第19話 異形を作る偉業を

 一日の休みの後、キノシタやディルアラン大陸の主武装であるモンスターの製造工場を見学する事になった。


 工場といっても機械で作っているわけではない。

 施設自体も魔王城の敷地内にある。

 だだっ広いドーム状の空間は、魔法でコーティングされた強固なシェルター。その中にはいくつもの魔法陣が描かれていた。


 それぞれの魔法陣には数人の魔導士がおり、彼らが同時に呪文を唱えると、魔法陣が光りだし、次の瞬間にはモンスターが現れていた。

 どうやら魔法陣によって生み出されるモンスターは違うらしく、ドラゴンのようなトカゲだったり、タコのような触手だったり、牛か馬のような偶蹄類だったり。どれもファンタジーもので一度は見た事があるやつだ。


「工場といっても、こうしてモンスターを召喚しているだけなんです。こことは違う、さらに別の異世界から呼び出しているんですよ」


 俺たちの前を歩きながら、キノシタは説明する。


「その世界にいるのは不定形の生き物なんですが、呪文や魔法陣でデザインする事で望んだ形で生まれるんです」

「モンスターの3Dプリンタみたいなものですか」

「そうです! 飲み込みが早いですね!」


 JKに微笑むキノシタ。

 ああ、だから良く知っているモンスターが多いのか。

 キノシタの知識外のモンスターは生まれないわけだ。

 しかしファンタジーの取材ということならば、分かりやすい。ドラゴンやローパー、ミノタウロスなど、こちらの言葉でも通じるからだ。


「あのキノシタさん、召喚魔法もっと見せてもらっていいですか?」

「どうぞどうぞ。この中だと、そこの彼女の召喚魔法が一番上手ですよ」


 JKに頼まれてキノシタが案内したのは、若い女性。

 って、キノシタの奧さんの赤髪の人だ! 巨乳で分かった!


「あら、召喚魔法に興味あるの? いいわよ、見ていきなさい」

「お願いします! あたし、魔法の勉強がしたいんです!」


 勢いよく頭を下げるJKに、赤髪の奧さんはニッコリと微笑んで呪文を唱える。

 すぐに担当の魔法陣に光が宿り、サラマンダーと呼べるような炎を纏った竜が現れる。

 赤髪の奧さんは簡単にやっているように見えるが、これも高等技術なんだろうな。前にTVで見た事があるが、下町の飴職人がササッと動物の形に飴を練っているシーン、ああいう職人は、本当に簡単にこなしてしまうんだ。

 その一部始終をカメラに収めようとするJK。

 俺もあんな風に召喚できればなぁ……。


「そういえばキノシタ」

「なんですか先輩」

「アミューさんが言ってたんだけど、作られたモンスターや改造されたモンスターは消えるんだったよな? 改造って何だ?」

「あれを見てください」


 キノシタが示す魔法陣の上には、鳥が乗っていた。

 そこに魔導士が呪文を唱えると、鳥が巨大化し、狼のような爪と牙を持つ獰猛な獣に変貌したではないか。


「ああやって、生き物を召喚魔法で合体させるんです。二神合体的な」

「どちらかといえば、ソシャゲのカード強化みたいなもんだな」

「人間を強化する事もできますが、今はあまりやらないみたいですね。軍事的に利用しにくいんです」

「人道的な問題じゃないのか」

「人道的にはむしろ推奨される行為なんですよ、ここの大陸だと」


 恐ろしい話だ。

 だけど他人事ではない。面白い話を書くために、悪魔と契約したラノベ作家なんてザラにいる。実際に人間である事を辞めてしまったラノベ作家だっている。

 俺はまだそこまで行くほどの情熱はない――


「きゃーっ!」


 突然の悲鳴。

 何事かと振り返ると、ひとつの魔法陣から魔導士が逃げ出している。

 その魔法陣から出現したのは、腕と脚が四本生えた、鬼のようなツノを持つ化け物。グレーターデーモンって奴じゃないのか?

 だけど様子が変だ。すでに召喚されているのに、胴体からさらに数本の腕や脚が生えている。自己増殖しているのか。


「召喚失敗です。たまにデザインと違うモンスターが生まれてしまうんです」

「そうなるとマズいのか?」

「こちらの命令を聞かなくなります。人語を理解する機能もデザインのうちですから」

「アンテナが壊れたラジコンみたいなものか。殺していいんだな?」

「はい!」


 俺はホルスターから拳銃を抜いてモンスターに駆けだした。

 俺がやらなくても誰かがやるだろうが――


「センセー!」

「アミューさん、手伝ってくれ!」

「うん!」


 アミューさんも腰の短剣を抜き、俺と一緒に駆け出す。

 もう自分だけでやれるとは思わない。

 確実に仕留めるために、銃は必ず二発撃てと先輩に教わった。ただしそれは人間相手の話だが――

 俺は走りながら照準を合わせ、先輩に教わった通りのやり方で発砲する。肩に強い衝撃が伝わるが、続けざまにもう一発。

 弾丸はグレーターデーモンの顔と目に命中した。

 目から血が噴き出る。

 よし――カニのモンスターと違って、粘膜なら銃が効く!


「ホイ!」


 顔を押さえるデーモンの死角から回り込んだアミューさんが、巨体の腰付近に短剣を突き刺した。さらに抉るように深く刺した後、抜き取る。青白い血が噴き出すデーモンから素早く距離を取る。

 アミューさんはさらに一撃を加えようとしたが、その前にデーモンが反応した。

 彼女の胴ほどもある太い腕で、アミューさんを掴もうとする。


「させるかよっ!」


 俺が銃を撃つと、デーモンはまたこちらを見た。

 そうだ、それでいい。

 銃は威力もさることながら、音がでかい。

 大きな音でがなりながら攻撃する俺と、静かに刺すアミューさん、どっちがムカつくかなんて分かりきってるよな。

 モンスターに襲われる恐怖は、一度味わってる。

 二度目はちっとも怖くないぜ。


「オオオオオオオオオオン!」


 グレーターデーモンが俺に向かって走る。

 その一撃を避けてから、至近距離で銃弾を――


 あ、やばい。

 間合い間違えた。

 これ、殴られる距離だ。

 あの速さで殴られたら、死――


召喚サモン!」


 JKの声。

 続いて燃える竜がグレーターデーモンの顔面にまとわりついた。


「オオオオオオオオオオ!」


 顔を押さえてのたうち回るデーモン。

 しかし火の勢いは衰えず、デーモンの顔を焦がし続ける。

 あれはさっき見たサラマンダー。異世界から召喚したモンスターだ。

 召喚したのは――


「あ、あたし……できた」


 JKだ。

 なんであいつ、一回見ただけで召喚魔法が使えるんだよ。

 回復魔法だけじゃないのかよ。


「うそ……なんで? 一度見ただけなのに……」

「あ、あなた、何者?」


 赤髪の奧さんも驚いている。いや彼女だけではない、周囲の魔導士も驚愕している。

 これは山賊のばあちゃんと同じ反応だ。

 魔法学校で長い間修行しないと会得できないはずの魔法を、異世界人のJKが習得しているのは、よほどの事らしい。


召喚サモン


 続いて聞こえるキノシタの声。

 あいつの魔法に呼び寄せられて、空中に魔法陣が浮かび上がる。その円から無数の剣が飛び出し、倒れたグレーターデーモンに突き刺さった。

 やがて絶命したデーモンは光になって消滅する。

 今度こそ完全に倒したようだ。


「先輩、みなさん、大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう。やっぱりキノシタの召喚魔法はすごいな」

「僕はでラノベ作家になりましたから」


 照れ笑いするキノシタ。

 こいつの代表作「フーリッシュ・ハイスクール」は召喚魔法を題材にした学園もののラノベだ。

 それを書くために、自力で会得したらしい。勉強熱心な男である。

 その技術をここの魔導士に教えたからこそ、魔王になれたのか。

 自分の能力を使って異世界で成り上がる。

 これぞ今時のラノベにありがちな展開ってやつだな。


「ですが……彼女は」


 俺もキノシタもアミューさんも、魔導士たちも全員がJKを見ている。

 彼女は自分の手を見ながら震えていた。

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