第23話 JKとキノシタ
ディルアラン大陸とダイアラン大陸を結ぶ海。
西側からは“白の海”、東側からは“黒の海”と呼ばれている。要するに、双方にとって邪悪なイメージの色を名付けたのだ。海の向こうからは悪魔がやってくると伝えられているのである。
その海の上空を、一羽の巨鳥が飛んでいた。
「すみませんキノシタさん、わざわざ送ってくださって」
「ハハハ、いいのいいの。先輩のお弟子さんだからね」
鳥の背に乗っているJKは、手綱を握るキノシタの前に座っていた。
馬と同じように、騎手の前にタンデムする形の鳥なのだ。
ベルゲルが操っていたエイのようなモンスターに乗っていた時は、高所が怖くて手すりに掴まっていただけだが、今度は違う。
自分の目で世界を見てみようと思った。
――きっとあの人なら、恐怖心すらネタにする。
そう思って、JKはスマホすら構えずに眼下の海を眺めていた。
「別に弟子ってわけじゃないです。たまたま助けてもらっただけで」
「あれ、そうなんだ。先輩の作品に憧れてついてきたのかと――ああ、そういや先輩がボヤいてたっけ。『名刺渡しても思い出してもらえなかった』って」
「そうですよ。あんなマイナーな作家さん、知るわけないじゃないですか」
「そんなにマイナーじゃないでしょ」
「マイナーですよ。一〇年も前にデビューした作家さんなんて、ほとんどの人は忘れてます。アニメ化もしてないし、ジャンルだってありきたりだし、なのにたまに鬱な話書くし、かと思えば今時の流行を狙って爆死するし」
「知らないって言うわりには、詳しいね」
「……!」
びくっと身体を震わせるJK。
キノシタはニコニコと笑っている。
周囲に誰もいないのを確認して、JKは頷いた。
確認するまでもなく、この場にいるのはキノシタと巨鳥と大空だけなのだが。
「……嘘。ホントは、知ってた」
赤くなった顔を見られないように、口元を押さえるJK。
「ずっと前から知ってた。せんせーの小説、全部読んでた。だけど知らないフリしてた」
「どうして?」
「あたしね、この世界で誘拐されかけたところを、せんせーに助けられたの。本当はすごく嬉しかった。だけど、あまりにも出来すぎてるじゃん」
誘拐された時の絶望は、いまだに覚えている。
異世界に転生し、ようやく辿り着いた人間のいる町で起きた事件。
力強い腕に抱え上げられ、何人もの男がいる家に放り込まれた恐怖。
リーダーのような大男に「商品価値が下がるから犯しはしない」と言われた時、もっとひどい未来が待っているのだと思った。
そんな時に助けてくれた、冴えない男。
雑誌のインタビューで見た時より、少しだけ老けていた。
「好きな作家がピンチに駆けつけてくる――理想的な展開だね」
「そんな状況で、『ずっと前からファンでした』なんて言える? 恥ずかしくて言えないよ。あたしもせんせーも絶対に気まずいって」
「言えばよかったのに。絶対にあの人、喜ぶよ?」
無責任に言い放つキノシタ。
そう思って彼の顔を見たが――
キノシタは笑っていなかった。
「それに――そういう展開があるから、ラノベは面白いんじゃないか」
キノシタはJKの頭に手を置いた。
「思いがけない出会い。予想外の素敵な展開。ご都合主義だと言う人もいるかもしれないけど、都合のいい夢を見せるのが僕たちの仕事だ。先輩はちゃんと仕事をしたんだよ」
「そう……ですね」
「それに、先輩に会えて嬉しかったのは君だけじゃない。僕だってそうだ」
「キノシタさんも?」
「久しぶりに先輩に会えて、本当に嬉しかった。僕は先輩に言いたかった事がたくさんあったんだ」
「ああ、お酒飲みながら話してましたもんね」
「あんなんじゃ足りないよ。まだまだ先輩には言いたい事が山ほどある。あの人はすごい人なんだ。なのに――誰も先輩のラノベの素晴らしさを分かってくれない」
キノシタは険しい顔をする。
何に対して怒っているのか。
「先輩ですら、自分のラノベの価値を分かっていない」
「キノシタさん……?」
「あの人は、あんなところで何をやって――」
そこまで言いかけた時、視界が少しだけ変わった。
水平線が徐々に大きくなっている。線だったものが面に――陸地の形を作っている。
ダイアラン大陸に辿り着いたのだ。
「もう着いた! この鳥、速いんですね!」
「一番いい奴を呼び出したからね。苦しくなかったかい?」
「全然! そういえば、凄く速かったのに空気抵抗とか感じませんでした」
「モンスター本体が特殊な魔法のフィールドを出しているんだ。そうしないとこの子の羽根が痛んじゃうからね」
「なるほど。魔法って便利ですね」
「便利だよ。便利すぎるから“魔”の“法”って呼ばれるんだ」
あの人が言っていた。JKは一度見ただけで何でも覚えられるチート能力を持っているのだと。
だとすると、この空気抵抗をなくすフィールドも使えるんだろうか。
そんな事を考えていると、見覚えのある砦が視界に入った。あれは前に勇者が無双していたカンティオ城塞ではないか。
大地が真っ黒に染まっているのは、勇者が殺した野生の動物の死体のせいだろう。モンスター以外にも、魔王軍は動物を操る魔法も持っているのだとか。
「そういえば勇者さん、どうしてるかな――」
JKが呟いた直後。
目の前に、人がいた。
高さ四〇〇メートルほどの上空をダッシュで走る人が。
彼が足を動かすたびに、具足から魔法の足場が出現し、床や階段のように体重を支えている。
その魔法の鎧を着た人物は――
「とうとう魔王自らこの大陸にやってきたかっ! このミュータス・ランダーの名にかけて、一歩たりとも大地は踏ませないぞ! いざ、尋常に僕と勝負しろっ!」
勇者ミュータスの声が、心臓に届く。
次の瞬間、光を纏った剣が振り下ろされる。
二人を乗せた巨鳥は、まるで粘土細工のように両断された。
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