第18話 ライトノベルができるまで
夜は魔王城でごちそうを食べた。
ディルアランでもダイアランでもない、俺たちの故郷、日本の料理をみんなで食べた。幸いキノシタの城には材料があったので、簡単なものをテキトーに作った。
ラーメン、チャーハン、カレー、パスタ――
日本の料理じゃない? そんな事はない、我らのソウルフードじゃないか。
わざわざ異世界に来てまで日本食を食べる。これ以上の贅沢があるだろうか。
アミューさんはすぐに美味しいと言ってくれたが、キノシタの三人の妻はおっかなびっくり食べていた。しかし味覚は同じ人間なので、次第に慣れてくれた。
そして腹も膨れたところで酒に移る。
俺たちは遅くまで杯を酌み交わし、こちらとあちらの世界の事を話した。
ディルアランの人は夜行性なので、キノシタの妻たちが寝る頃は正午近かった。それでも城の中にはあまり光が入ってこないので、燭台の光に頼らないといけないが。
「だいたいですね、先輩は“ハーレム”を誤解してますよ」
テーブルを挟んで、赤ら顔で俺を見るキノシタ。
「はぁ? なんだよ誤解って」
「あなた“ハーレム”を後宮の事だと思ってるでしょ? 僕の妻みたいな」
「だってそうだろ?」
「ラノベにおける“ハーレム”は意味が違うんです! だって実際に後宮を持ってるラノベ主人公がどれだけいると思ってんですか!」
言われてみればそうだな。
ラノベで言うところの“ハーレム”は、主人公の周りに女子がたくさんいて、その全員が主人公に好意を持つ“状態”を指している。
「“無双“もそうじゃないですか。最初に『真三國無双』ってゲームがあって、大量の敵を薙ぎ倒すアクションの要素がウケたんでしょ? で、いつしか“無双”って言葉が一人歩きしたわけで」
「そっか。“ハーレム”もその類か。なるほどなー」
「先輩……いくらモテないからって、ハーレムを拒絶しないでください」
「拒絶してねぇよ! 女の方が俺を拒絶するんだよ!」
「ラノベの女の子は拒絶しませんよ。だからいいんじゃないですか」
「ケッ、イケメンのリアルハーレム男に言われても説得力がねーよ」
「人の事言えないでしょあなたは」
キノシタがグラスで指すのは、俺の隣で飲んでいるアミューさん。
「俺が?」
「ん? 私?」
「自分だってそんな綺麗なガイドさんと、弟子の女の子連れて。ヒロインが二人もいれば立派なハーレムですよ」
「んなわけあるか」
俺は笑って否定する。
「アミューさんはガイドだ。俺の仕事のパートナーだ。恋愛になんて発展するか」
「そうだヨ! ガイドはお客さんとラブラブになっちゃいけないんだヨ! 規則で決められてるからネ!」
ニコニコ笑って頷くアミューさん。
彼女は優しくて気さくだが、職業意識はしっかりしている。
「俺にとってアミューさんは、編集やイラストレーターと同じだ。尊敬すべき仕事の仲間だよ。ここじゃ名前を出せない超大御所のAさんだって、『仕事で知り合った女とは絶対に関係を持たない』って誓ってるだろ」
「あの人いまだに守ってるんですかねぇ、誓い」
「さーな」
「なんで名前出せないノ? 誰もいないヨ?」
「あの人の人脈は恐ろしいですからね。どこで聞かれてるか分からないから、怖くて迂闊な事が言えないんですよ」
「とにかくだ。アミューさんはハーレムの対象にはならねーよ」
「でも私、センセーは好きだヨ!」
「うん、俺もアミューさんは大好きだ」
酔った勢いか、そんな事を口走ってしまう。
だけど、その「好き」は仕事として、友人としての「好き」。
これから先も、ずっとガイドして欲しいと思っている。背中を預けられる、信頼の証である。
そんな俺たちを見て、キノシタはため息をつく。
「だから売れないんですよ、あなたは」
「んだとこの野郎」
「そこでなんでアミューさんとイチャつかないんですか! もっとエロい事しなさいよ! 読者はそういうの望んでるんですから!」
「お前さっきの関節技見ただろ! 客観的に見ても痛そうだったろ! 実際は想像以上に痛いんだからな!」
「関節技がなんですか! そういう事しないから先輩のラノベはいつまで経っても売れないんですよ! 僕はやったから売れたんです!」
「分かってるよ! 俺はそもそも売れるラノベを書くために取材旅行に来てんだからさぁ!」
「いいや分かってない。先輩ちょっとそこ座りなさい」
「最初から座ってるんだけど……」
「僕が“萌え”について一から十まで手取り足取り教えてあげます。さあ、酒はまだありますよ」
目が据わっているキノシタに付き合わされ、結局俺はその後も一時間ほど飲んだ。
別に一緒にいる必要はないんだけど、なぜかアミューさんはそんな俺たちを見てゲラゲラ笑っていた。
楽しいのか、こんな会話が。
*
飲み過ぎてフラフラになりながら、借りた寝室へ向かう。
楽しかったけど、飲み過ぎた。
ちなみにアミューさんはいまだにキノシタと飲んでいる。というかキノシタはすでにダウンしているのに、アミューさんだけが飲み続けている。獣人族はアルコールを分解する能力に長けているようだ。
キノシタの酒代を心配しつつ、城の廊下を歩いていると、ふと、灯りの付いている部屋を見つけた。
寝室ではない。
ドアを開けてみると、書斎だった。
部屋の壁には一面、本棚。それと中央に机とノートパソコン。
その机で、JKが一心不乱に何かを書いていた。
「寝ないのかJK」
「わぁっ!」
俺の来訪にも気づかなかったようで、慌ててペンと紙を隠す。
ノックは何度もしたんだけどな。
「な、なにせんせー、お酒飲んで寝てたんじゃないの?」
「そのつもりだったけど、ここの灯りがついてたから。なんだお前、何か書いてたのか」
「ん。プロット」
プロットは大事だ。
言ってみれば企画書のようなものだ。本来は編集に「私はこれからこういうものを書きますから出版して下さい」という要望書に近いが、自分で物語をまとめるのにも使う。
企画書にして設計図。これがないと書けない人もいるし、なくても書ける人もいる。
「今日まで旅してたら、なんか書きたくなっちゃって」
「そうだな。俺もネタはスマホのメモにまとめてるよ」
適当なイスを探して書斎を歩くと、本棚に並んだラインナップが目についた。電撃文庫、富士見ファンタジア文庫、角川スニーカー文庫、MF文庫J、ファミ通文庫、GA文庫、ヒーロー文庫、アルファポリス――
ここ数年に出版されたラノベが並んでいる。
なんだよ、俺の本もあるじゃねーか。
「ねぇ、せんせ」
「ん」
机に置いてあった水差しを取り、グラスに注いで飲む。
ようやく酔いが収まってきた。
「ありがとね。せんせーのおかげで、面白い話が書けそうだよ」
JKが微笑む。
素直にしてれば可愛いんだよ、この娘も。
それにプロットに向き合っている時もそうだったが、本当に一生懸命なのだ。
まるで若い頃の俺やキノシタを見ているようで――
「なぁJK。お前、なんでラノベを書きたいと思ったんだ?」
「え……そりゃ、楽しいから」
「今の理由はそれだとしても、きっかけってあるだろ? 一番最初にラノベを書きたくなった理由って何だ?」
するとJKはさっき俺が見ていたラノベの棚を見る。
少し言い淀んだ後、彼女はこう答えた。
「具体的な名前は出さないけど、さ――すっごいつまんないラノベを読んだの。キャラも設定もありきたりだし、なんでこれが出版されてんのってレベルで」
「うん、まぁ、そういう作品もあるわな」
「それで……思ったの。こんなつまらないラノベがあるなら、あたしの方が上手く書けるだろ、って」
「それがきっかけか」
「ごめんね。プロの前でこんな事言うなんて。あたしまだ作家志望ってだけなのに」
「何言ってんだ。恥ずかしがることじゃねーよ」
俺は自分の胸に手をあてて、はっきりとこう言ってやった。
「俺の方が上手く書ける――ラノベを書く原動力としては充分だ」
誰かと自分を比べるのは当然だ。
それがどういう感情から来るものであっても、目の前に何か作品があったら自分の中の創作魂に触れさせたくなるものなのだ。
「少なくとも、そのクソつまんねーラノベは、お前がラノベ作家になるために一番大事な事をやってくれた」
「大事な事って?」
「まずは心に火をつける、そして行動する――『ライトノベルができるまで』の、一番最初の段階だ」
面白いラノベでも、つまらないラノベでも、ラノベ以外でも、「ここをこうすればもっと面白くなるのに」という気持ちは絶対に残る。
その気持ちを自分のラノベに生かす。
魂の薪にするのだ。
「ライトノベルができるまで……」
「まずはやる気のスイッチを入れる。その次は、行動する。プロットや文章力とか、萌えとかアクションなんて、そのずっと後の段階だよ。大抵の奴らが、ここでつまずくからな」
まず火を付けられない奴。火が付いても動けない奴。
そんな奴ばかりの今の業界で、異世界まで自力で来るのがどれほどのものか。
「俺の方が上手く書ける。そう思って書いてれば、いつか本当に上手く書けるさ」
「せんせーにそう言われると、もっとやる気が出てきたよ。あたし、面白い話がいっぱい書きたい」
「ああ、その意気だ。だけどそろそろ寝ろよ。明日、キノシタがモンスター製造工場に連れてってくれるらしいから」
「なにそれ、見たい!」
「寝不足だと遅刻するかもしれないぜ。今日はそろそろ寝ろ」
「うん!」
嬉しそうに頷くJK。
将来、こいつが必ず書き上げるであろう小説が今から楽しみだ。
ちなみに翌日は俺もキノシタも二日酔いでダウンしたため、JKとアミューさんに罵倒されながら一日だけ休暇をいただいたのだった。
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