第24話 ドラゴンと呼ばれて

 ドラゴンにも様々な種類がある。

 西洋と東洋に分けても、大きく別れている。例えば西洋の竜は宝を守る巨大な爬虫類をイメージしているのに対し、東洋は川や池の化身として君臨する空飛ぶ蛇という趣が強い。どちらもドラゴンであり、畏怖の対象となる。


 キノシタの奧さんが教えてくれた山には、様々なドラゴンが生息しているのだという。

 西洋風、東洋風、どちらにも属さないもの――とにかくありとあらゆるドラゴンが住んでいるとの事で、少し楽しみだった。


 が、現実はどうだ。

 俺は珍しい生き物を見られると興奮していたが、アミューさんは終始怯えていた。

 そりゃそうだ。だってドラゴンだぞ。

 この世で最も強い架空の動物だぞ。

 人間なんてアリと同じだ。視界に入ればプチッと潰されて終わりだ。


 なーんて事を、今、馬で全力疾走しながら考えている。


「うおおおおおおおっ! やべぇ、アイツら本当にやべぇ!」


 ダーケスティア西方の山、通称“竜の巣”。

 その山の麓で最初のドラゴンに遭遇したのだ。

 大きさは――二メートルくらい? 身体はそれほどでもないのだが、とにかく翼が大きい。プテラノドンに似た皮膜のような翼を広げると、三メートル以上の横幅になる。

 さて、どうやって懐柔しようか考えていると、いきなり襲われた。

 俺が乗ってきた馬に、いきなり噛みついたのだ。

 そして、その牙は一瞬で馬を絶命させ、背中の肉を食いちぎった。人間よりずっと大きくて、逞しい馬の背中をだ。

 こっちの世界の重機だってそんなマネできないぞ。

 あれを人間がくらったらどうなるか想像したら、逃げるしかないじゃないか。


「ダカラ言ったじゃないノー! ドラゴンなんて操れるわけないヨ!」


 俺の代わりに手綱をとるアミューさん。一頭はすでに食われてしまったので、こうしてタンデムで逃げるしかなかった。

 砂利の多い山道を走るには、馬ではキツすぎる。

 対してドラゴンは空を飛べる。さすが世界最速の生き物、すぐに追いついてくる。俺たちと馬を食べるために、まっすぐに飛来する。


「センセー! アレ使って! なんか黒い小さいノ!」

「銃はダメだ! 俺たちはケンカをしに来たわけじゃない! 傷なんてつけたら、それこそ総出で襲ってくるぞ!」

「でもこのままじゃ食べられちゃうヨ!」


 アミューさんの言う通りだ。

 しかし山の入口に住んでいるドラゴンですら、こんなに速くて強いのだ。

 頂上にはどんなドラゴンがいるのか、ちょっと気になる。

 どうにかして最速のドラゴンに会う方法は――


「あ、そうだ。コレ使えるかな……」


 俺はリュックの中を探る。

 あったあった。

もしもの時のために先輩から借りたんだ。

 俺はそれを掲げると、勢いよく叫んだ。


「待て止まれ! 話があるっ!」

『ん? なんだお前は?』


 ドラゴンが止まった。

 それどころかこちらの言葉を理解して返事をしたではないか。


「アミューさん、馬止めて! 止めて!」

「今の何!? センセー、どうやったの!?」


 すぐに馬を急停止させ、怯える馬をアミューさんに託す。

 俺は手に持ったそれをドラゴンに見せた。

 なんの事はない、それは腕輪にしか過ぎない。

 しかしこの腕輪、妖怪や怪物などと会話ができる“呪具”だ。

 こっちの世界では言葉が通じない可能性があると思って、先輩ラノベ作家に借りてきたんだ。呪具に詳しい先輩がいて、本当に良かった。


『お前は人間だろう? それとも人間じゃないのか?』


 着地したドラゴンがゆっくりとこちらに歩いてくる。

 その声は、バリトンをさらに低くしたような重圧感がある。


「俺は人間だ。頼みがあってここに来た」

『ドラゴン語を理解できる人間が、何の用だ』

「その前に、これを受け取ってくれ」


 俺はリュックから“銘菓ひよこ”を取り出すと、ドラゴンに差し出す。


「異世界の土産だ」

『ほう、お前は異世界人か。たまに見るぞ。俺たちに一目会いたいとやってくる。無礼な人間は殺しているが、お前はそうでもないようだな』


 ドラゴンは“銘菓ひよこ”を咥えると、箱ごと一気に食べてしまった。

 ああ、もったいない……ひよこの形を愛でながら、罪悪感と戦いつつ食べるのがもっとも美味しい食べ方なのに。


「……もしかしてあんた、けっこう偉い竜なのか?」

『偉いというほどではない。俺は人間の言葉で言うなら、“門番”のようなものだ。山に不審な者を近づけないように、それなりの強さを持った者が選ばれる』


 なるほど、強さが全ての社会だと、門番も雑魚には務まらないわけか。

 てことは、このドラゴンもかなりの強者と考えていいんだな。


『して、何用だ人間よ。用件だけなら聞いてやる』

「ちょっと急ぎでダイアラン大陸まで行きたい。ドラゴンがこの世界で一番速い生物だと聞いた。だから乗っけてってくれ」

『本当に用件だけサラリと言ったなお前』

「急いでるって言ったろ」


 ドラゴンには悪いが、礼を尽くしているヒマなんてないのだ。

 一刻も早くキノシタに追いつかないといけない。


『その声から察するに、嘘ではないようだ。本気で急ぎ、本気で俺たちを使役しようというのか』

「ああ。力ずくでもやるぜ」

『やれるものならやってみろ――』


 翼を広げるドラゴン。

 俺は腰のホルスターを意識しつつ、ドラゴンの目を見る。

 目を逸らしてはダメだ。

 威圧されたら、その時点で交渉も戦いも終わる。


『と、言いたいところだがな。別に我らを使役しなくても、ドラゴンで大陸を渡る方法はあるぞ』

「本当か!?」

『お前、刃物は持っているか? 俺の身体に傷をつけてみろ』


 俺は言われるがまま、ポケットから十徳ナイフを取り出すと、ドラゴンに近づく。

 触れてみると、冷たい。変温動物だからか。

 鱗は爬虫類のものと違い、ざらざらしている。


「本当にいいのか?」

『構わぬ。そんな小さな刃物なら、傷にも入らぬ』


 軽い挑発に乗せられて、俺はナイフを思い切りドラゴンの肌に突き刺した。

 硬い。

 冷凍肉に真上から包丁を突き立てるとどうなるか、想像して欲しい。

 あのくらいの衝撃が俺の腕を伝わった。


「いってぇ……!」

『刺したか? 刃を見てみろ』


 ナイフを見ると、先端に赤い血がついている。


『その血を飲むがいい』

「こうか?」


 したたる血を舐めてみる。


「センセー! それダメっ!」


 背後からアミューさんの悲鳴。

 だが、もう遅い。

 タバスコの数倍の辛さ――違う、単純に電気のような刺激が舌から全身に伝わる。

 辛いし、苦い。ドラゴンの血ってこんな味なのか。

 おおお、それどころか全身がカッカしてきたぞ。

 血液が熱い。心臓の鼓動も速くなり、股間もビンビンだ。俺の体内のあらゆる機能が倍速になっているような気分だ。


「がぁ……っ!」


 全身が熱で赤くなっていく。

 手や足の血管が浮き出ているが、それが青白く光っている。

 なんだ……俺の身体、どうなってるんだ?


『はははははは! 飲んだか、人の子よ! 何も疑わずに飲んだか!』

「な……俺、どうなっちまうんだ?」

『竜の血には強力な呪いが備わっている。人の子が体内に取り込めば、呪いによって我らの一族に名を連ねるだろう! どうだ、嬉しいか!? 貴様が望んでいた世界最速の生き物が手に入るのだぞ!』


 つまり……俺、ドラゴンになっちまうのか?

 そういう呪い、か――


「なぁ……あんた……ドラゴンの門番さん…………!」

『怖いか? 人の姿を捨てるのが? だがもう遅い。お前は我らの一族となり、二度と俗世では暮らせないぞ』

「俺……ドラゴンになったら…………飛べるのか?」


 手に鱗のようなものが生えている。

 触ってみると、やはりざらざらしている。

 全身が熱くて、身体の違和感に気づかない。まるで燃やされているようだ。溶鉱炉で溶かされた鉄を鍛え直しているように、俺の身体が再構築されている気分だ。


「センセー! センセー! しっかりして!」

「アミューさん……離れてろ…………!」


 駆け寄ってくるアミューさんを手で制し、俺はドラゴンを睨む。


「なぁ……どうやって飛ぶんだ……? 翼を動かせば……いいのか?」

『なに?』

「空気抵抗とか……どうなってんだ…………?」

『お前、今それを気にしてどうする?』

「あと、オシッコとかどうやってするんだ……? 生殖器とかついてるのか……? メシって何食ってんだ……? 馬もひよこも食べてたけど、ドラゴンって雑食……?」

『いや、それは』

「なぁ、この手でキーボードって打てるか? できればスマホも使えると嬉しいんだけど、タッチパネルに爪って反応しないよな? それから今、俺の声ってどうなってる? 声帯も変わってたら、編集さんと電話する時に不便なんだけど」

『な、何なんだお前!』


 何だって言われても――

 ラノベ作家だよ。

 どんな姿になっても、な。

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