異世界取材記 ~ライトノベルができるまで~

田口 仙年堂

第1章

序章


 二〇××年、某月某日。

 都内某所の喫茶店にて。


「なんか、今ネット小説が流行ってるみてーだな」


 パンチパーマにサングラスという、大人が見ても泣き出すルックスの編集者が低い声で呟いた。

 生まれつきの顔は仕方ないにしても、その紫色のシャツとか縦縞のスラックスとか、どこで売ってるんだよ。


「みたいスね」


 編集者の格好にはあえてツッコまず、俺は苦いアイスコーヒーを啜る。

 KADOKAWAの編集者なんて、彼以外もこんな感じだ。今時、本物のヤクザでもしない格好の連中がうろついている編集部は、常に危険な香りがする。


「オメーも書けよ。今度ウチで“カクヨム”って投稿小説サイト作るんだよ。どうせヒマなんだから、投稿してみろ」

「えー」

「なんで『えー』だよ。人気あるんだぜ? 一発当てれば大儲けよ。風俗行き放題だぜ? デメリットなんてねーだろ」

「アンタと一緒にすんな」


 周りにお客さんもいる中、何言ってんだこのヤクザは。


「俺、異世界は苦手なんスよ。取材した事もないし」

「なかったっけ?」

「ええ。あの異世界って、“ノーマル”の異世界ですよね?」

「だな。“ノーマルファンタジー”に分類される世界だ」

「じゃあ俺、まだ未経験です」

「おう、ちょうどいいじゃねーか。取材行ってこいよ」


 取材か。

 ファンタジー系の異世界は面倒な手続きが多いと聞く。

 一昨年もドラゴンに喰われた先輩作家の葬式に顔を出した。あの時は先輩の遺品をめぐって銃撃戦が起きたっけ。別の先輩が言うには、ファンタジー異世界での作家の死亡率と失踪率は特に高いらしい。

 続きを待ち望んでいるラノベの続編がいつまでも出なかったり、面白かったラノベが突如打ち切られる原因の半分は、それだ。

 去年行った“現実延長系”の異世界はやりやすかったんだけどな。


「取材費や必要な道具はこっちで用意するぜ?」

「そうッスね……」


 そう言われて、最近の予定を考える。

 今は来週までに短編小説が一本と、月末までに長編小説が一本――あと毎週やってる雑誌のコラムが一本。

 うーん、短編を早めに書き上げれば、行けなくもないな。


「行くなら早めに言えよ。今、割と混んでるんだよ」

「そうなんですか。他の作家さんも取材したがってるんですか」

「今、流行ってるって言ったろ? 異世界ものを書こうとしてる奴はたくさんいる。最近じゃ、KADOKAWAの許可なしに自力で取材に行っちまう奴もいる」

「すごいですね。作家の才能ありますよ、そいつ」


 そう言えば、友達の作家も言ってたな。取材先でアマチュアの学生が死にかけてるのを助けた事があるって。

 ファンタジー系の異世界は、素人が無闇に手を出したら危険なんだ。日本の法律が通用しないから、命が軽い。訓練を積んだ者が入念に準備をして行く場所――こっちの世界でも危険な国に行く時は、そうするだろう?


「で、どうする? 行くか?」

「行きます」


 実のところ、最初に話を持ちかけられた時から決めていた。

 異世界には、まだ俺が知らないものがたくさんある。その全てを取材して、次の作品に生かそうと思う。


「とりあえず、今求められてるのは““ハーレム”と無双”な。これは絶対に抑えとけ」

「ウッス。勉強しときます」

「ハーレムは大丈夫か? ファンタジーの女って、現実の女と感覚が違うからやりにくいぞ」

「まぁ、なんとかなると思います」


 正直、めっちゃ苦手だけどな。

 異世界だろうが現実だろうが、そう簡単にホイホイ堕ちる女なんかいねぇよ。

 ま、これも才能だけどな。俺とは違って、「ハーレム作るまでが取材旅行だ」って言い張る友人もいるし。


「あと、“無双”な。敵をバッタバッタと薙ぎ倒す爽快感。お前も実体験としてやってこいよ。冒険者にでもなって、適当なのブッ殺してこい」

「ファンタジー系の異世界だと、やっぱモンスターですかね」

「おう、ドラゴンは当然として、スライムとかゴブリンとか、あとサキュバスとかリリムとかのエロエロモンスターな」

「なんでアンタはそうエロ方面に持って行きたがるんだよ」

「で、いけるのか、“無双”? お前、モンスターと戦える?」

「戦えますよ」


 考えるまでもなく、即答する。


「だって俺、ラノベ作家ですよ?」

「それもそうか」



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