第9話 おねがい勇者様

 軽食をつまみながら、俺と勇者の会談は続く。

 といってもほとんどが雑談だ。

 お互い知らない異世界の話は、普段の生活に関する事でも珍しく、楽しい。

 しかも勇者の生活は一般人のそれを遙かに超えている。


「じゃあ寝る時も、その鎧着てるわけ?」

「そうなんですよ。脱ごうとすると、こいつらが怒るんです」

「意志を持った武具ってのもワガママだなぁ。ん? 待てよ……てことは、誰かと同じベッドで寝る事もないわけだ」

「まぁ、そうですね。鎧がゴツゴツするので、隣に誰かいると迷惑をかけてしまう」

「そういやアンタ、仲間とかいないの? ほら、女僧侶とか女騎士とか」

「残念ながら、僕について来られる仲間はなかなかいなくて」

「そうじゃなくて、こう、なんだ、イイ感じの女とかいないのかって聞いてんだよ」

「あいにくと、僕はずっと剣と共に生きてきましたから。女性関係は――」


 苦笑するミュータス。

 隣のメルブロッシ伯を見ると、彼は苦笑して頷いた。本当なのか。

 なんだよ……“ハーレム”が学べると思ってたのに。

 真面目一筋じゃないか。

 いや、イイ奴だけどな。イイ奴すぎるんだよ、この勇者。


「何か、問題でも?」

「いや、問題っつーか、ハハハ……」


 今さら「アンタの性生活を勉強しに来ました」とは言いづらい。

 性生活どころか俺の同志だ。

 傷つけるようなマネはできない。


「センセーは、ミュータスがハーレム作ってる事に期待してたんだヨ!」

「ちょっ、アミューさんヤメテ!」


 俺に代わって説明しなくていいって!

 ほら、ミュータスが絶望的な顔になってるじゃないか。


「す、すみません……女性経験に乏しくて」

「いやそんな事はない! 俺にも気持ちは良く分かる! そのへんをほじくり返される痛みは誰よりもよく分かってるつもりだよ!」


 俺はミュータスの肩を叩き、慰める。


「女の子と付き合ったことがないと、痛いノ?」


 アミューさんは首をかしげている。

 なんて残酷な事をするんだ、このガイドは……!


「でもセンセー、そしたら“ハーレム”はどこで取材しよっか?」

「うう、確かにそうだな……」


 けっこうアテにしてたんだよ、勇者のハーレム。

 強い男に惹かれる女の気持ちってのも訊いてみたかったし。

 うーん、どうするかな。


「あ、あの、すみません」


 それまで大人しくしていたJKが手を挙げた。


「勇者さんって、魔法は使えるんですか?」


 そうだ、彼女は魔法の使い方を勉強するためにここに来たんだ。

 といっても、ここに来る途中で見せた回復魔法は、使い手のばあちゃんも驚くほどだったよな。あれから俺も使い方を教えてもらったけど、全然できなかったぞ。


「ええ、多少なら使えますよ。君たちの世界にはない概念でしたね」

「あたし、魔法使えます」

「えっ?」


 この発言には勇者も伯爵も身を乗り出して驚いた。


「おばあさんが使ってるのを見たら、なんとなく、だけれど……」


 JKは両手を合わせる。すると手の周りに淡い光が集まってくる。

極小の蛍が集まっているみたいだ。


「……確かに、集気術ですね。魔法の一種です。大気に含まれる魔力を集めて力にするんです。そのまま患部に当てれば回復魔法にもなりますし、変換して攻撃魔法にもできます」

「初歩の魔法……料理の前に水を汲む、みたいなレベルか」

「そうですね。水を沸騰させてもいいですし、何かに混ぜてもいい。しかし見ただけで習熟というのは珍しい事です……お弟子さん、本当に異世界人なんですか?」

「まぁ、ラノベ書くんだったら、このくらいの事はできて当然ですよ」


 俺はJKの肩を叩いて笑う。

 そうとも、ラノベ作家なら魔法くらい使えて当然だ。

 俺はまだ使えないけど!


「でも、集気術ができるのなら、才能はあります。それは間違いない。あとは鍛錬を続けて、自分だけのやり方を見つけてください」

「え……自分だけの? 教えてくれないんですか?」


 残念そうなJK。


「教えられるのであれば教えたいですし、あなたがそれを求めるのも分かります。ですが教えるのは難しいです。なにしろ剣などとは違い、姿勢や型でどうにかなるものではありませんから」

「勇者さんでも無理なんですか?」

「本当にすみません、指導力ではなく時間の問題なんです。魔法の修行には長い時間がかかりますが、僕は忙しい身です。つきっきりで教えるには時間が足りないんです」

「ああ、そうですよね……パッと教えられるようなものじゃないですよね」


 納得するJK。

 お前が敬愛する藤岡弘、にアクションを教えてください、と頼み込んでも、彼にそんな時間がない事は理解できるだろう。勇者も同じ事だ。


「すみません、ずうずうしい事言っちゃいました」

「いえいえ! 僕としても異世界人に魔法を教えるという行為は興味あるんです。ですが、そうですね、もし良かったら魔法学校の紹介状を書きましょうか?」

「え……」

「異世界にはない学校でしょ? きっと参考になると思いますよ」


 笑顔で申し出るミュータスに、俺たちは絶句する。

 魔法学校。

 なんてファンタジーな響き。

 きっと全寮制で、そこでは日夜バトルとラブとエロが入り乱れるパラダイス。

 風呂や着替えを覗いたり、ラッキースケベに出くわしたり。

 ラノベの舞台そのものじゃないか!


「ぜひお願いします!」

「なんでせんせーの方が興味持ってんの……でも、お願いします!」

「ええ、もちろんです。伯爵、便箋を借りていいですか?」

「はいはい。ちょっと待っててくれよ」


 腰を上げて部屋を出ていくメルブロッシ伯爵。この町の領主をこんな風に使っていいものだろうか。いや、ミュータスがいなかったら絶対にできない。

 きっと二人は気が置けない親友同士なのだろう。ミュータスも伯爵もこわばった雰囲気がない。だから取材もスムーズにいった。

 ともあれ、これで“魔法”の取材ができるぞ。

 “ハーレム”がダメになったから、どうしようかと思っていたところだ。

 残すは“無双”だが――


「おいミュータス! 大変だ!」


 便箋を取りに行ったはずの伯爵がすぐに戻ってきた。


「西のカンティオ城塞にベルゲルの軍勢が来た! すぐに向かってくれ!」

「分かった!」


 その言葉を受けて立ち上がるミュータス。

 今までの優しい表情とはうってかわって、真剣な顔つきになる。慈悲の心は鎧の奥底にしまい込み、羅刹のような目に変わっている。

 ああ、この顔、見た事がある。

 初めて取材旅行から帰ってきた後輩作家にそっくりだ。

 死線をくぐり抜けた男の顔だ。


 この危険な香りに惹かれる女ってのは、いる。

 だけど少数派だ。

 勇者にハーレムができないってのは、案外そういう理由なのかもしれないな。


「アミューさん、カンティオってのは?」

「カンティオは地名だネ。ここからだと、エット、馬で半日くらい」

「意外と近いな。ベルゲルってのは?」

「魔王の配下だヨ。勇者を殺すために、たまにこっちの大陸に来るノ」

「魔王!?」


 俺とJKの耳がピンと立つ。


「も、もしかして軍勢って、モンスター……?」

「そうだヨ!」


 モンスター……勇者……。

 と来れば、もう次に待っているのは決まっている。


「センセとJK、なんで二人ともニヤニヤしてるノ……キモいよ」

「キモいとか言うなよ!」

「妄想してる時は誰だってキモいんだよ!」

「な、なんかゴメン!」


 俺とJKが怒鳴る。

 何事にも動じずに笑っているアミューさんがドン引いていた。

 つまりそれほどキモく笑っていたのか、俺たち。

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