第16話 その魔王、脅迫につき
「キノシタ……って、もしかして、あのキノシタさん!? 『フーリッシュ・ハイスクール』の!? 超有名ラノベ作家じゃん!」
俺の袖を掴んで、ぶんぶん揺するJK。
おい、俺の時は名刺渡しても思い出せなかったくせに、コイツの時は一発かよ。
「あたし『フリスク』読んでました! アニメも観ました! すごく面白かったです!」
「ハハハ、ありがとう。嬉しいよ」
JKと握手するキノシタ。
別に嫉妬はしない。彼はそのくらい有名なラノベ作家だ。
五年前に俺と同じレーベルからデビューしたキノシタは、新人賞応募作にしてデビュー作の「フリスク」で一躍大ヒットを飛ばした。
一巻の売り上げは五〇万部以上、アニメのDVDも三万枚近くの売り上げ。
シリーズが終了した今でも、読者はその名前を記憶しているだろう。
俺が言うのもなんだが、本当にすごい作家なのだ。
「お前失踪したと思ったらこんな所にいたのか」
「いやぁ、すみません」
そう、コイツは二年前に急に姿を消した。
たまにLINEなどで連絡を取っていたが、居場所だけは教えてくれなかったのだ。誰かひとりでもバレると、編集部にチクられると思ったのだろう。
「編集部が探してるぞ。ほれ」
俺はスマホの画面を見せる。
KADOKAWAが主催している賞金首のサイトだ。
逃げ出した作家やマンガ家やイラストレーターを捕まえた者には賞金が出るのだ。
「うわ、僕の懸賞金、二〇〇万円ですか。しかも『DEADorALIVE』って」
「え……どういう事? 死体で持ち帰ってもいいの? とうとうラノベ作家って死者蘇生もできるようになったの?」
「さすがに死者蘇生は無理だけど、KADOKAWAならゾンビ化や吸血鬼化させても書かせるだろ」
「怖っ……!」
震えるJKとキノシタ。
まぁどっちが悪いかと言えば、失踪する作家が悪いわけだが。
異世界に取材に行くのはハイリスクだ。当然、失踪や死の危険性が伴う。編集部もそれを理解して行かせているのだから、事故にも慣れている。
現地での死亡だけなら、確認しやすいからマシだ。編集部は死体回収班を向かわせるたけで済む。
しかし自分の意志で失踪されたらお手上げだ。専門の探し屋を使って、長い時間をかけて捜索する必要がある。
「他の作家からも『生きてる』って言われてたから心配はしてなかったけど、そうか、こっちの世界にいたのか」
「本当にご迷惑おかけしました」
「で、何でこの世界にいるんだ? お前もファンタジー書くのか?」
「あはは……」
笑って言葉を濁すキノシタ。
言わなくても、なんとなく察する事はできる。
彼は「フリスク」のシリーズが終了してから、新作を書いていない。
そのための取材旅行のつもりだったのだろう。
「取材旅行のつもりがズルズルと長居しちまう――よくある話だ」
「楽しいんですよね、この世界」
キノシタはそう言って、申し訳なさそうに笑った。
「新作が書けないっていうか、書きたいものが見つからなかったんです。そこで新しい体験をすれば何か見つかるかもしれないと思って、この世界に来ました」
「で、何がお前をこの世界に留めたんだ?」
「強いて言うなら、このディルアラン大陸ですかね」
「へー」
俺は来たばかりだから、何がそこまで良いのかまだ分からない。
「この大陸の価値観は楽しいです。みんないい人なのに、グロに溢れてる。ラブコメばかり書いてた僕にとっては何もかも新鮮でした」
「まぁ、いい人たちってのは分かる」
「だから、ダイアランとの戦争のお手伝いをしたんです」
「…………お前……!」
さっき、俺はJKに言った。
この世界を変えるほどの行為は厳禁だと。
「何やってんだキノシタ……お前、取材なのに」
「そうですね。取材をするなら、世界に干渉するのは良くない。正しい観測ができなくなってしまいますから。だけど僕はその時、もう取材旅行のつもりじゃなかったんです」
「この世界に骨を埋める覚悟だったのか」
「ええ。もうあっちの世界に帰りたくなくて。だからこの世界に干渉しました。ダイアランと戦い、多くの人を救い、気がつけば魔王と呼ばれるようになった――」
なんてヤツだ。
取材でもなんでもなく、ただの“逃避”で魔王になっちまいやがった。
それだけの実力があるんだ、キノシタって男には。
なのに、異世界に留まって新作を書かない。
「帰りたくない……書きたくないんですか?」
寂しそうに尋ねるJK。
「……ごめんね。僕の新作、待っててくれてるんだ」
「あたしだけじゃないです。友達も、他の読者も待ってると思います」
「だよね、うん、分かってる」
「それに、あんなにすごいラノベを書けるのに、もう書きたくないって……何があったんですか? 編集さんとケンカしたとか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
プレッシャーのせいだ。
デビュー作が大成功しちまったんだから、無理もない。
読者は次回作に期待する。「フリスク」より面白い作品を待っている。
それも一人や二人じゃない。新作刊行予定表にキノシタの名前が出るのを、何十万人もの読者が今か今かと待っているのだ。
そんなキノシタに対して、俺が言える事は――何もない。
俺がいくら焚きつけても、こいつの胸の奥に再び情熱の炎が灯らない限り、どうしようもない。
キノシタの作品はキノシタのものだから。
「それ以上言ってやるなJK。コイツにはコイツの事情がある」
「だって、おかしいよ。ラノベ作家なのにラノベ書きたくないって」
JKは時々本当に鋭い指摘をする。
実際、俺は今ラノベを書きたくて仕方がない。この新しい体験をもとに、とんでもなく面白いラノベを一日でも早く読者に届けたいと思っている。
しかし、そんな俺でも何もかも嫌になる時はある。
「そーいうもんだ。ラブラブカップルだって、ケンカして顔も見たくない時だってあるだろ? それと同じだ。キノシタは今、ラノベとちょっとすれ違ってるだけなんだ」
「先輩、うまいこと言いますね。彼女いないくせに」
「うるせぇよ!」
あ、それで思い出した。
「ところでキノシタ」
「はい」
「ベルゲルさんからの情報によると、お前ハーレム築いてんだってな」
「ええ。王は後宮を作る事が認められてます」
「俺さ、“ハーレム”の勉強がしたくてこの世界に来たんだ」
「あー! なるほど! 先輩モテないですもんね!」
「えーっと、KADOKAWA編集部のアドレスは……と」
「待って! 待ってください!」
俺がスマホを取り出すと、キノシタは慌てて止める。
「“ハーレム”の勉強ですね! 分かりました、ご案内しますから!」
「ありがとう。いい後輩を持って幸せだ」
「こちらこそ、口の固い先輩を持って幸せです」
俺たちの友情はいつまでも変わる事はないのである。
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