだが、本当にいいのか。そんなに安請け合いして。
ああ、俺を見る純粋な瞳が刺さる。
だけどすまんアミューさん、ドラゴンの姿のままじゃラノベが書けないんだ。
ヤチ先輩、報酬は必ず用意します!
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