第1話 まずは目標設定から


 某月某日。


 俺は予定通りに仕事を切り上げ、取材旅行に行った。

 KADOKAWAのツテを頼りに、様々な移動手段を経由すること五時間。

 今、“ダイアラン大陸”にある“クェスティア王国”、その一番の城下町と言われている“ハラン城下町”、その宿屋にいる。

 発音がこれで合ってるかは定かではないが、大外れではないだろう。

 新しい地名は覚えにくいが、地図と照らし合わせれば問題ない。


 しかし――

 たった五時間で異世界に行けてしまうとは、今の交通手段はすごいな。

 あと編集部のツテもすごいわ。


 だけど、異世界にいるという実感は、あまりない。

 宿屋の二階から見える景色は、現実の外国とあまり変わりはない。

 ガラス窓の外には、二階建ての瓦葺きの民家が多く見受けられる。その民家のはるか向こうに、石造りの城がある。

 そうだな……現実で言うなら、イタリアに近いかな。

 このくらいの町並みなら、世界ふしぎ発見でも観られる。前に取材した事がある異能系の世界の方がディストピア感が強かった。


 異世界といっても、人間が住んでいるわけだし、生活様式はそれに近くなる。世界が違っても、自然と人間が過ごしやすいような町造りになるわけだ。

 だから大気も自然も衣服も、こちらの世界と似ている。

 それなのに、俺たちの世界と決定的に違う場所。

 うん、面白い。

 もっと早く来れば良かった。


 それに、こっちの世界と似ているからこそ、違う部分が目立つものだ。

 窓の外から青い煙が見える。

 なんだあれ。

 何を燃やしたらあんな毒々しい色の煙が出るんだ?

 それに外を歩いてる連中の中には、鎧を着た男がいる。帯剣しているぞ。

 革鎧のみすぼらしい剣士もいれば、全身鎧の騎士っぽい人もいる。

 少し視線を動かせば、二キロほど先に城のようなものが見え、その城門の前には物々しい門番が槍を構えている。

 あの剣とか槍とか、実戦で使った事あるんだろうなぁ。

 何と戦ってるんだろう。モンスターか、人間か……。

 そんな事を考えていると、


「センセー! 買い物してきたヨ!」


 勢いよく客室のドアを開けて入ってきたのは、ガイドのアミューさん。

 現地で必要になりそうなものを買ってきてもらったのだ。異国、いや、異世界人の俺ではボッタくられる可能性もあるし、今の俺では想像も付かないようなアクシデントに遭遇する可能性もある。

 そこでガイドさんの出番だ。俺の取材をサポートしてもらうと同時に、命を守る手伝いをしてもらう。


「今日はアッツイね!」


 そう言うアミューさんは非常に薄い布を身につけている。

 胸部と腰部以外から、健康的な小麦色の肌がチラチラ見える。

 十代後半くらいの豊満な肉体を惜しげもなく晒しているのは非常にけしからん。


「買い物ありがとうな、アミューさん」

「ううん! これもガイドの仕事だヨ!」


 彼女、アミューさんのくせっ毛のてっぺんには、動物の耳がある。

 そういう種族なのだ。我々人間とは異なる存在。いわゆる“獣人”と呼ばれるもので、この大陸では東の方に住んでいるという。人間よりも体力や敏捷性が高く、しかし好戦的で血の気が多いのが特徴――とアミューさん自身が言っていた。

 動物っぽい姿のせいか、アミューさんは少し匂う。 

 ただし動物の匂いではなく、花のように甘い良い香りがする。

 長時間嗅いでいるとクラクラしそうだ。


「はい、おつりだヨ!」


 八重歯を見せて元気に笑うアミューさんは、私にきっちりと小銭を返してくれた。

 少し驚く。


「どしたノ?」


 こういう時、大抵のガイドはいくらかチョロまかすと思っていた。まぁ完全に俺の偏見なのだが、渡した金を全て持ち逃げする可能性もあると覚悟していた。ところがアミューさんは全て返してくれた。

 それが非常に嬉しい事を伝えると、


「トーゼンだよ! 神サマも見てるからネ!」


 屈託のない笑顔で答えられると、俺も笑わざるを得ない。

 どうやら彼女はとても信頼できるガイドさんのようだ。

 彼女も編集部が厳選した現地ガイドなのだが、やはり信頼できる筋から紹介してもらったという。

 極めつけに「可愛くて巨乳の女の子」を無理して選んでもらったらしい。

 そこまでしなくても、と最初は思っていた。

 しかし、うん、なんだ。

 ちょっとした事でも揺れるアミューさんの胸部を眺めていると、選んでくれた編集さんにはグッジョブと言わざるを得ない。


「センセー、他に必要なモノはある?」

「ああ、そうだ。今、荷物のチェックをしてたんだ」


 俺は大きいリュックサックから、荷物を取り出す。

 ほとんどは着替えだ。防水性に優れたもの、熱を遮断するものなど、様々な状況に備えて服を用意してある。防弾チョッキや防刃ベストはさすがに用意していないが。


「“異世界”の人って、ヘンな服だよねー」


 とはアミューさんの感想。

 異国の文化なんてそんなものだ。


 あとはサバイバル用具。これは友人の作家に勧められたものを一通り詰めてきた。中には新しすぎて使い方の分からないものもあるが、いずれ役に立つだろう。ナイフとメタルマッチと寝袋だけでも有効すぎる。


 それから電話――スマートフォン。

 これはカメラ機能だったり、筆記用具だったり、実際に電話したり様々だ。さすがにGoogleMapにゃ地図は載ってないか。

 現在は……アンテナ三本立ってるな。

 中継器とかあるのか、ここ。


 そして取材をする上で一番欠かせないのが――金だ。

 とりあえず日本円で十万円分の両替をしてきた。

 この国での通貨は“シャン”と言うらしいが、十万円分のシャンがあれば、一年は遊んで暮らせるらしい。


 そして最後に、俺の背中のホルスターに収まっている拳銃。

 グロック19という名前の本物だ。これは編集部が貸してくれた。

 こちらでの法律が通用しない異世界に行くのだから、当然ある程度の危険には遭遇する。身を守るためには必要なものだ。


 拳銃の撃ち方は覚えた。手入れの方法なども先輩作家に教えてもらった。

 ライトノベル作家たるもの、銃くらい撃てなければやっていけない。

 これは必要最低限のスキルだ。銃も撃てないのに、銃の描写などできないからだ。

 あの有名なミリタリー作品を書いている某作家などは、自ら望んで戦乱の世界へ取材旅行に赴くらしい。パラレルワールドで何度も異国の侵略から日本を防衛したそうだ。その上で女自衛官や敵国の女軍人と何人も付き合ってハーレムを築いていたというのだから、かなわない。


「よし、当面は大丈夫だ」

「オッケーだネ!」

「確認が終わったところでアミューさん。今後の予定を話したいんだけど」

「ウン! センセーは何を取材したいノ!?」


 そう、問題はそこだ。

 ただ漫然と異世界を旅行するだけではダメだ。

 編集者が言っていた“無双”と“ハーレム”を勉強するためには、目標を絞って取材をした方がいい。風景や文化などは、歩いているうちに自然と覚えるものだ。

 異世界ならではの要素を取材したい。

 面白いものをこの目と脳に焼き付けるのが第一だ。


「アミューさん、この世界に“勇者”っている?」

「いるヨ!」


 あっさり答えられてしまった。

 いるのか、勇者。

 異世界の強さの象徴みたいなものだから、いるなら会ってみたいと思っていた。

生い立ちから生活、それにトレーニング方法を取材できれば、今後の作品にも生かせると考えている。

 現在は「勇者と魔王もの」はそこまでウケが良くない。あまりにも数が多いので飽きられる傾向にあるのだ。

 しかし他の作品でしか読んだ事がない伝説の存在が実際はどれくらい強いのか、この目で見てみたいじゃないか。流行に関係なく、俺が見てみたいのだ。


「取材したいんだけど、できるかな?」

「んー、できるかどうか分からないけど、会うことくらいはできるんじゃないカナ」

「そんな簡単に会えるのか」

「有名だからネ!」


 それもそうか。

 世界中から“勇者様”と呼ばれる人物だ。常に誰かが追いかけていても不思議ではない。

 現実だってアイドルのシークレットコンサートとか、どこからともなく嗅ぎつけてやってくるファンとかいるもんな。


「センセー、取材ってそれだけ?」

「いや……他にもあるけど。うーん、これはあわよくば勇者に訊こうと思っていたんだけど、ダメだった時の事を考えて……うーん」

「ハッキリ言って!」


 肩を軽く叩かれてしまった。

 アミューさん、回りくどいの嫌いなんだな。

 いや、俺も回りくどいのは嫌いだ。だから素直に話そう。


「ハーレムの作り方を勉強しようと思ってな」

「ハーレム? 簡単だヨ。モテる男になればいいんだヨ」

「そんな“レベルを上げて物理で殴ればいい”みたいな単純な方法でできるなら誰も苦労はしねぇんだよ……」


 なんて残酷な事実を突きつけるんだ、この猫娘は。


「そっかぁ……センセー、モテないのか……」

「やめてくれ、そんな哀れんだ目で見るな!」

「大丈夫だヨ。この世界じゃ、種族や部族によって好みとか変わるカラ」

「慰められてる気がしないぞ!」


 それって普通の人間相手にはどうしようもないって事じゃないのか。

 あれ、だけど……。

 アミューさんの部族ではどうなのか、教えてくれなかったな。

 まぁいいや。そんな淡い期待を抱くほど楽観的にはなれない。


「じゃあ、とりあえず“勇者”と“ハーレム”を取材するんだネ!」

「ああ。よろしく頼む」

「任せテ! 私が絶対になんとかしてみせるヨ!」


 大きな胸を叩いて、自信満々に答えるアミューさん。

 叩くと揺れる胸を、俺は幸せな気持ちで見つめる。

 ああ、やっぱり彼女で良かった。本当に編集部グッジョブ。

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