第15話 魔王降臨
魔王。
ゲームのラスボスの定番。
なぜ定番なのかというと、敵の親玉――つまり王国を持てるほど強大な軍勢のボスだからだ。名前は違えど、ある程度の大きな集団を束ねる存在は“魔王”と呼んでいいだろう。
最近だと魔王もののラノベやマンガが多い。
例えば、魔王が近所に住んでいたり、部下とほのぼの過ごしたり。
それは魔王という崇高で凶悪な存在を身近に落とし込む事によるギャップを楽しむものだ。
とはいえ、思い出してみると、そう珍しい事ではない。
シューベルト作曲の“魔王”など、魔王が自ら親子連れの馬まで赴き、言葉巧みに子供の魂を抜き取ろうとしていたのだから。全て自分自身、DIYで抜き取るほど魔王という存在はマメなのだ。
これからベルゲル家へ訪れるという魔王も、その類なのか。
「普通、魔王って城に住んでるんじゃないんですか?」
「もちろんだ。それがわざわざ私の家に来る事の意味、分かるだろう?」
「お忍びって事ですか。隠れて俺と接触する理由があるんですね」
俺の問いに、ベルゲルは真面目な顔で頷く。
「内密な話があるそうだ」
「なんで内緒にするんだろ……?」
首をかしげるJK。
俺も彼女とまったく同じ感想を抱いた。
だって俺、ただの旅人だぞ?
しかもついさっきディルアラン大陸に着いたばかりだ。
「異世界人のキミにどうしても頼みたい事があるらしい。魔王様には魔王様のお考えがあるのだろう」
「ま、会ってみないと分からないって事か」
「それとは別に、私からもキミに個人的な頼みがある」
「なんです?」
するとベルゲルは周囲を確認し、誰も聞いていない事を確認すると、俺に小さな声でこう言った。
「……キミの力で、この戦争を終わらせる事はできないだろうか」
「へ?
「異世界人はこの世界にはない様々な超常能力を持つと聞く。その力で二つの大陸の戦争を終わらせる事はできないのか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで俺に? さっき会ったばっかだろ!」
なんだよ。
仮にも魔王軍の将軍がこんな事言っていいのかよ。
いや――逆だ。将軍だからこそ、この戦いが早く終わればいいと思っている。
「強いて言うなら、価値観の違いだ。異世界独自の価値観を持ったキミなら、新しい視点で平和をもたらす事ができるのではないかと思った」
「価値観の違いで戦争が終わるなら、誰も苦労はしないでしょ」
「キミならできると思ったのだが……」
「いやいや、さすがに買いかぶりすぎです」
俺が首を横に振ると、JKが俺の袖を掴んだ。
「せんせー、できないの?」
「なんでお前まで同情してるんだ」
「だって戦争なんて終わった方がいいじゃん。私達にもお手伝いできないのかな」
「そりゃ平和な方がいいに決まってるけど、俺達が何かする義理も権利もない」
「権利……?」
「俺がここに来たのは“取材”のためだ。けっして世界平和のためじゃない」
もともと“無双”と”ハーレム”を取材して作品に生かすための取材旅行だ。
あわよくばアミューさんとイチャイチャしながら、楽しい旅ができればと思っていたんだよ。
なんで世界平和のために戦わなくちゃいけないんだ。
俺は作家であって勇者じゃないんだ。
「それに異世界が別の世界に干渉するのはマズいだろ」
「マズいの?」
「自分の事に置き換えてみろよ。俺達の世界に異世界人がやってきて、俺達が想像も付かない変な手段で平和にするって言われたらどうする?」
「……うーん、不気味だね」
「だろ? いくら戦争状態でも、異世界人が関わっちゃダメだ」
「そっか……」
肩を落とすJK。
そんな顔するなよ。俺だって平和な方が好きだ。
だけど異世界人の俺たちがホイホイ関わったら、世界が変わってしまう。
勇者の前では「その気になれば世界を滅ぼす」とタンカきったものの、「取材のために世界を変えますサーセン」と簡単に言い放っていいレベルの話じゃない。
「そういうわけですベルゲルさん。申し訳ありませんが」
「うむ……確かに私も無理を言った。すまない。もはやどこの国もこの戦いを平和的に終わらせる手段を知らぬのでな。せめて異世界における別視点からのアプローチが欲しかったのだ」
苦笑するベルゲル。
冷静な将軍で助かった。きっと“知将”とか呼ばれてるんだろうな。
ダイアラン大陸側に彼がいたなら、きっと勇者の良きアドバイザーになっていたかもしれない。
しかし、戦争ねぇ。
これが絶対悪の魔王と、絶対正義の勇者の戦いなら分かりやすいんだが。
読者も勇者の方に感情移入しやすいだろうし。
だけど両方が正義だと、書くのが難しいんだよな。
「いっそあんたらが完全に悪者だったら助かったんだけどな。滅ぼしても心が痛まないくらいに」
「ひどい事言うね、せんせー」
JKに白い目で見られつつ、しばらくベルゲルにこの大陸の話を聞く。
聞けば聞くほど興味をそそられる場所だ。
魔王と会ったら、今度はこの大陸を旅するのも悪くないと思い始めた頃――
「まぁ、いらっしゃいませ魔王様」
「ああ、邪魔するよ」
玄関の方でベルゲルの奧さんの声が。
それと若い男の声。
程なくして現れたのは、二〇代後半くらいの男性。
黒髪で日本人の好みに合いそうなイケメン。
背も高く、身体もよく鍛えられている。
服装はこの大陸の流行なのだろう、黒いシャツをフード付きの黒いマントで覆っている。これは顔を隠す意味もあるようだ。
しかし、普通のイケメンだ。まったく人間離れしていない。
「どうもお客さん。ダーケスティア国の魔王です。初めまして」
優しく手を差し出す魔王。
俺はその手を強く握りしめる。
「どうも初めまして。今日はお会いできて光栄です」
「そちらのお嬢さんも初めまして」
歯を見せて笑う魔王。
「は、初めまして。あの、でも――」
「何か?」
「今、ダーケスティアの魔王って……他の国にも魔王っているんですか?」
「ああ……そうか、キミたちは魔王様がひとりだと思っていたのか」
思い出したように手を叩くベルゲル。
「”魔王”とは、国を治める人物の総称だ。このディルアラン大陸にある一〇の国それぞれに魔王がおられる」
そうだったのか。
てっきり魔王はこの大陸の全てを支配している唯一無二の存在かと。
「なんで『王』の前に『魔』なんてつけるんですか?」
「我々にとって『魔』とは偉大な言葉なのだ」
「あ、なるほど。ダイアラン側だと『聖王』とか呼ばれるわけですね」
JKの説明が分かりやすい。
なるほど、こちらの言葉で「偉大なる王」だから「魔王」なのか。
よく分かった。
「ベルゲル。この人たちをもてなしてくれて、本当にありがとう」
「とんでもございません。魔王様のご命令とあらば」
「じゃあ悪いが、少し外してくれるか。私は彼と大事な話がある」
「かしこまりました。何かありましたらお呼びください」
恭しく一礼して、リビングから出ていくベルゲル。
俺との態度の違いから見ても、やはり彼は魔王なのだろう。
しかし――
ベルゲルが退室した瞬間、彼は豹変する。
「先輩! お久しぶりですっ!」
両手を広げて抱きついてくる魔王。
その身体を引き剥がすと、俺はそいつの胸ぐらを掴む。
「お久しぶりですじゃねぇよ! お前こんなところで何やってんだよっ!」
「ちょ、先輩、苦しい! やめて! おぅっふ……!」
俺の肩をタップする魔王。
この野郎、まったく悪びれる様子もない。
「ねぇ、せんせ。この人……?」
「おうJK、お前は素顔は見た事がないよな」
服から手を放すと、情けなくよろめく魔王。
なんだかドッと疲れが出た。
俺は親指で示しながら、JKに簡単に説明する。
「こいつはキノシタ。後輩のラノベ作家だ」
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