第10話 そして輝く

 伯爵が言っていたナントカっていう城は、本当に馬で半日くらいの距離だった。

 舗装された道を邪魔されずに走れば、の話だ。


 一番邪魔だったのは、勇者のおっかけ。

 伯爵邸から出た瞬間、俺たちは大勢のファンに取り囲まれ、「勇者様はどこ」「勇者様に会いたいの」「早く会わせろや」「てめぇブッ殺すぞ」などと見目麗しいご婦人の方々からありがたいお言葉を頂戴した。

 そんなファンを押しのけつつ、伯爵に馬を二頭借りて出発するだけで一時間以上かかってしまった。

 だけど俺たちが時間を稼いでいる間、勇者ミュータスは裏口からこっそり脱出できたわけだが。

 祭りの主役を遅れさせちゃいけないよな。


 馬の乗り方は、以前書いた学園もので覚えた。

 乗馬が趣味のお嬢様の休日のシーンでどうしても書きたかったので、わざわざ那須まで行って習ってきた。

 これでタンデムでも平気だぜ――と、思っていたが、JKはアミューさんと一緒の馬に乗ってきた。もちろん、俺なんかと比較するのもおこがましいほどアミューさんの乗馬テクニックは凄かった。


 そして現在、俺たちは小高い丘の上から双眼鏡で前方を見ている。

 城というか、ありゃ砦だな。

 海を見下ろせる場所にある城の周囲が、黒く染まっていた。

 海岸から次々に何かが上陸しており、それが城を取り囲んでいる。黒く見えるのは海藻と水、それから異形の姿そのもの。


「あー、あの海からモンスターがやってくるわけか」

「そうだヨ! あっちから先は、魔王の大陸ネ! ディルアラン大陸って呼ばれてて、全部が魔王の領地!」

「じゃあ、あの砦は前線基地みたいなもんか」

「ウン! 海岸線には、いっぱい城があるんだヨ!」


 やっぱり城じゃなくて、監視哨みたいなものか。

 俺が兵士なら、絶対にあそこで働きたくないわ。

 いくら海を挟んでいるとはいえ、こうしてモンスターに囲まれる日々は地獄だろう。

 それでも国を守りたいという勇気ある若者がたくさんいるんだろうな。


 そんな彼らには悪いが、今はモンスターだ。

 双眼鏡のレンズ越しに見える、異形の数々。

 それは人型だったり、獣型だったり。不定形や自然物のようなモンスターまで。

 はっきり言うが、遊園地のアトラクションより地味だ。人間の手で作った動く恐竜の人形の方がよっぽど迫力がある。

 だけど実際に地面の上を歩き、何か言葉を話し、武器を持ち、体液を流しているあの獣たちの方がリアリティがある。

 双眼鏡越しじゃダメだ。

 生で見てみたい。


「ねぇ、せんせー! 双眼鏡貸してよ! あたしも見たい!」

「待てよJK。俺だってモンスター見るの初めてなんだから。文句言うくらいだったら、お前も持ってくりゃ良かったんだ」

「持って来たけど……捕まった時に全部盗られちゃったんだよ」

「しょうがねーな。ホレ」

「ありがとう!」


 双眼鏡をJKに渡すと、彼女は嬉しそうに遠方を見る。


「わー、何あれ!? キモッ! すっごいキモいね!」

「なんでそんなに楽しそうに言うんだお前は」

「だって見てよ! 牛っぽいのに立って歩いてるよ!?」


 ここからだと、城を取り囲んでいるモンスターまで二キロ以上ある。

 もうちょっと近づいて観察したい。

 あわよくば触ったり舐めたりしたい。

 サンプルとか持ち帰れないだろうか……。


「センセ、今近づこうとしたでショ?」


 俺の肩を叩くアミューさん。


「危ないのはダメ! センセー死んだら、怒られる!」

「そ、そうだよな。俺はいいけど、アミューさんの仕事に傷がつくよな」


 だが、モンスターだぞ。

 実際に触れてみたいという欲望は当然じゃないか。


「あ、せんせー、勇者さん来たよ」


 JKが前方を指さすのと同時に、


「聞け! 魔物たちよ!」


 とんでもなく大きな声が轟いた。

 思わず身を乗り出してみると、モンスターの軍勢――おそらくもう千体は超えている集団の前に、勇者ミュータスが立っている。

 精霊の加護を受けた剣と鎧が輝いており、遠くからでも彼の位置が分かる。


「人間を滅ぼしたくば、まず僕からやってみるがいい! 僕は人間の希望! どれだけの数で攻めてこようが、僕という灯火は消せないぞ!」


 か……。

 かっこいい!


 なんだあれ。

 俺のハートにズキュンと来たぞ。

 ライブ感なのか。いや、人気の舞台でもあんなに心を揺さぶられた事はない。

 台詞だって、俺が言えば失笑どころか大爆笑されるような内容だ。

 なのに、どうしてこんなに響くんだ。


「はー……何アレ。あたしファンになっちゃいそう」

「カッコイイネ~」


 JKとアミューさんも顔を赤らめている。

 これか。これが主人公力とでも言うのか。

 叫んだだけで女性をメロメロにする、不思議な魅力ってやつなのか。

 ハーレムものの一端を見た気がするぞ。


「一流の主人公は、声から違う……と」


 とりあえずメモしておく。

 もうこれだけで充分だ。立派な特殊能力だ。


「だけど、マイク使ってるわけでもないのに、なんであんなに声デカいんだ? 腹式呼吸だけじゃ説明できないぞ?」

「あれも精霊の加護って奴なのかな?」

「ちょっと分からないネ。あんなに声が大きい人、初めてだヨ」


 声の大きさも含めて、勇者の素質って奴なのかな。

 考えてみれば、他のマンガやラノベでも、巨人みたいな大魔王と普通に会話したりするもんな。声が大きかったり、テレパシーのような感応能力が必要条件なのか。


「出てこいベルゲル! 正々堂々と勝負だっ!」


 精霊の剣を構えるミュータス。

 それを開戦の合図と受け取ったのか、モンスターが勇者に群がった。四方八方から飛びかかってくる。


 格闘技の経験がなくても分かるだろうが、全方位から襲われたら、普通勝てない。

 真後ろから武器で攻撃され、横から腕を取られ、上下から同時に飛びかかられたら、人間の身体では対処できない。

 そう、ただの人間なら。


「いくぞぉっ!」


 勇者ミュータスの剣が、周囲の魔物を一閃する。

 フィギュアスケーターのように回転しながら剣を振るだけで、数十体のモンスターが両断され、光の粒になって消滅した。

 あの精霊の剣から発せられる光が、モンスターを斬ったのか。どんな切れ味だよ。

 それでも襲いかかるモンスターに対し、勇者は回転しながら突撃していく。

 遠くから見ていると、布にハサミを入れているようだ。真っ黒に染まったモンスターの軍勢が、勇者というハサミによって断ち切られていく。黒い領域が、波が引くように分断されているのだ。


「アミューさん……見てるか?」

「ウ、ウン」

「あれが本当の”無双”ってヤツだ」


 あれこそが、俺が学びたかった”無双”そのものだ。

 何百、何千人という敵をバッタバッタと薙ぎ倒す爽快感。

 まさに一騎当千という強さ。

 ここまで強い奴、なかなかお目にかかれないぞ。

 今まで取材で別の世界に行った事はあるが、上位に入る。

 強さだけならそのくらいだが、ここにカッコ良さというパラメータが入ると文句なしの一位だ。ミュータスは、今まで見た中で一番強くてカッコイイ人間である。

 あの声に魅了されたせいで補正入ってるのかもしれないが、それでも強い事は確かだ。


「うー……もっと近くで見たいな」


 JKがウズウズしている。

 俺も飛び出して、勇者のそばであの剣戟を見たい。

 だけどアミューさんに迷惑がかかるしなぁ。


「そうだアミューさん。あのモンスターの死体、調べてもいいか?」

「今? でも近くで勇者戦ってるヨ? 危ないヨ!」

「死体なら誰も見向きもしないだろ。現にモンスターはみんな勇者の方に行ってる」

「ん~……」


 無茶苦茶な願いだってのは分かってる。

 死体を調べたければ、戦いが終わってからでもいいんだ。

 でも、少しでもあの戦場に近づきたい。

 近づいて、面白いものを発見したいんだ。


「しょーがないナー……」


 そんな俺たちの顔を見たのか、アミューさんがため息をひとつ。


「絶対に危ない事はダメだヨ!」

「はい!」

「モンスターに襲われたら、逃げテ!」

「はいっ!」

「私も一緒に行くカラ! 死体からガスが出る場合もあるからネ!」

「はいっっ!」

「じゃ、レッツゴー!」

「よっしゃあああああああっ!」


 俺たちは喜び勇んで戦場に飛び込む。

 その向こうでは、発光する青年が数百体のモンスターを切り刻んでいた。


「正義のために、僕は戦い続ける! はぁぁぁぁぁぁっ!」


 面白いラノベのために、俺たちも行くぞぉっ!

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