第8話 たたかうおしごと
「私は勇者様のパトロンをしているメルブロッシ伯だ。私も異世界人には興味があってね。こうして話す機会をくれて感謝しているよ」
「こちらこそ、受けてもらってありがとうございます」
改めて伯爵と握手をする俺。
こちらは高級そうなスーツを着た、若い紳士だ。こちらの世界のブランドは分からないが、おそらくこの部屋の家具よりも高価な服だろう。
「さっそくだが、こちらからいくつか質問してもいいだろうか? 我々も君たちの事を良く知らないのでね、素性が分かれば君の質問にも答えやすくなるだろう」
「ええ、なんでも聞いてください」
伯爵に促され、俺たちはソファに腰掛ける。すでに人数分のお茶と酒と軽食が用意されてあった。やはりこういう場所のサービスは市場とは違う。
JKは俺の隣に座ると、キョロキョロと周囲を見るだけ。慣れていないのだろう。スマホで写真を撮ろうとしないあたり、きちんとした教育は受けているようだ。
「まぁまぁ、そんな硬くならないで。僕たちも君らに興味があるんですよ。お互い珍しい者同士、色々と教えてください」
「私は別に珍しくないぞ、ミュータス」
「君だって、その若さでこの領地を管理できてるんだから、充分な傑物ですよ。えーと、それで、あなたは何をする人なのかを教えてくれますか?」
馴れ馴れしく伯爵に寄りかかりつつ、俺に問いかける勇者ミュータス。
「俺はライトノベル作家です」
「作家……小説家ですか。“らいとのべる”というのは何ですか?」
「俺たちの世界で流行っている形式の小説ですよ。冒険活劇、歴史群像、恋愛、エログロ、なんでもアリの娯楽小説です」
「なるほど、娯楽小説! それで僕の事を主役にしようと思ったんですね!」
「主役にするかどうかは分かりません。ただ、あなたの強さが参考になればと思いまして。その強さの一部だけでも描写できればと」
それから俺は、熱い紅茶をおそるおそる舐めているJKを一瞥し、付け足す。
「あと”魔法”ですね。魔法という概念がこちらの世界にはないので、使い方などを教えて欲しいと思っています」
「えっ? 魔法……ないんですか? あなた方の世界」
これには勇者も伯爵も絶句している。
電気がないのに現代と同じレベルの文明を築いている種族を見たら、俺もそんな顔をするかもしれない。魔法はこの世界にとって、そういう存在なのだ。
「なるほど、異世界の方が取材に来る理由が分かりました。こちらの世界はさぞや新鮮に見えるでしょう。我々もあなた方の事をそう感じていますから」
「ご理解いただけましたか? では俺の方からも質問していいですか?」
「どうぞどうぞ。答えられる範囲でしたら」
「まず、“勇者”って何です?」
「あー……」
その質問にミュータスは頭を抱えて考える。
予備知識のない異世界人にどう説明するべきか悩んでいるのだ。
「勇者というのは、もともと童話の中の登場人物でした。ドラゴンや悪魔にも打ち勝つ、どんな自然災害にも負けない最強の人物です」
「ああ、うちの世界にもいます。“ヒーロー”と呼ばれてます。ミュータスさんは、生まれた時から勇者だったんですか? 両親が最強の戦士だった、とか――」
「僕がそう呼ばれるようになったのは、十三歳の時です。この剣と鎧のせいですよ」
「ああ、その――」
珍妙な格好、と言おうとして慌てて止める。
部屋の中でもそんな姿だから、変だと思ったんだ。
強さの秘訣は装備か。
修行によって身についた筋肉と技術だけでは、勇者にはなれないのか。異世界にも人間の限界ってやつがあるんだな。
魔法か、それを上回る超常現象の力を借りるのが自然だな。最近の仮面ライダーもそういう傾向が多くなってきてるしな。
少なくとも俺はそれで納得できる。
さて、それをラノベに落とし込んだとき、読者が納得できるだろうか。
「この剣と鎧には精霊の加護がかけられているんです。これのおかげで、僕は硬い岩も果物のように切る事ができるし、鋭い矢を受けても跳ね返す事ができる」
「……あの、触ってもいいですか?」
「どうぞ」
なんとあっさりと剣を抜いて渡してくれるミュータス。
テーブルの上に置かれたそれに、俺はそっと触れてみる。
「せんせー、あたしも触っていい?」
「気をつけろよ」
JKと一緒に持ってみるが、軽い。
段ボールで作った剣のようだが、鋭い。
試しに東京ばな奈を切ってみるが、そっと触れただけで包み紙と中身が綺麗に切れた上に、刀身にはクリームの汚れすらついていない。こんなのチタンやステンレスでも不可能だ。
「せんせー、アンタなに切ってるんだよ……」
「いや切れるのがこれしかなかったから」
「あのすいません、さすがにそれはちょっと……」
申し訳なさそうにミュータスが手を差し出すので、剣を返す。
「すいません、ウチのバカせんせーが……」
なぜかJKが謝っている。
「そちらのお嬢さんはお弟子さんですか?」
「ああ、いや、ただの道連れです。俺と一緒でライトノベルを書こうとしている奴です」
「作家志望……多くの人が憧れるものなのですね。ライトノベル作家というのは、そんなに儲かる職業なんですか?」
「いや、全然」
俺は笑って答える。
「ライトノベル作家なんて、まったく儲かりませんよ。売れる作家は全体の一%以下。それ以外はゴミ扱いされても文句は言えない」
「商売敵が多い職業なのですね」
「死のリスクを伴う取材をして、長い時間をかけて執筆して、時には編集やイラストレーターのトラブルに巻き込まれ、それらを乗り越えてようやく出版しても、読者から厳しい評価を受ける事なんて普通です」
「……それなのに、どうして作家を続けるんですか?」
そんなもの、決まっている。
「書きたいからだよ」
勇者の目を見て、俺は堂々と告げた。
この男が世界最強だとしても、俺のラノベに賭ける情熱には勝てないだろう。
たとえこいつにどんなに優れた詩才があったとしても、俺は怯まないだろう。
「ただ面白い話を書く――それがライトノベル作家の生き様だ。そのためなら異世界にも行くし、勇者にだって会う。本で得られる知識じゃなくて、脳にビビッと来るナマの体験が欲しいんだ。筆を執らずにはいられないほどの」
「ナマの体験……」
「格闘シーンが書きたくなったら戦うし、竜を殺すシーンが書きたくなったら竜を殺す。その体験が作品に生きるんだよ」
「……では、もしも世界の崩壊を書きたくなったら?」
「世界を滅ぼす」
俺にはそのつもりがある。
俺じゃないが、実際にそうした作家もいる。
理想のライトノベルのためなら殺人どころか、全てを破壊する事も辞さない。
面白い作品を書くためなら、なんでもする。
それがライトノベル作家という生き方だ。
「僕と戦う事になっても、ですか」
「そうなりゃ、勇者と戦ったという経験を得られる。正義の味方と戦うシーンに役立つだろうな」
「そこまでして作品を書いて……あなたに何が残るんです?」
「達成感。それから、俺の小説を楽しんでくれた人の笑顔、かな」
「それだけですか?」
「それだけだ」
メルブロッシ伯はドン引いている。
アミューさんはさっきから東京ばな奈を美味しそうに食べている。
JKは神妙な顔をしている。
ただ、ミュータスだけは俺の目を見て頷いてくれた。
「音楽家は音楽を奏でずにはいられない。戦士は強者に挑まずにはいられない――それと同じで、作家も面白いものを書かずにはいられないんですね」
「ああ。この根源的な欲望は編集者ですら理解してくれないよ」
「僕には分かります。だって、勇者もそうですから。困っている人を見たら、助けずにはいられない」
「そのためなら、邪魔者は全て排除する――僕も同じですよ」
ラノベ作家と勇者の共通点を見つけた日だった。
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