第4話 旅は道連れ
アミューさんに調べさせて、彼女に外傷がない事を確認する。
ずっと監禁されて疲れているだろうという事で、まずは腹ごしらえする事になった。
案内された市場で、アミューさんのおすすめ食品を買い込んで、近くのテーブルに並べる。周囲には異世界人だらけだが、俺たちが目立つ事もなかった。
むしろ騎士団に目を付けられたのがマズかった。取材のために色々と質問をしていたらブチキレられてしまったのだ。俺はただ純粋に取材をしたかっただけなのに。
「はい……はい、一名です。名前は――」
ケータイで編集部に連絡を取り、日本人の女の子が異世界に来ていた事を報告する。
最近はそういう事件が増えているものの、異世界トリップは遙か昔から存在する。だから対処も慣れたものである。
「じきに編集部から迎えが来るってさ」
「よかったネ!」
「……うん」
俺もアミューさんも明るく言うのだが、肝心の女の子がつまらなさそうにしている。
何か気に障るような事をしたかな。
「まぁ、とりあえず食えよ。うまいぞ」
「……食ってるよ。うまいよ」
鶏肉のような味がする、何かの肉を頬張る女の子。やはり腹が減っていたらしく、その食べっぷりは見ていて清々しい。
俺も炭酸のような刺激がある青いドリンクを飲む。ブルーハワイのシロップに炭酸を入れたような味だ。少し甘ったるいが、疲れた身体に染みこんでいくのを感じる。
「ありがとね、助けてくれて」
下を向きながら、彼女はそう呟く。
「あたし、拉致なんて初めてだったから、まだ混乱してるみたい。すっごく怖かった」
「誰だってそうだよ。仕方ないって」
「にしてはおっさん、慣れてるね」
「誰がおっさんだコラ」
これでもまだ若いんだぞ。
昔ほど傷の治りが早くなかったり、肩こりや腰痛が増えた気がするけど、まだ若いって言いたいんだよ。
「そういうお前こそ、JCのくせに異世界なんぞ来やがって」
「中学生じゃないよ。これでも十六だよ。高校生だよ」
「てことはJKかよ。合法ロリだな」
「悪かったな童顔で。たまに小学生にも間違われるよ。あとJKでも違法だよ」
「うーん、若く見られるのが嫌ってところが、若い証拠だよな」
俺なんか高校生に間違われたら、その人に一生ついていくぞ。
そう考えるあたり、おっさんなのかなぁ……。
「で、JKはなんでここに来たんだ? 迷ったのか?」
「友達に……頼んで」
「てことは自分から来たのかよ」
KADOKAWAのツテ以外でここに来たって事は、友人に能力者がいたのか。その友人もとんでもない事をしてくれたものだ。
そして、それに乗ってホイホイ異世界に来るこのJKもバカだ。
俺が偶然見つけなかったら、今ごろ奴隷にされてたんだぞ。
そうまでして異世界に来たがる理由なんてあるのか?
「お前、一歩間違えたら死んでたんだぞ? よく考えて行動しろよ!」
「考えたよ! 考えて、これしかなかったんだよ!」
「考えたってお前、何しに異世界に来たんだよ?」
「……ラノベが、書きたくて」
JKは恥ずかしそうに俯く。
「前に新人賞に投稿した時、二次選考まで行ったんだけど、評価シートに『魔法の理論が甘い』って書かれてたの。だから本格的に魔法の勉強がしたくて」
「……なるほどな、取材ってわけか」
それなら仕方がない。
書物やネットでいくらでも資料が手に入るこの時代。
だけどそれだけじゃ足りないんだ。
リアリティのある作品を書くために、自分の目で一度見たいと思うよな。
「……生意気言ってごめん。でもあたし、どうしても知りたくなって」
「そういう事情なら、話は別だ。俺もラノベ作家のはしくれだ、気持ちは分かるよ。好奇心は誰にも止められないよな」
「そうだ、あんたラノベ作家なんだよね? なんてペンネームなの?」
「ああ、初めまして、ワタクシこういう者です」
俺が名刺を渡すと、JKは目を丸くする。
そして視線を逸らして、真剣に考える。
「……ネットで、名前は、見た事がある……かな」
「……いいんだ、その程度の知名度ってのは理解してる」
「……ごめんね」
チクショー!
いつか俺も名乗っただけでキャーキャー言われるような作家になってやる!
そのために異世界まで取材に来たんだからな!
「アミューさん」
「んー?」
俺たちの会話をよそに、丼に入った麺をずるずる啜っているアミューさん。
「あのさ、“無双”と“ハーレム”の他に、“魔法”の取材もしたくなったんだけど」
「いいヨ!」
「あっさりOKしてくれるのな」
「んーとネ、センセー、勇者を取材したいって言ってたよネ? 勇者も、その仲間も魔法が使えるヨ?」
「あ、そうか。勇者が魔法使ってるところを見せてもらえばいいのか」
それなら自分で学ぶ以上にド迫力の魔法シーンが見られる。
実戦での使い方を見れば、描写もしやすいだろう。
「どうだJK? 一緒に来るか?」
「いいの?」
「だってラノベ書きたいんだろ?」
「うん」
「じゃあ行こうぜ。面白いラノベ書くためなら、なんだってする――それが作家ってモンだ。お前も友達を利用してこの世界に来たみたいに、俺を利用してみろ」
「プロの作家を利用……」
最初は遠慮していたJKも、それを聞いてニヤリと笑う。
このJK、なかなかラノベ作家としての素質があるぞ。
「じゃあさ、さっそく取材していい? この料理!」
「おっ、そうだな。食え食え。珍しいモンがいっぱいだ」
「食べヨ! お金はセンセー持ちだよ!」
「いただきまーす!」
両手を合わせて、JKは嬉しそうに食事を再開する。
さっきと違って、生き生きとした表情になっている。拉致の恐怖もいつの間にかどこかへ消え去ったようだ。
俺も並んだ料理を片っ端から食べてみるが、どれも美味い。肉も魚もこっちの世界とそれほど変わらない。ただ、香辛料が違うのか、少し独特の臭みがある。
「アミューさん、この世界でも小麦ってあるのか?」
「あるヨ。そっちの世界と共通する穀物や野菜は多いヨ!」
「やっぱり、そういうもんか」
違う世界なのに、同じ穀物が生まれるのには理由がある。
特殊な人間が世界を移動できるように、植物もまた移動するのだ。
昔から“神隠し”のように異世界へ飛ばされる人は少なからずいる。その時、衣服に付着した種だったり、連れて歩いていた家畜だったりが同時に飛ばされるケースがある。
逆に異世界から飛ばされて来たものもあるという。
昆虫なんかは、大昔に異世界からやってきた種族という説もあるくらいだ。
「虫の姿も、あまり変わらないんだな」
「そうだね。でも、大きさが違うよ。グロい」
JKが見ているのは、屋台に並んでいる虫の姿焼き。
カブトムシを大きくしたような感じで、あれを買って食べている人もいる。
うん、俺もグロいと思う。
「でも、おいしーヨ? ジュースとか」
「え? アミューさん、虫の話してるのに、なんでジュース?」
アミューさんが見ているのは、ちょうど俺とJKが飲んでいる炭酸水。
ブルーハワイのようで美味いと思っていたが――
「そのジュース、あの虫の体液だヨ?」
「ブフォッ!」
二人同時に吹き出してしまった。
真っ青な液体がテーブルにかかり、不気味な食卓に早変わりする。
この世界の虫、なんでこんなにジューシィなんだよ!
「せんせー、これ残りあげる」
困惑する俺の前に、JKがコップを差し出す。
「いやお前も全部飲めよ! 取材だぞこれも!」
「いやいや、あたしもう充分取材したから。それにJKの間接キッスだよ?」
「虫で間接キッスとかしたくねぇよ!」
いや待て、だがJKの間接キッスだぞ?
それに比べたら虫くらい……いや、しかし……。
「飲まないノ? ならもらうヨ!」
などと考えている間に、アミューさんがジュースを奪って飲んでしまった。
異世界にも“MOTTAINAI”の精神があって、本当に良かったと思う。
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