第21話 それからのこれから
改めてもう一度JKを叱った。
今度は俺だけじゃなく、キノシタやアミューさんやキノシタの奧さんまで全員揃って死ぬほど説教した。
なんとコイツ、今まで実家に連絡すら入れてなかったのだ。
しかも実家からの電話番号を着信拒否設定していたらしい。
「だって、何もかも捨てて取材しようと思ったから――」
そんな熱血じみた台詞を言っても無駄だ。
捨てられる側の気持ちを考えろと怒鳴って、ようやくJKは大人しくなった。
「うう……本当にかけなきゃダメ?」
「ダメだ」
スマホを手にしゅんとしているJK。
なんでこう高校生ってのは、親や家族の存在を軽視したがるんだ。
ラノベの影響か?
それともエロゲか? アニメか?
高校生が主人公の作品は、とにかく親と離れたがるものだ。
海外出張に行っていたり、すでに死去していたり。最近は寮生活ものが多いか。主人公の暮らしにおいて、親というものは邪魔でしかないのだ。
だが、実際は違う。
育ててくれた親に感謝なんて、ラッパーだってやっている。
「はー……」
とうとう観念して、JKはスマホの電話帳を起動する。
モンスターを前にした時よりも震える指でスマホをタップする。
長い着信音の後、繋がった。
「……もしもし、お母さん?」
『あんたその声、もしかして
「その、あたし――」
『こないだ角川書店の人から電話が来たのよ! あんた今、遠いところに行ってんだって!?』
そうだった。俺が編集部に連絡を入れていたのだ。
いつもの調子で「後処理は任せな」って言ってくれたけど、どうやったんだろう。
転生したって言ってたが、あっちの世界にJKの死体はあるのだろうか。
『アンタねぇ! 今まで家に連絡しないで何やってたの!』
「ご、ごめん」
『それで、無事なの? どこもケガしてないの?』
「うん」
『そっかぁ……病院から連絡来た時はどうしようかと思ったのよ。私もお父さんも、あんたが死んじゃったと思って、本当に心配したんだから』
「うん……」
『良かったよ……本当に良かった』
「ごめん……ごめんね、お母さん……」
『…………本当に良かった……』
「ごめんなさい…………ごめんなさい……」
涙を拭きながら話すJK。
ほらな、連絡して良かっただろ?
連絡はマメに取らないとな。
編集とのやり取りだって同じだ。相手の気持ちをちゃんと知っておかないと、いざって時にすれ違って取り返しのつかない事になるからな。
「ねーねー、センセー」
「ん、どしたアミューさん」
「これからどうしよっカ?」
そうだな。
JKをこのまま同行させるのはまずい。
本人も交えて相談したかったが、まだ親と通話しているようだ。
「先輩、あっちの部屋で話しましょう」
キノシタが言うので、隣の部屋に移る。
JKを診てくれた奧さんに改めて礼を言って、俺たちは今後の予定を決める事になった。
ちょうどその部屋には世界地図があり、二つの大陸が見える。
アメリカ大陸が線対称に二つ並んでいるような感じだ。
西側が俺たちのいるディルアラン大陸なんだな。
「まぁ、普通に考えて、JKをあっちの世界に送り届けないとな」
「そうだネ! 本当は帰らなきゃいけないんだしネ!」
JKがこの世界に滞在を許されているのは、編集部に了承を取っているからだ。
ライトノベルを書きたいから、という理由なら俺も面倒をみるつもりだった。
しかし心配する人がいるなら帰るべきだ。
「おそらく学校もサボってるんでしょうね」
「だな。サボりはいかんなぁ」
キノシタの言葉に頷く俺。
別に学校で勉強がしたいわけではない。
ただ、俺たちの年齢になると学校のありがたみが分かるのだ。
だって考えてもみろ。
ライトノベルの舞台はどこだ。ほとんどが学校だろう。
高校生はその取材がタダでできるんだ。サボるなんてもったいなさ過ぎる。
学校や仕事をサボってラノベが書きたい、なんて言う奴がいたらブッ飛ばしてやる。
それは目の前に裸の女がいるのにエロ本に手を伸ばすような、最高にクレイジーな選択なのだと叩き込んでやる。
「じゃあ、JKは送り届けるという事で」
「ダイアランに戻らないとネ」
アミューさんは世界地図を指さす。
現在位置から海を渡って東へ――ダイアラン大陸の、俺たちが最初に滞在したハラン城下町付近のゲートまで行かなくてはならない。
あそこはKADOKAWAが用意してくれた、異世界を繋ぐ扉がある。
「だけどもう一度海を越える必要がある。来た時はベルゲルさんの鳥だかエイだか分からないモンスターに乗せてもらったけど……」
「帰りは船しかないネ」
「高速で進める船のひとつでもあればいいんだけど。キノシタ、持ってる?」
「なんだ、そういう事なら僕に任せてください」
手を叩いて、キノシタは微笑む。
「僕の召喚魔法で、飛べるモンスターを呼びますよ」
「それはありがたいけど、俺たちでも操縦できんの?」
「いいえ、できません。召喚獣は召喚者の命令しか聞きませんから」
「じゃあどうやってJKを送るんだよ」
「僕が送ります」
「はぁ?」
「僕があの子をゲートまで送り届けますよ」
何バカな事言ってるんだ、この男は。
自分の立場分かってるのか。
「お前、魔王だろうが! 勝手に城あけて、ダイアランまで行けるわけないだろ!」
「ダイアラン大陸には勇者がいるんだヨ!? 危ないヨ!」
「そうですね。リスクは高いですよね。でもやりますよ」
キノシタは笑顔で続ける。
こいつ、本気なのか。
なんでそんな危険なマネを平気でやろうとするのだ。
「ついでにあっちの世界に帰ろうかな。久々だし、編集さんとも話したいし」
「なっ……!?」
「今、あっちのアニメで面白いの何があります? マンガでもいいですけど」
「何言ってんだ! 今、この国は戦争してんだろ!? ダイアランと! 勇者と! 王様がいきなり抜けたらどうなると思ってんだよ!」
「抜けたらどうなるのか――それを見届けるのも、取材になりますよね」
「奧さんはどうするんだ!?」
「そうですね……ま、僕がいなくてもやっていけるでしょ」
肩をすくめて、キノシタはこう締めくくる。
「なんか、飽きちゃったんですよね、魔王」
どうしたって言うんだ。
本当に魔王に飽きて、何もかも捨てて元の世界に帰る気なのか。
国も、妻も、今まで自分を慕ってくれた人全てを捨てて帰れるのか。
「お前っ!」
俺はキノシタに掴みかかる。
しかし――
「
床から生えた紫色のキノコ。
その笠から胞子が飛んだ。
吸ったらまずい、と頭では認識していても、すでに遅かった。
「キノシタ……! お前……なんで…………!?」
「ダメ……だヨ……!」
イスから転げ落ちるアミューさん。
俺はキノシタの足を掴もうとするが、もう身体に力が入らない。
目の前が真っ暗になる。
薄れ行く意識の中、キノシタは俺の耳元でこう囁いた。
「あなたがいけないんですよ、先輩」
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