第5話 ようやく踏み出す第一歩

 当面の目標が決まったところで、さっそく現地へ移動する事にした。

 編集から出されたオーダーである“無双”と“ハーレム”、そしてJKの望みである“魔法”を取材するのに最適な“勇者”という存在がいる。

 魔法とか身体を動かすものは、実際に自分の手でやってみた方が経験値は溜まる。

 しかし“無双”や“ハーレム”なんてしちめんどくさいものは、実際にそれをやっている奴を取材した方が手っ取り早いじゃないか。


「アミューさん、“勇者”がいるって事は、“魔王”もいるわけ?」

「いるヨ!」


 乗合馬車の中で、俺たちはこの世界の勉強をする。

 最初にいた“ハラン城下町”という場所から西へ進む馬車で、乗客は俺たちと老夫婦が一組だけ。空いている平日のバスみたいなものだ。


「西の大陸を支配しててね、こっちの大陸まで魔物を飛ばしてるノ」

「なんでまたそんな事? 戦争して土地が欲しいのか?」

「分からないヨ。取材してみれば?」

「それもアリだな。勇者の次は魔王にインタビューしてみるか」


 ゲームやアニメや小説の魔王という存在は、作品ごとに世界を滅ぼす理由が異なる。

 さて、この世界の魔王は何を考えているのやら。

 そもそも話が通じる相手だといいのだけれど。


「あの、アミューさん。勇者がいる所って、どれくらいかかるんですか?」


 JKもメモを片手に質問する。

 彼女は勉強熱心で、馬車の外から見える風景をスマホのカメラに収めたり、現実と違う文化を見つけたらすぐにメモを取っている。

 俺も珍しい事柄はメモくらいするが、JKほど一生懸命じゃない。

 俺の情熱が枯れたのではなく、彼女の情熱が人一倍あるのだ。

 彼女にとっては取材旅行でもあるが、一度死にかけた異世界なのだ。慣れていない世界では、目に映るもの全てが輝いて見えるのだろう。

 俺にもそんな時期があったなぁ……。

 いや、過去を懐かしむほど老けてないけどな。ホントだぞ。


「勇者ファンクラブの会報だと、“アシェラード”って町に寄るみたいだヨ。ここから三日ほどかかる町だネ」

「あれ、でも勇者って西の大陸で戦ってるって」

「勇者は魔法で世界中飛び回れるからネ! アシェラードの町で開かれるパーティに出席するんだっテ! チャンスだヨ!」

「じゃあ、ラッキーじゃないですか!」


 むしろ勇者のスケジュールを知っているファンクラブの方がすごいぞ。

 現実のアイドルファンもそうだけど、どっから情報手に入れてるんだ。


「ね、せんせー! 勇者に会ったら何訊けばいいかな?」

「んー、そうだなー」


 一晩も経てば、すっかりJKは元気を取り戻していた。

 生意気な口はそのままだが、少なくともこの世界を楽しむ余裕が生まれている。ラノベ作家になるなら、一番必要な資質だ。


「俺は月並みだけど強さの秘訣、それから周りの人間の評判だな」

「周りの人間?」

「勇者もひとりじゃないだろ? 仲間だったりパトロンだったり……そういう人に勇者の評判を訊きたい。本人の言葉と合わせて参考にしたいんだ」

「あー、そうだよね。俺ツエー系のラノベって、主人公より周りのキャラのリアクションの方が大事だもんね」

「それもあるけど、やっぱり本人の意見だけだと、話盛られる可能性があるしな」


 まさか勇者と呼ばれる人物がそんな事はしないだろうが、世間的に持て囃されている人物に話を聞く時は、用心しているのだ。


「あんたがた、勇者様に会いに行こうとしてるのかい?」


 俺たちの話を聞いていた、乗合馬車の乗客の老人が声をかける。


「難しいぞ。やめといた方がいい」

「何が難しいんです?」

「そりゃ会うこと自体が難しいんだよ。勇者様なんて世界的に有名なお方に会おうとしてる人なんて、ごまんといるぞ」


 そりゃそうだよな。こっちの世界じゃ勇者なんて誰でも知ってるよな。

 アメリカ大統領が来日するからって、ホイホイ会えるわけないもんな。取材なんて簡単にさせてくれるわけない、か。


「アポとか取れないですかね?」

「そりゃあんたがそれなりの地位の人間ならできるかもしれないがのぅ」


 残念だが俺はただのラノベ作家だ。

 こっちの世界はおろか、現実世界だって知名度が高いわけじゃない。


「どーするのせんせー、諦める?」

「んなわけないだろ」


 じいさんに言われたくらいで取材を諦めるくらいなら、はなから異世界なんかに来ていない。知りたい事があればどんな手段を使ってでも知るのが、取材というものだ。

 それにアミューさんや老人の話が本当なら、そのアシェラードという町は現在大変な騒ぎになっているはずだ。ジャニーズアイドルが田舎町に来るなんて情報が事前に流れたらどうなるか、誰でも想像がつくだろう。

 その騒ぎもまた、取材の対象になる。

 面白そうな事は、どんどん首を突っ込んでいくスタイルなのだ。


「ところでJK、お前好きな芸能人っているのか?」

「藤岡弘、かなぁ……」

「今時のJKってみんなそうなの……?」

「友達に言うと驚かれるんだよね。藤岡さんだってイケメンだって力説するけど、みんな複雑な顔すんだよねー……」


 確かにあの人をブサイクだと思う人は少ないだろうが、今時のイケメンとはまた違うんじゃないだろうか。

 そんな会話を続けながら、乗合馬車に揺られていると――


「ん……?」


 なんだろう、急に眠くなった。

 隣を見ると、JKはすでに寝息を立てている。

 アミューさんもあくびをしているが、老夫婦は平気なようだ。


「まだ明るいよな……?」


 幌から顔を出して外を見るが、快晴だ。むしろいい陽気すぎて眠くなるほど。

 だが、昨日の夜は充分に休息をとった。まだ寝る時間じゃない。


「おやおや、どうなされましたか?」


 差し伸べられる老人の手。


「いや、なんだか急に眠くなって……」

「そうですか。馬車が次の町まで着くには、まだ時間がかかります。どうぞ横になってはいかがですかな?」

「ええ、そうですね……」

「さぁさぁ、どうぞどうぞ」


 親切に俺の身体を抱き止め、寝かせようとしてくれる老人。妻であろう老婆もそれを手伝ってくれる。なんていい老夫婦なんだ。


 ――胡散臭すぎるんだよ。


 しかし薬を嗅がされた形跡はない。老人達から変な食べ物をもらった覚えもない。

 だというのに、眠気に逆らおうとしようものなら頭をハンマーで叩かれたような痛みが走る。身体すでに感覚がなくなりかけているほどだるい。

 眠い事は眠いが、理由が分からないのは妙だ。

 そう考えて目を閉じていると、老婆が呟くのだった。


「そろそろ魔法が効いてきた頃かねぇ」

「うむ。異国の人から盗むのは心が引けるが、命令には従わないと」


 その言葉を聞いて、俺の目がバッチリと開いた。


「魔法!?」

「今、魔法って言った!?」


 俺とJKはガバッと起き上がり、老夫婦に詰め寄った。

 魔法! なんて素敵な響きだ!


「ばあちゃん、今のどうやったんだ!? 俺でも使えるのか!?」

「おじいちゃんも魔法使えるの!? ねぇ、簡単なのでいいからもう一回やってみて!」

「ひぃぃぃ! な、なんで魔法が効かないの!?」

「し、知らない! ワシらは何も知らない!」

「いや、今ばあちゃん魔法って言ったろ!?」


 俺たちが騒いでいるのを聞きつけたのか、急に馬車が停まる。


「おい! 何やってる!? しくじったのか!?」


 叫ぶ御者と、それとは別の足音。

 おそらく付近で待ち伏せていたのだろう、複数の人間が幌の中を覗き込む。


「おいジジイども! てめぇしくじったな!?」

「まぁ世の中には効きにくい人間もいるみてーだが……ま、運が悪かったな」


 状況が掴めてきたぞ。


「つまりアレか、魔法で眠らせて金品を盗もうっていう犯罪か!」

「なるほど、ある意味平和的な強盗だよね」


 俺もJKも手を叩いて頷く。


「あ、あんたら! 逃げなさい!」


 老人が促すが、もう遅い。

 とっくに取り囲まれている。

 それに、だ。

 さっきから俺たちを見ている連中の中に、ひとりだけ目立つ奴がいる。


「ねぇ、せんせー。あそこにいるフード被って杖持ってる奴……」

「ああ、あれ、魔法使いだよな」


 俺とJKは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。

 ちなみにアミューさんはこの騒ぎでも気にせず、眠りこけていた。

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