第20話 最初の最後の手段

 今まで気にしていなかったわけじゃない。

 ただ“無双”と“ハーレム”、それに二つの大陸の争いやキノシタの事など、他に面白そうな事柄が立て続けに頭に入ってきたので、つい意識の外に追いやっていた。


「なぁアミューさん。そもそも“魔法”って何だ?」


 魔王城の客室。

 俺とアミューさんとキノシタだけだ。

 幸いケガ人は出なかったので工場はすぐに復旧し、魔法陣と呪文のミスをチェックしてから再びモンスター召喚が行われる事になった。


 JKは検査中だ。

 この世界は機械の代わりに魔法を使う。

 心電図やCTスキャンの代わりも魔法だ。それでJKを診てもらっている。


「魔法っていうのは、私たちの国だと、第六、第七の感覚って言われてるヨ!」

「第六感って奴か」

「身体の中に魔力があって、その力を使うノ! でも説明は難しいヨ……」

「ああ、それは分かる。手の動かし方なんて、他の人に口で説明しろっつっても難しいだろうし」

「魔力を持ってる人は生まれつき決まってるカラ、魔力のない私だとチョット……」

「てことはJKも魔力を持ってるのか」

「いえ、そうとは限りません」


 口を挟んだのはキノシタ。


「僕にも魔力はありませんが、召喚魔法が使えます」

「ああ、そういやそうだな。どういう事だ?」

「そもそも召喚魔法は魔力を必要としません。外部から魔力に近いパワーを持ってくる魔法なんです」

「ウン! 私も初めて見たヨ! この世界の魔法じゃないよネ!」

「はい。これはこの世界でも、僕らがいた世界のものでもありません。まったく別の世界の魔法を、僕がダーケスティアの魔導士に伝授したんです」

「お前、異世界の技術をそう簡単に――!」

「待ってください先輩。今はそれどころじゃないでしょ」


 確かにそうだが、キノシタのやった事はマナー違反だ。後で糾弾するぞ。

 しかし今はJKだ。


「どこの世界の魔法でも、見ただけで一発で使える能力……か」


 口に出したらとんでもないスキルだ。

 なんでJKがそんなもの使えるのだろう。

 ていうか、なんでアイツに魔力があるんだ。

 俺もキノシタも魔力がないって事は、こっちの世界の人間じゃ無理って事なのか。

 じゃあ――


「失礼します」


 扉が開くと、全員が立ち上がった。

 そこにはキノシタの奧さんである赤髪のお姉さんと――JKがいた。


「どうだった?」

「ん……」


 JKは何かを言いかけ、そして口をつぐむ。

 おい、なんだよその態度。

 何か悪いところでもあったのか?


「教えてくれ、奧さん。こいつの身体に何か異常はあったのか?」

「いえ……異常というほどのものはありません。病気もなければ、寄生虫や寄生植物の類もありません。誰かに魔法をかけられた痕跡もありません」

「じゃあ……普通って事か?」


 俺の問いに、赤髪の奧さんは首肯する。


「はい。普通の――です」


 おい、言い間違ってるぞ。

 それを言うなら「あちらの世界の人間」じゃないのか。

 だって「この世界の人間」って――

 待てよ、どういう事だよ。


「彼女の肉体は、異世界人のものではありません。ダイアランかディルアランかは不明ですが、魔力を持ったこの世界の人間です」


 奧さんの言葉に、JKがビクッと震えるのが見えた。

 すぐにいくつもの可能性が脳を駆け巡っている。

 だけど結論を急がせたくない。


「JK……お前」

「ち、違うよ。あたし、あっちの世界の人間だよ。日本人で、東京生まれで、小金井市で育って、子供の頃からマンガとかラノベが好きで、そうだよ、あざの耕平さんや鎌池和馬さんのファンで」


 自分の身体を抱きしめて震えるJK。

 目に涙を浮かべる彼女に、俺は質問をしなければならない。


「いいか。一から質問するぞ。お前は本当に日本人なんだな?」

「そうだよ!」

「この世界の人間になった――魔力を持った理由に心当たりはないのか?」

「それは…………」


 心当たりがあるんだな。

 俺たちとは明確に違う、JKだけの理由があるんだ。

 なら、俺に考えられる原因はこれしかない。


「お前、どうやってこの世界に来た?」


「え……!?」

「俺はKADOKAWAのツテを辿って、正規のルートでここに来た。お前はどうなんだ。どうやってこの世界に来たんだ?」

「そ、それは……!」


 俺の言っている事を理解したのだろう。JKは口ごもる。

 彼女が答えるまで、たった数秒。

 しかし俺には何時間にも感じられた。

 やがて観念したのか、JKは小さな声で告白する。


「トラックに……轢かれて」


 俺もキノシタも目を伏せる。

 やはりそうか。


 トラック転生――最近アマチュアの間で流行している、異世界転移法だ。


 やり方は簡単。トラックに撥ねられるだけ。

 別にトラックでなくてもいい。セダンでもいいし、バイクでもいい。高いところから落下してもいいし、刃物で刺されてもいい。

 マンガ家の高橋留美子さんは、爆発などの死の危険を伴う火に焼かれるとタイムスリップする体質だと聞く。おそらく現代のトラック転生はそれに近いやり方だ。


 そのお手軽な方法が話題を呼び、異世界に行きたがるアマチュア作家は激増した。

 だがそのやり方は危険なんだ。

 “転生”と呼ばれるくらいだから、トラックに轢かれた身体は死ぬ。

 魂のみになった肉体が何らかの方法で受肉するのだ。

 当然、誰でもできる方法じゃない。

 死んでも生き返れる“特殊能力”に恵まれた、本当に一部の選ばれた人間だけが可能な荒技なのだ。

 あまりに危険なので、今はKADOKAWAだけでなく、全ての出版社が「絶対にマネをするな」と警告している。運送業者や清掃業者にも迷惑がかかるしな。


「なんでそんなマネした?」

「…………あたし」

「答えろ」

「……あたし、ラノベが書きたくて。ラノベ作家にどうしてもなりたくて」


 怯えながらも、JKは答える。


「あたしオタクだし、頭も顔も良くないし、友達より優れてる部分なんて全然ないんだよ。だけどラノベ作家になれば、あたし、少しは……マシになるかなって」


 分かるよ。

 ただ面白いモンが書きたいだけじゃ、ラノベ作家なんて目指さない。

 ”面白いラノベを書いて誰かに喜んでもらいたい”って気持ちは、言い換えれば、”誰かに自分の能力を褒めてもらいたい”って事だもんな。

 承認欲求って、人間の成長を示すものだしな。

 けど――それでトラックに轢かれるのはナシだろ。


「トラックに轢かれて、それでどうなった?」

「あんまり覚えてない……神様って名乗る人が、生き返らせてくれるって」

「そっか」


 転生者は大抵、“神”とかいう奴に生き返らせてもらうと聞く。

 しかし俺たちの業界で“神”と呼ばれる存在は、〆切をブッチしても笑顔で許してくれる編集者の事を指すのだ。


「お前、“チート能力”を持って転生したんだな」


 俺の言葉に、JK本人も納得したようだ。

 転生に成功した者は、そういう能力を持つケースが多いと聞く。

 JKの場合もそうだろう。「一度見ただけで魔法を覚える能力」を持ってこの世界に転生した。だから魔法が使えるのだ。


「せんせ……怒ってる?」

「たりめーだ」

「だよね。ズルしてこの世界に来ちゃったんだもん」

「そうじゃねぇっ!」


 俺は怒りにまかせてゲンコツをJKの頭に落とす。


「単純に危ねぇからだよ! なんでトラック転生が禁止されてんのか、考えろ! 失敗したら死ぬからだよ!」

「…………!」


 俺は殴ったJKの頭を撫でる。

 ちゃんと感触がする。生きてる証拠だ。


「だからもう二度と危ない事はすんな。死んじまったら、二度とラノベが書けなくなるんだぞ。誰もお前の事を『すげぇ』って言ってくれなくなるんだぞ」

「……うん」


 涙目のJKの頭を、俺はもう一度撫でる。


「良かったよ。転生に成功して、本当に良かった」


 今はただ、そう思うしかない。

 JKを転生させてくれた、〆切を破っても許してくれそうにない“神”に感謝するか。

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