第26話 ただ、書きたくて

「キノシタさん! しっかりしてよ、キノシタさん!」


 生きているのが奇跡だと思った。

 勇者によって乗っていた鳥を殺された後は、ただ落下するのみ。

 そんなJKをかばったのか、キノシタは落下しながら召喚魔法を使ってくれた。風船のような膜が二人を包み込み、緩やかに落ちた。

 だからJKにはダメージはまったくない。

 ただ、キノシタは違った。


「大丈夫……大丈夫だから……」

「嘘つかないでよ! どう見ても死にそうじゃない!」


 おそらく海岸に近いのだろう、潮騒が聞こえる。

 前に勇者が大量のモンスター相手に無双していたカンティオ城塞に近い場所だろう。

 その草原に一本だけ生えた大木の根元に、キノシタは寝ていた。


 彼の右腕は失われていた。

 勇者によって鳥と一緒に斬られたのだ。

 それと腰も深く抉られていた。大量の血が芝を真っ赤に染めている。


「んんん……治れ……治れっ!」


 一度見ただけの治癒魔法を使おうとするJK。

 しかし集中が乱れているせいか、うまくいかない。満足にできないので、余計に焦ってしまい、どんどん魔法が霧散していく。


召喚サモン


 キノシタは落ち着いて召喚魔法を唱える。

 空中に穴が空き、そこから細い機械の腕のようなものが何本も飛び出した。

 その機械はキノシタの患部にレーザー光線のようなものを当てる。


「治療用の召喚獣だ……君も見ておくといい……きっと創作の役に立つ……」

「キノシタさん……」


 実際、キノシタの召喚獣は迅速に彼の身体を治療している。出血を止め、血の代わりに良く分からない液体を注射し、縫合している。それらを自動でやってくれるのだから、本当に機械のように頼もしい。

 JKはその様子をじっと眺めている。

 彼の言う通り、この召喚魔法を覚えれば、誰かの役に立つと思ったからだ。


「心配してくれて、ありがとうね。このまま少し休めば大丈夫だ」

「ごめんなさい。私、何もできなくて――」

「気にしないで」


 泣きそうな顔のJKの頭を、キノシタは優しく撫でる。


「これは僕のわがままが招いた事だから。君は何も悪くない」

「でも……」

「それに、このモンスターは優秀なんだ。一時間もこうしていれば、動けるようになる。必ず君を送り届けるからね」


 傷は完全に塞がっているが、まだキノシタの顔は青白い。血液が足りないせいか。

 失われた血と体力が戻るまで、ここで休んでいる方が得策だろう。

 JKも頷き、キノシタに治癒魔法を使おうとするが――


「一時間もそのまま放っておくと思ったのか?」


 低い声に振り返る。

 そこには光る剣を持った男が立っていた。


「探したぞ、魔王」

「……勇者か。まいったね、こんな時に」


 勇者ミュータスはゆっくりとこちらに歩いてくる。

 その目は魔王キノシタから逸らさない。殺意に満ちたオーラが、JKにも感じられる。よほど深い恨みを持っているのだ。

 それはそうだ。JKから見れば師匠の後輩だが、勇者から見れば大陸の平和を乱す悪の親玉なのだから。


「せっかくだから訊いてやろう。魔王よ、何故、貴様がこんな場所にいる? とうとう全軍でこの大陸を侵攻するつもりになったのか?」

「……いや。来たのは僕ひとりだ」

「何をしに?」

「ラノベを……書くためかな」

「貴様、ふざけているのか? あの人のような台詞を」

「ふざけてなんかいない」


 キノシタは手を伸ばし、掠れる声で呟く。


召喚サモン


 空中に出現した剣は、そのまま静止する。

 ――JKを狙って。


「キノシタさん!?」

「そのまま動かないでくれ。動けば、この子を殺す」

「貴様! 卑怯な!」


 歯ぎしりしながらも、勇者は脅迫の通りに足を止める。


「キノシタさん……嘘ですよね?」

「ごめんね。本気だ。僕はどんな手を使ってでも生き延びなきゃならない。生きてあっちの世界に帰らなきゃならない」


 青白い顔のまま、キノシタは立ち上がる。

 失った右腕には、先ほどの機械の腕がまとわりついている。あの腕も修復するつもりなのだろう。


「ラノベが書きたいんだ。面白いラノベが」


「魔王……? 貴様、もしかして小説を書くためにあちらの世界に行くのか?」

「そうだよ。君としても本望だろう? 何もしなくても憎い魔王が消えるんだ。だから僕を行かせてくれよ」

「ふざ……けるなっ!」


 勇者ミュータスは激怒するが、JKを人質に取られているので動けない。

 しかし今にも飛びかかりそうなほどの憎悪が膨れあがっている。これではどちらが魔王か分からないほどだ。


「全てを放って異世界に逃げて小説を書くだと!? 貴様の部下はどうなる! 貴様の国はどうなる!? 今までの戦いはどうなるんだ!?」

「だから……もう全部終わりにしよう。良かったな、ダーケスティアに攻めるチャンスだ」

「キノシタさん……!?」


 JKも目を剥いている。


「だって、奧さんやベルゲルさんは……」

「ああ、そうだな。次の魔王はベルゲルがいい。彼は優秀だ。僕の妻たちも面倒見てくれるに違いない」

「何言ってんの!? 全部見捨てるつもりなの!?」


 JKも怒鳴り、次に心から呆れた。

 今まで築き上げてきた国を、守ってきた人たちを、こんなにあっさり見捨てられるのか。それが人のやる事なのか。


「分からない……魔王、僕は君の考えが分からない」


 ミュータスも面食らっている。


「あの人によく似ているが、君の考えは明らかに異質だ。何が君をそうさせるんだ?」

「だから……言ってるだろう。ラノベが書きたいんだよ」

「それは全てを捨てても書きたいものなのか!?」

「そうさ」


 キノシタは即答する。


「面白い話を思いついたら書かずにはいられない。可愛いキャラを考えたら妄想せずにはいられない。熱い展開を思いついたら台詞を考えずにはいられない。それがラノベ作家というものだろう」


 その理念は、どのラノベ作家も持っているものらしい。

 JKにはまだ分からない世界だが、文章を書く人間の思考はみんなこうなのか。

 ――あの人も、必要があれば全てを捨てるのだろうか。


「だからって、国を捨てる事ないじゃん! せんせーだったら、絶対にそんな事しないよ!」

「ああ、そうだね。先輩なら見捨てたりしない。だけど悪いのはあの人だ」

「せんせーが……?」

「あの人に会うんじゃなかった。楽しいラノベの話なんかするんじゃなかった。おかげで僕の平穏な生活が崩れたんだ」


「あの人が――僕の心にもう一度火を付けたんだ」


 顔をしかめるキノシタ。

 そんな表情、魔王城では一度も見せた事がなかった。


「あの人は自分の価値が分かっていないんだ。先輩のラノベがどれだけ面白いのか――誰も分かっていない」

「そうなの……? だってキノシタさんの方が売れてるのに」

「売り上げなんて!」


 歯をむき出して怒鳴るキノシタに、JKが怯える。


「売り上げなんて指標のひとつだ! たとえ売れていなくても、読んだ人の心に強烈な一撃を残すラノベがある! それが先輩の書くラノベだ! 抉ってくるんだよ、僕の心を! 売れないくせに――打ち切られてるくせに――!」


 ああ、そういう事か。

 原動力だ。

 あの人の作品を読んで、彼は思ってしまったんだ。


「僕の方が、先輩より面白いラノベを書けるんだ!」


 全てを捨ててでも書きたいと思うほどの創作意欲。

 一度火がついたら止まらないんだ。

 JKはこれ以上キノシタを責められない。自分もラノベが書きたくて、命まで捨てようとした人間なのだから。

 目的やきっかけはどうあれ、最終的な目標はただひとつ。


 面白いラノベが書きたい――


 そのためならなんでもするのがラノベ作家だ。


「……もういい。戯れ言は聞き飽きた」


 勇者ミュータスは剣を構える。


「僕は貴様が書く小説などに興味はない。死んでいった同胞のため、滅ぼされた僕の村のため、殺された伯爵の妻子のために、貴様を殺す」

「人質がいるんだぞ、勇者。彼女ごと殺す気かい?」

「僕の剣技なら、彼女を傷つけずに貴様だけ斬る事が可能だ」

「本当かい……すごいね、勇者っていうのは」


 このままではキノシタが死んでしまう。

 JKは咄嗟に止めようとするのだが、何と言って止めればいいのか分からない。

 キノシタは外道だ。ラノベのためならどんな悪事も働く男だ。

だけど自分が同じ状況になったら、ラノベのために大切なものを捨てないという保証はない。


「覚悟しろ! 魔王!」


 勇者が剣を振り上げた瞬間、JKはその剣の前に飛びだしていた。

 深く考えた行動ではない。

 ただキノシタが危ないと思って、身体が動いてしまったのだ。


「な――!?」


 まさかJKが魔王をかばうと思わなかったのか、勇者も驚いている。

 しかし彼の剣は止まらない。 

 全てを断ち切る光の剣が彼女の肩を斬り裂こうとした、その時――


「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」


 上空から、聞き覚えのある声が降ってきたではないか。

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