第3話 一歩踏み込んだ取材に
「こ、ここです……」
「おう、サンキュー」
童顔のゴロツキに街を案内させつつ、アジトとやらに連れて行ってもらった。
アジトなんて言うから地下の秘密基地みたいなのを想像していたのだが、なんのことはない、フツーの民家だ。しかも住宅街のど真ん中。
逆にこういう場所の方が目立たないのか。
「あれ、誰もいない……なんでだ?」
二階建ての民家の入口で、童顔のチンピラが困惑する。
「どうしたサクライ」
「なんです、サクライって」
「お前のアダ名だ。気にするな。それで何があったんだ」
「い、いえ、普段は家の前に見張りが立ってるんですがね。交代の時間でもないのに姿が見えないから……」
悪さをする時には見張りを立てる。基本中の基本だな。
それがいないって事は、何か起きたのか。
「中で暴れてるヨ!」
アミューさんが扉を指さす。
なんだ、どういう事だ。俺が暴れる前に誰かがやってきたのか?
とりあえず、俺たちも中に入ってみよう。
「入れてくれ」
「へ、へいっ! ……あれっ?」
サクライが鍵を取り出してアジトの中に入ろうとするが、どうやら施錠されていないようだ。中で何か起きたため、外の見張りが慌てて飛び込んだのだろうか。
それを確かめるために、俺たちも中に入る。
すると――
「おいゴルァ! 降りてこい!」
「いつまでもそこで耐えられるわけねーだろ!」
アジトの中は質素だった。扉を開けたらすぐに広いリビングに繋がるようだが、そこに家具はなく、箱が乱暴に積まれているだけ。倉庫のような使い方をしているようだ。
そこで、上を見ながら数人のチンピラたちが騒いでいた。
彼らの視線を追ってみると、人がいる。
「く、来るなっ! 来るなぁーっ!」
部屋の角、三メートルほどの高さの天井の梁にしがみついている女の子。
どうやってあそこまで登ったのか分からないが、他のチンピラでは届かないようだ。
彼らの魔の手から逃げるために、あそこに行ったのは分かるが……。
まるで猫だ。
しかし、あの女の子。
パーカーにズボンという服装。
黒髪にアジア人特有の彫りの浅い顔。
もしかして、日本人か?
「あ? なんだオメーら?」
上を見ていたチンピラたちが、ようやく俺たちに気づいたようだ。
数は五人。
ナイフより危険な武器を装備している奴は、なし。
「アミューさん、殺しはナシな」
「オッケー!」
指の骨を鳴らして、俺とアミューさんは中に踏み込む。
俺たちの敵意を敏感に感じ取ったのだろう、梁の上の女の子を置いて、全員がこちらに向き直った。
「一応念のため訊くけど、お前ら、あの女の子どうするつもりだったんだ?」
「あぁ!? テメーに関係あんのか!?」
「いやほら、道ばたで倒れていたから介抱してた可能性もゼロじゃないからさ」
あの猫みたいに怯えている様子を見る限り、限りなくゼロに近いだろうが。
「そのへんどうなのサクライ?」
「いっ!? 俺に訊くの……?」
「どうなの?」
「そ、それは……珍しい種族がいたら、人身売買に」
「人身売買って事は、商品に傷つけちゃいけないよな?」
「は、はい。たぶん、あの女も無傷です。だから手こずってるんでしょうけど」
「オーケー、それなら安心だ」
ギリギリ間に合ったって事だな。
「さっきから何言ってんだテメェ! ウチのモンに何してんだよ!」
一際大きい声で怒鳴っている大男がいる。
他の連中もその声に怯えているのが分かる。
多分、この中で一番偉いのだろう。群れのボスってところか。
「じゃ、そういう事で」
俺はその大男の顔面を思い切り殴りつけた。
重い頭が床にめり込み、バウンドして跳ねる。
大男は噴水のように鼻血を出して倒れ、そして動かなくなった。
「えっ……?」
残りの四人は何が起きたのかまだ理解していない。
これならさっきのALFEEの方がまだ良い反応をした。
俺がもうひとりの鳩尾に蹴りを入れて昏倒させる間に、アミューさんが二人の首根っこを掴んで捻る。頸動脈を抑えられてあっという間にブラックアウトしてしまった。
「おっ、それすごいなアミューさん。後でやり方教えてくれよ。小説の参考にしたい」
「いいヨ! センセーもいいパンチ持ってるね!」
「昔、格闘ものを書いた事があってな。編集さんと特訓したんだ」
お互いの技を褒め合う俺たち。
その横で、最後のひとりが腰を抜かしていた。
「ひ、ひぃぃ……な、なんなんだよコイツら!?」
「やめとけ! 逆らったら死ぬぞ!」
腰を抜かしたチンピラを慰めるサクライ。
もう彼らにも戦意はないだろう。逃げたいなら逃げるといい。
俺もコイツらに用はないしな。
用があるのは、梁の上だ。
「おい、もう大丈夫だ。降りてきな」
「…………!」
あーあ、本当に猫みたいに警戒しちゃってる。
「お前、日本人だろ? 俺もだよ」
「日本人……アンタ?」
「そうだよ。怪しいモンじゃない。ただのラノベ作家だ」
「本当に……?」
女の子は俺が敵じゃないと分かると、ゆっくりと梁から降りようとする。
しかし自力で降りられないのか、梁から足を出しては引っ込めるのを繰り返す。
「受け止めてやるから、飛んでこい」
「……んっ!」
俺が両手を差し出すと、やっと決心したようだ。
女の子は梁から身体を乗り出すと、俺の腕の中に飛び込んできた。
「おっフ……!」
いくら小柄な女の子といえど、飛び降りてきた人間を受け止めれば重い。
なるべくそれを顔に出さないように、少女を抱き止める。
お姫さま抱っこの状態のまま、彼女は俺にしがみついた。
彼女はいつまでも手を放そうとせず、ずっと俺に抱きついている。緊張の糸が切れたのだろう、全身がガクガク震えている。
「こ、怖かったよぉ……!」
「もう大丈夫だ。たまたま俺たちが気づいて良かったよ」
本当にそう思う。もしもALFEEが俺たちに絡まなければ、この子はどこかの変態に売られていただろう。こればかりは偶然が呼び込んだものだ。
まぁ、ラッキーだったのは俺じゃなくて彼女なんだけどな。
ポロポロと涙を流す少女の頭を、俺は何度も撫でた。
「あ、あのぅ、旦那……俺たちは、そろそろ……」
無事だったチンピラとサクライ。
よく見れば、女の子よりも震えているじゃないか。
なのにちっとも可愛いと思えないのは何故か。
「お前らは今までに売ったモノや人のリストを持って来い。アミューさん、この世界にも警察組織ってあるよな? 悪い奴を取り締まる機関」
「クェスティアでは騎士団の管轄だネ」
「じゃあ、後は騎士団に任せよう。ついでに騎士の取材もしようぜ」
アミューさんに通報を頼んでいる間、俺は泣いている女の子と泣いているチンピラたちの面倒を見るハメになったのだった。
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