魔法は30歳になってから
とこよみあ
第1話 その手の中に
これが戦場なのだと、橘朱鳥(たちばな あすか)は肌で感じた。人の攻撃的な思惟が、幾方向にも奔り、立ち向かうものの動きを余断なく察知する。経験に研磨された反射に等しい反応が輝く。戦場は激しさばかりを伴うものではない。状況に支配されず自らとの戦争を意気込むものもいる。だがこの場にいるもので、一人のミスがそれっきりで終わる、という甘い考えもなく、許すことでもない。それでも疲労感を隠せず欠伸を噛み殺したり、ある種の余裕を纏うものすらいる。流れは唯一であっても微視すれば雑多でもある。緊張感に醸造された空気を吸い込んで、朱鳥は小説や映画に感じてきたものを味わうのだ。
「あぅ……」
足りないことがあるとすれば、硝煙や火薬、草木や土の匂い。騒々しさや、逆に静寂か。景色は数時間変わらず、鼻腔と下は苦味と香ばしさ以外を思い出せない。戦場らしさなど、五感で受け取れる要素は微塵もない。
「っ、くしゅんっ」
隣で緊張感のない可愛らしいくしゃみに耳を癒されたあと、るるる、という電子音が鳴ったかと思えばすぐに切れて、聞き知った声を最後に、朱鳥は、軽くなったマグカップをパソコンの横に置いた。
ここは戦場などではなく、朱鳥の勤めるただの職場だ。迫る年の瀬、週末のばたばたとした空気に、何となく昨夜映画で見たような戦場を夢想したが、いささか無理があったようだ。
いい歳をした男が、と思う。だが人生の大きなイベントを経ずに精神が成熟してしまったと自らを分析できている朱鳥は、およそ自分が中学校ぐらいから変わっておらず、今後も劇的な変化はないのだろうと確信している。言い訳じみていると言われればそれまでだ。どんな些細なことでも変われる人間はいる。ただ自己が変わることを意識できないというだけだ。
「うぅぅ……」
隣で、男の目を惹く胸を持つ女性社員が肩を震わせて唸った。液晶に照らされた顔が曇っている。
この会社、仕事だけはあるのだが残業しているものは少なく、そもそもの社員数も少ない。陽が落ちると暖房は切られてしまう。そうなれば女性陣の厚着に男性陣は不平不満の声を小にしてあげ、北風と太陽の結末を狙うべく、声を大にして、思いやりの声をあげる。だがその声はただ北風として扱われるのだが、そんな中で「暑すぎると仕事に集中できない」として着込まない、隣の三島湊(みしま みなと)に少女のような健気さを見出すのだ。湊が朱鳥よりたった一つしか若くないとしても、その認識は揺らがない。
「大丈夫?」
「……すいません、これ……」
湊のPCを覗き、不安そうな瞳を見直して、互いに椅子を滑らせ朱鳥が湊のPCの前に座る。熱の残るキーボードとマウスを操作して作業を引き受ける。
この瞬間を待っていた、と言っていい。湊は事務作業において一定の割合でどうしても苦手なところにぶち当たる。朱鳥は、そうなるときに備え、迅速に自らの仕事を終えるのだ。あとは湊の挙動を横目で窺いつつ、ノルマ外の仕事をしている。歪かもしれないが、これでうまく立ち行っているのだから、それでいい。
会話はとくにない。湊は机のわきに手をついて身を乗り出し、朱鳥の仕事ぶりを観察し自分のものにしようとしている。その真摯なひたむきさは彼女の性根だろう。
朱鳥は湊のスキル上達に一助も下さない。だからといって、止めさせることもない。理由の一つは、こうして黙々と仕事をこなす姿を見せつけたいがためであり、一つはこのひとときを失うことは阻止したいからだ。彼女には悪いが、仕事は苦手なままでいてもらいたい。男として、いい格好をする機会であるだけでなく、生物学上の男として、女性を間近に感じられる好機でもある。二人で同じ画面を見ているだけあり、距離は至近だ。甘い香りは正気を揺らすもので、薄く化粧ののった整った顔を意識すると心臓の音が早まる。エサのように吊るされた巨大な二つの圧倒的な存在感が、体の芯に熱い血を溜める。
それらの情欲は察されてはいけない、俺は下半身で生きている人間ではない、と言い聞かせ、失望されることを恐れる。
湊は気を許してくれている。それはある意味、異性として見られていないということだが、朱鳥にとっては紛れもない最も近しい異性なのだ。
もう若くなく、純粋に健全な恋愛をすることはないだろう。
それでも強く押しに出ることもできず、漫然と現状を維持し続ける。
それが橘朱鳥という30歳の男の現実だった。
夜空に星を見出すことはできず、半分くらいに欠けた月だけが孤高であり続けている。星々の輝きに代わって街を照らすのは、地上の星々。月からも目立つ日本の夜景は、天を得ようとして光を堕とした人々の傲慢だろうが、その後ろめたさは一切なく、活気に満ち溢れている。
特にこの季節となって、恒常的なビルや街灯、自動車の灯りだけでなく、デパートやショーウインドーに施された電飾、大通りには白ひげの赤い服、トナカイが出迎え、一番大きな通りともなると目を見張るほどのモミの木がそびえているはずだ。人々が浮き足立っている。
「このあいだまでハロウィンだったのに、もうクリスマス一色ですね」
「早いところではもう恵方巻の予約とか始まってるみたいだよ。まだ年賀状もまだだっての」
「それはまた……、サンタさんもびっくりのあわてんぼうさん具合ですね」
朱鳥と湊は夜景に映える街中を肩を並べて歩いている。会社から朱鳥の住むマンションまで20分ばかり、そこからさらに湊宅まで5分くらいと、途中まで道が重なる。歳も近く独り身同士という二人は、一緒に帰ることが多かった。
普段は通らない道だったが、駅前の通りのイルミネーションが始まったということで、朱鳥が誘ったのだ。今日はただ、眺めるだけのつもりでいる。無論、湊が店を見たいと言ったり、そういう素振りを見せれば、寄り道もいとわないが、湊は純粋に街歩きを楽しんでいるようで、瞳がいつにも増してきらきらとしている。
帰り道ついでに、というだけで終わらせるつもりはない。朱鳥は決意を新たにした。タイミングと勇気さえあれば、光はすぐそこにある。
「朱鳥さんって、サンタさん信じてました?」
「……どうかな。親には信じてるって言ってたけど。大人は純粋な子供の夢は壊さないように頑張ってくれるだろうって、思ってたから。サンタさんならどんなものでもプレゼントしてくれる、と。そんな賢しいガキだったよ」
「それはそれは……。どんなもの貰ってましたか?」
「んー、結局は子供だったからね、ゲームが多かったな」
「ふふ、やっぱり男の子ですね」
「湊ちゃんは?」
「私はほら、誕生日がクリスマスですから。サンタさんと誕生日プレゼントで力が割れてしまうというか……。だから、誕生日はいいからサンタさんに豪華なの貰いたいーとか、逆も然り、みたいな感じでしたね。あ、私はぬいぐるみとか、人形とか、カバンとか貰ってましたよ」
「女の子だね」
懐かしむ、愁いさえ帯びた目は遠く、過ぎ去った時代を見つめた。
サンタクロースは各家庭の経済状況に応じたものしかくれないお人だったけど、その来訪は待ち遠しかった。そういえばまともに礼をしたことはないな、と朱鳥は二人の顔を思い浮かべた。
ハロウィンもそうだが、クリスマスも、昔はこうも街中が騒ぎメディアが取り上げるイベントではなく、家で閉じたものだった気がする。だがこうして街が華やかであるおかげで、贈る相手(こども)もいない思い出話に花咲かせることができる。
「また、年をとるのか……私は…………」
湊が頬に手を当てて溜息をついた。その白い息にのって吐かれた言葉には鉛も浮くほどの重さと、ぞっとするほどの冷たさがある。
「いやっ、全然若いって。大学生くらいに見えるよ」
「いえいえもうそんな全っ然。おだてても何も出ませんよ、むしろ甘やかさないでください、追い立てて、危機感を抱かせてください、エイジングケア、肌ケア、もっと頑張りますから」
低く静かな呪詛は威圧感をもって耳朶をうった。
「苦労しているのは察するけど、俺の本心だから」
事実、低めの身長とスタイルの良さ、肌の張りも相まって、20代前半、人によっては10代くらいには見えるだろう。それ程の美人を連れているという事実は朱鳥にとっては誇らしげなことであり、男女の仲に見られることはやぶさかではない。見栄を張るという性が強く出ているのは自省する点でもあった。
「…………婚期……か……」
意識して出た言葉ではなかったのであろう、その言葉に朱鳥は勿論、湊自身も青ざめた。
“それ”は、生物的にいえば20歳までには、よい時代には20代前半くらい、不況とともに20代後半へ推移していったとはいえ、三十路に立つものの言葉の重さと冷たさは、真冬の辛苦の比ではなかった。逃してしまったのだ。
異性を特に意識せずに若い時を消費した結果。そういった経験すら皆無である。30歳にもなって――というのは、焦る要因であると同時に、ためらう理由にもなっていた。見栄を張り続けてきた報い、ともいえる。
そんな絶望的な思考は、わずかなきっかけで霧散した。
ふと前をよぎった家族連れ――まだ若い両親と、幼い娘。小学校中学年くらいだろうか、つややかな長めの黒髪を両側で二つにまとめ、結び目には羽のような飾りがある。鼻頭が赤くなっているのは寒さのせいだろうが、それに負けない溌剌さだ。手袋に包まれた小さい両手は両親が握っている。
上着は厚手のジャンバーで体のラインが隠されてしまっているためその中は想像するしかないが、だからこそ下半身の、短めのジーンズ生地のパンツに浮き上がる小さい尻の形と、そこから伸びる白いタイツに包まれた細い脚がより一層魅力的だ。どこをとっても申し分のない、上等な童女といえた。
「…………朱鳥さん?」
夏の薄着に浮き上がる未発達な羞恥心からくる危なっかしさや際どさは総意として素晴らしい。またテレビのプール特集などに胸躍らせるのだ。
では冬はどうか。言うまでもなく是なのだと朱鳥は断じる。これを否定するものは永年、ジュニアアイドルでも眺めていればいいのだ。冬には冬のよさがある。安い言葉だろうか。しかし彼女らに難しい言葉は分からないのだ。年相応に背伸びしすぎない。キュートでラブリーであればいい。若い時分は少なく、だから崇高なのか。すでに季節は関係ない、としか言えない。大事なのはそれ自体、その存在、それでも瑞々しい肢体を想像してしまうのは性というか、業というか――
「朱鳥さん……!」
湊に肩を揺さぶられ、朱鳥の意識は戻される。すでに童女の姿はなく、視界にはさっきの子の3倍くらいの年齢の女性が、訝しむ色を瞳に浮かべているのが映る。
「どうかしましたか……?……ときどきそうやって小さい女の子に見とれていることがあると思うんですけど――」
朱鳥は常に紳士たらんと心がけているので、眺めるときはごく自然に、微笑ましいものを見るようにしている。まっとうな社会人ということもあり、大抵はそれで大丈夫なのだが、いつも近くにいるような人には察されることもある。湊とは、一緒の時間が多すぎて、ときどき訪れる好機には油断してしまうことがある。
「朱鳥さんてやっぱりロリコ――」
「違うっ、違うって!」
言い終わらせる前に、手で口を塞いだ。湊の口が、分かりましたー、ともごもご動いたので念押しに睨みをきかせて戒めを解く。
「何度も言うが、俺は断じて――ではない。ただ家族っていいなー、って思ってただけだから」
認めたら、終わる。これだけは絶対に駄目だ。そんなことを易々と口外できたのはせいぜい学生の頃までで、それでも当時は段々そういった事件が起きていってはばかられるようになった。世間から、ほぼ犯罪者のような目で見られる。なにより、湊との関係が閉ざされることは恐怖だ。30歳の絶望から逃れる希望。もう、これを逃せば一人で死んでいくのだ、と。この想いはなにも独りよがりのものではない。そもそもが湊に惹かれ、ぼやぼやとしているうちに30歳になって生じた焦り。たしかに小さい女の子は好きだが、それは趣味的なものであって、食の嗜好のようなものであって、恋愛対象は正常だ。だがそのことを分かってもらえるだろうか?自信がないから、隠した方がましなのだ。全てを受け入れてもらえることが不可能だろうから、そうするしかない。これまで通り、誤魔化し続ける。
「だ、大丈夫ですよ分かってますから、そんな複雑な思いを込めた目で見ないで……」
ね?と小首を傾げて困ったように笑った。
よかった。ばれれば引かれるだろうから、今回もうまくいったのだ。
「……えっと、ロリコンが悪い人ではないんです。悪い人がたまたまロリコンであっただけで。朱鳥さんはその、えっと、いい人、ですし。たしか悪い人はペドフィリアとか言うんですよ」
「……それまた、詳しいね」
「え、は、はい。調べましたから。気になって」
寒さのせいか顔を赤くしながら視線を外す。
敵の情報は詳しく知りたいタイプなのだろう。つまり自分の本性は敵、つらい道になりそうだと思い知る。苦しいが、どちらかを捨てるというのは難しい。
冷風がきまずさを流してくれることはなく、煌びやかな街を背景に、二人は歩いた。
「あ、あのさ、クリスマス」
地上の星々を見失う前に、言い出さねばと思った。その傲慢さを借りて、本来の目的を。
「クリスマスって、予定、空いてる?イヴでもいいけど……12月の24、か、25」
立ち止まった朱鳥に続き湊も足を止めた。朱鳥の顔を見上げる瞳は少し不思議そうにしたあと、小さくうなずいて「いいですよ」最高の返事と笑顔をくれた。
顔がほころぶのが、分かる。不安が散っていくのも。
それは今日見たなによりも輝いていて、心の内が満ちていくのを感じた。
都会の眩しさが減じた郊外の一角、まわりを住宅街に囲まれたそこに朱鳥が住むマンションがある。築20年、34階建ての12階の一部屋を借りている。住み始めて5年くらいだろうか、当初は自分でも背伸びしてしまったことを痛いくらいに感じていたが、最近では経済状況もよく、結果として困窮することはなかった。会社での業績がいいためだ。湊のことを意識し始めてからというもの右肩上がりになっている。彼女をフォローしたいためであり、それに文句を言わせないためだ。
「おじゃましまーす」
「んー」
湊の声に朱鳥が身のない返事をした。一人暮らしの2SLDKに、ただいま、と発するのは虚しく、同時に扉をくぐって背中からかけられた挨拶には丁度いい返事が思いつかない。
「先にシャワー浴びる?今日寒かったし」
「あ、いつも通りでいいと思います」
二人してリビングに入り、スーツを脱いでコートと一緒にラックにかける。ワイシャツ姿となってより肢体と胸部が強調された湊に一目奪われたあと、空調を操作して暖房をつける。まもなく温風が空気をかき混ぜた。
「じゃ、軽く作っちゃいますね」
「悪いね」
あくまで自然に、冷静な同僚であれ。
湊は大きめのバックを部屋の端に置くと、ダイニングキッチンへ身を移した。
前かがみになったときの谷間というか二つの山の絶景や、髪をかきあげる仕草を見ていると、まともに立っているのも危なく、朱鳥はソファに腰を沈める。
「食材、残しちゃいけませんよー?」
「湊ちゃんが週末に調整してくれるから大丈夫」
冷蔵庫の中を確認したのであろう湊が、もう、と呆れながらもまんざらでもない因果を含んで嘆息した。
朱鳥は静けさを嫌い、テレビの電源を入れる。たまたま流れる、日頃役立つ知識系バラエティに意識を向けることもなく、テーブルに置きっぱなしの煙草の箱から一本取り出して咥え、火を点ける。熱がじわりと唇を温め、肺に入れた煙を吐き出す。かすかな甘いにおいが照明をぼやけさせる。
帰宅後に一本、吸うようにはしている。別段やめられないほど好んでいるわけでもない。10代のころにはむしろ嫌ってもいたくらいだが、有害性と依存性が抑えられた最近のものを、独り身で年を取る身としては頑なに拒むことはできなかった。
4分の1くらいが燃え落ちたころ、台所から「持ってってください」湊の声がした。キッチンカウンターには炙られたスルメが乗った皿と、醤油にマヨネーズ、一味が振られた小皿があった。眺めているうちにオクラの和え物とシーザーサラダが置かれ、場を圧迫した。湊はすでにフライパンを取り出していた。
朱鳥は指にはさんでいた煙草を咥えると、両手でそれらを全てリビングに運ぶ。ちょうど電子レンジのタイマーが鳴り、湊が何かを炒めている音を聞いていた朱鳥は言われるより先にまだ残る煙草を灰皿に押し付ける。電子レンジを開けると、いつ買ったかも覚えていない冷凍のたこ焼きが白い皿いっぱいに敷き詰められている画にぞっとした。想像以上の重さと熱さに最大の配慮をしつつ、二人分の箸が入った箸立ても持っていって並べる。食器ついでに思い出し、同じ形状でワンポイントのデザインだけが違うグラスを二つ持ってくる。
橘朱鳥は間違いなく一人暮らしだ。三島湊とは同棲しているわけでもなければ、そもそも男女の仲でさえない。だがここには来客用のものを除いても湊用のものが多々ある。それは箸でありグラスであり、また寝具でもある。
最初は、ただ普通に家に招いて2人で飲むだけだった。これでさえ朱鳥にとっては勇気を振り絞った行動だったのだが。いつだったか、酔ったまま夜道を一人で歩かせるのは危ないとして、なし崩し的に泊まらせたのだ。
いや、いつだったか――など。朱鳥ははっきりその日を覚えている。忘れられない転機。その日、一度も使わなかったゲスト用の布団は湊専用となった。以来、湊のものは増えていった。こうして週末にたまに寝泊まりするようになった。湊が肴を作り、酒を飲む。その後は湯船は入れずシャワーを浴びて、夜も更ければ眠りにつくのだ。
しかし、ついぞ今日までモノにも人にも手を出すことはなかった。ここまで親密なら、気を許してくれているなら、あちらも、こちらが強引に出ることを期待しているのではないかと、夢想することも多々ある。しかし、この関係に優越を感じる現状は壊したくないと願う方が大きい。それに、これ以上先など、肉体関係くらいではないか。別に、いい。これで幸せだから。結婚は果ての形かもしれないが、形容しがたい今の関係でも。
「これで最後ですけど、いいですか」
「ああ、ありがとう、いつも」
野菜炒めを置きながら、湊が朱鳥の横に座る。直前に冷蔵庫から出した缶ビールや発泡酒が数缶で今日の晩酌となる。
「あの人、最近有名な料理研究家なんですよ」
今やってるテレビ番組のことだ。中年くらいの女性が若手俳優たちに料理をレクチャーしている。
「この辺りに住んでいるみたいで、たまに料理教室を開いているんです。私も行ったことあるんですけど」
「へえ、そりゃ湊ちゃんの料理は美味いわけだ」
「そ、そんなことないですよ」
「謙遜を」
今手作りといえそうなものは野菜炒めくらいだが、明日になれば朝食と昼食を作ってくれるわけだ。
「吸う?」
「ありがとうございます」
お辞儀をしながら、差し出した箱から煙草を一本つまみとる。銘柄の趣味は同じなのだ。
煙草を咥えた湊がテーブルに置いてあるライターを手に取ったとき、朱鳥は自分の犯したミスに慄然とした。
「…………あれ?」
火を点けようとして点かず、湊が首を傾げた。
「さっきライター点きました?」
筒を口の端で咥えたまま、湊が言う。
「つ、点かない……?」
「いえ、ほとんど空っぽいから点かないとは思ったんですけど、さっき朱鳥さんも吸ってたし、これでも粘ってくれるかなーと思って。さっきはどうやって点けたんですか?」
訝っている様子はなく、純粋に不思議そうにしている。
これならいける。と朱鳥は湊に向き直って右手を顔に近づける。湊は少しびくっとしたまま顔を赤らめた。
朱鳥は煙草の先端をそっと撫でるようにすると、火が付いた。
「え……わっ、すごい!どうやったんですか?手品?」
赤く燃えて立ち上る紫煙を見て、目を丸くした。
「いや、はは……」
「すごい、私にも教えてくださいよ!」
朱鳥は冷や汗ものだったのだ。成功してよかった。緊張から解放されて声が固くなるが、湊はクローズアップマジックにテンションが上がって違和感を覚えていないようだった。
――教えられるものなら教えたい。タネと仕掛けを秘密にして他人の気を惹くくらいなら、湊と手品の練習をした方がいい。
だが。今の“マジック”に、タネも仕掛けもないのだ。手品ではない。朱鳥の手の中には本当に何もない。
これがどういうことか、自分でも分からない。ただ念じるように、火が出せるのだ。これは普通ではない。
その思考の闇には、朱鳥は火を灯すことができないでいた。
天井の明かりがちかちかと明滅したと思ったら完全に消えた。パソコンの電源も落ちて、オフィスは暗闇に包まれた。
「マジか……」
何も映さない液晶を見つめ、朱鳥は嘆息した。こまめに保存を心がけていたとはいえ、作業中のデータが少し犠牲になった。離れたところから聞き慣れた声が聞き慣れない悲鳴をあげているのが聴こえる。
「だからあれほどバックアップしておけと……。湊ちゃんは大丈夫?」
「あ、はい。停電ですかね?」
「このビルだけっぽいね。街は明るい」
朱鳥は机の下に潜り込んだ。たしか懐中電灯が備え付けられていたはずだ。しかし明るくするための装置さえ、暗くては見つけるのは容易くない。設備上の不備を噛みしめながら息をついた朱鳥の手の中には炎があった。
目的のものはすぐに見つかった。細長い筒状のもので、単三電池そのままくらいの太さしかなく、コンパクトではある。
炎が消える。懐中電灯のスイッチを入れる、が、点かない。オンオフを繰り返せども、うんともすんともいわない。
「朱鳥さん、どうしました?」
湊の声と共に、背中に光を感じた。見ると、携帯端末の画面を向けてくれている。猫の待ち受け画面だ。
「あ、いや。大丈夫だよ。ちょっと接触が悪い気がしてね」
いいながら、机の下から出る。
薄暗いオフィスで、朱鳥だけが立ち上がっていた。懐中電灯を片手に、全ての視線を集めている。
「…………ちょっとブレーカー見てきます」
「あ、気を付けてください」
朱鳥はかすかな街灯りを頼りに、足早にオフィスを出た。閉じた扉にもたれながら、また一息をついた。
停電になったから懐中電灯というのも、これから停電の原因を探る面倒も、ほぼ思考は介在していなかった。流れに任せ、反射といっていい。軽率な行動を後悔した。
廊下は闇だった。非常口を示すぼんやりとした頼りない光があるのみで、窓のない廊下はさすがに手さぐりで進むわけにもいかない。
手を広げ、炎を出す。ぱっと周囲が明るくなるが、これは懐中電灯の光り方ではない。逡巡するより先に、目的をなすべきだ。松明を掲げて洞窟を探検する気分で気持ちを盛り上げ、歩き出す。音も光も少ない、朱鳥は思考を巡らせた。
こうやって炎を出せるようになったのは、本当に最近のことだ。30歳になってすぐくらいの、ライターの油が切れているのに気付かず一人帰宅した夜だった。リビングでくつろぎきって、煙草をくわえて、そこでようやく気付いた。買いに出る気も湧かず、ただなんとなく、火とか出ねぇかな、と思った。結果は、今が示すとおりだ。腹の奥がぴりっと痺れるような感覚と共に、炎が出た。
これが何なのか、気になりはしても手掛かりは自分だけ。会社員の身の上では、研究してみようにも、とれる時間は限られる。そうなってしまえば、日々の便利のために使うくらいで、もう慣れてしまった。少年時代ならいざ知らず、大人になって火が出せても、ライター代が節約できるくらいしか嬉しくない。もっと実用的な能力であればよかった。
朱鳥にとっては日常として定着してしまい、火が欲しければ、惰性で、自分で出してしまう。周りは大人ばかりで、勝手に手品だと思ってくれる。
普段まったく訪れることがない区画なだけに心配だったが、迷うことなくたどり着けた。建物一階の裏口から入ったすぐ。先に誰か来ているかとも考えたが、灯りはなかった。
照らしてみると、案の定ブレーカーが落ちていた。とはいえ理由は分からない。何はともあれブレーカーを上げると、電気が通った低く響く音に続き、灯りが戻った。
軽く眩暈がしながら、炎は消して、振り返ったそこに、知らない男がいた。
朱鳥は身構え、懐中電灯を握る手に力が入る。
男は30代かそこらといった顔つきで、細いのにもろい印象はなく、ナイフや針の鋭い空気をまとい、朱鳥に見定める目を向けている。
誰もいなかったはずだ。暗かったとはいえ、隠れられるような場所もない。物音もなく現れた。
しかし、そういう疑問を差し置いても、おかしい、ところがあった。当人は微笑ひとつないのに、出で立ちはまるでおとぎ話の魔法使いのようだ。闇色のローブで全身を隠している。それが少しシリアスさを間引くのだが、これはこれで危ない人かもしれないという警戒がある。
「えっと……、どうし、ましたか?」
ハロウィンなら終わりましたよ、とまで言う勇気はなく、あくまで刺激しないよう、笑顔で言葉をかける。男は眉ひとつ動かさず、見定める目をやめない。気まずさよりも気味悪さに圧され、朱鳥は後ずさった。
「先ほどの炎は手品か?」
男が口を開いた。冷たく、雰囲気通りの声だった。
朱鳥は応えあぐねる。男の言葉をどう受け取るべきか、そもそも真面目に受け答えすべきではないのではないか。
男はゆっくりと瞬きをすると、一人で勝手に合点がいったように「そうか」呟き、「魔法だな」朱鳥の視線を射抜いた。
この男と関わるのは危険だと、本能が訴える。いたって真面目に、何を言っているんだ。
ポケットの携帯端末を男のかげになるように操作し、警察に連絡しようとしたが、まずオフィスに、不審者が入り込んでいることを伝えるべきだと思い至る。
「ふん、大人としては冷静な、いい判断だが。私に対しては、賢い対応とはいえない」
逆上して襲い掛かってこないことに安心し、ダイヤルを続ける。
「私は貴様に話がある。それは止めてもらえるだろうか」
こちとら上下関係すら計りかねているというのに、なんて不遜な態度なのか。口調もおかしいだろう。
見つからないようにやるのも手間取り、というか気付かれているので思い切って目の前に端末を持ってきて操作する。
「止めろと言っているだろう」
「痛っ、なんだ!?」
突然、端末が火花を発し、熱と痛みに持っていることすらままならず、振り払うように落としてしまった。怪我がないのを確かめてから、触る気分にもなれず、沈黙した端末を見下ろした。
「あとで弁償しよう」
「あなたが、やったのか……」
「そうだな」
「いったいどうやって」
「貴様の炎と同じこと。魔法だ」
「魔、法…………」
手の痛みが、男の言葉を、現実に、無理矢理に入れてくる。男が離れた位置から端末を壊したということだけではない、炎と、魔法。男の話を訊けばいろいろわかるのではないか。しかし、常識的に、この男を通報すべきだとは思う。不法侵入と、器物損壊で。
「とにかく話を聞け、童貞」
「な、なぜそれを!」
「魔法使いとは皆、そうだからだ。女性の場合は処女というがな」
「あなたも魔法使い……ということだよな。ていうか俺は魔法使い……なんですか」
「そうなる。どうやら魔法使いとの接触は私が初めてのようだな」
話を聞けというが、この人は人の話を聞く前に勝手に合点していく。ろくな大人とは思えない。
「私は『教室』の魔法使い、斎藤恵というものだ。紹介が遅れた」
「あ、いえこちらこそ。橘朱鳥です」
反射的にお辞儀をしていた。状況に飲まれているのは重々承知だが、もう抗うことはやめる。
「魔法使いって、何ですか」
「魔法使いは先ほども述べたように、30歳を越えても経験のないもの……童貞や処女のことだな。そういったものは、全員が、自動的に魔法使いになってしまうものだ。そして魔法とは、橘朱鳥、貴様の炎や、私の雷、そういったものをいう。魔法使いは超常的な力を操るものたちで、超能力者という言葉とほぼ同義だ。しかし一定の法則に従い行使されるので、魔法という。諸説あるがな」
「本気で言ってますか」
「事実だ。だがまた、いい歳した大人が、かようなファンタジーを受け入れがたく感じるのも、道理だな」
「斎藤さん、は、それをわざわざ俺に教えに?」
「それも一つある。無知な魔法使いは何かと危険だからな。とはいえ全容を把握するのも難しいのだが。貴様には最終的には『教室』の一員となってもらうことが望ましいが、今は時間が限られる。今日はあと一つ、頼みがあって来た」
「俺にできることで?」
「簡単だ。ある女の子供を探している。我々のもとから失踪してしまってな。探してくれとは言わないが、それらしいのを見かけたら教えてくれ」
よりによって、俺に童女がらみの話題とは、という思いは、いま、あまりにいろいろありすぎて埋もれ、表情にならなかった。
「それだけだ。悪かったな、時間をとらせて」
恵はローブを翻し、朱鳥に背を向ける。フードを被ると、その姿が薄くなり、ついには見えなくなった。
もう声も出なかった。この数分間は幻だったのかもしれない。
床に落ちたままの端末を拾い、溜息をつく。黒く焦げてしまって、なんの反応もなかった。
夕陽はその出番を早々に切り上げ、無機色によって切り取られた狭い空には今夜の主役であるはずの満月すら見え隠れするのみだ。街の中心を離れた住宅街は、人が外を歩くには不安な暗さで、いつもの帰宅時間とは一味違う静けさを、朱鳥は感じた。
魔法使い、斎藤恵との接触の後、職場に戻った朱鳥は、体調不良を理由に早退を申し出た。今回の一件は、仕事に支障をきたすには充分だった。
「魔法、ねえ」
自分は魔法使いである。端的に言えばそれだけだが、実感なんてありもしない。そんなファンタジーが実在し、よりによってこの歳で、自分が当事者だとは。しかしどう拒絶しても、今こうして、そう思うだけで、炎の魔法は使える。
惰性で日常にしてしまった異常なこの名前が魔法だと、知ったにすぎない。とはいえ楽観視しきれない。『教室』の斎藤恵は現れた。
もっと色々、聞いておくべきだったんじゃないのか。
『教室』は組織らしいが、いったいどういうものなのか。お決まりのパターンとして、敵対組織がいて、争いになるのだ。
さすがにそれは妄想がすぎるとしても、なまじ魔法使いが他にいることがわかっただけに、こちらから接触を図れないのがもどかしい。身近にいないものか。
もはや魔法使いは受け入れるのが賢い判断だろうか。苦い薬を飲み下す思いだ。
そういえば何事か頼まれていたはずだが、自分のことでいっぱいで殆ど頭には残っていない。今後、どう連絡を取り合うかも分からない。
「幼女…………」
ぽっと出た言葉に思わず、自分で手で口を塞ぐ。それで言ってしまった事実が消えるわけではないが。呟いた程度の声量だったのが幸いだった。
幼女――10歳くらいの童女が、一人で歩いている。離れているが、こちらに向かって歩いてくるのに気付いたのだ。遠目に観ても目奪われる美しい少女が、この時間帯に、この道を通るというのは知らなかった。
しかし、異様だ。普通に考えれば学校帰りか塾帰りだが、少女は何も持たず、うつむき、垂らした長い髪で表情は覗えず、足取りは重い。そして身なりが、特に異様だ。服は袋に穴を開けて頭と手足を出しただけのようなもので、素足にはスリッパのようなものを履いている。全体的に煤けてぼろぼろで、質素を超えてみすぼらしいとさえ言える。
事件性を感じるのだ。そもそも女の子が一人で出歩くなんていうのも、最近の世間を鑑みても危険だ。そして社会からすれば朱鳥が危険人物にされることもある。そう考えてしまっては、近付くことは、ましてや話しかけることもできず、ただ互いに歩き続けて、すれ違うのを待つだけ。無関心を装う。関わらないことが、どちらにとっても安全。
せめてこの一期一会を目に焼き付けようと、何度も横目で見やる。辺りに他に人はなく、少女もこちらに気付く気配はない。今は見るだけが精一杯だ。
すれ違う一瞬、朱鳥は息を呑んだ。少女がこちらを向き、視線が交わったのだ。その瞳は、それ自身が輝いているようで、宝石に比しても劣ることはない。夜に浮かぶ月、あるいは地球。遠ざかる背中に幻視しながら、朱鳥は立ち止まっていた。
ふと、鋭敏になっていた神経が人の気配を拾った。朱鳥は咄嗟に近くに路駐してあった軽自動車のかげに身を隠した。
なんだか自ら危ない状況を作ってしまった気がするが、もうこのまま、誰にも気付かれないように少女の背中を眺めるしかないだろう。
察知した気配の持ち主が過ぎていく。厚手のコートを着た、40代くらいの主婦に見える。もしもこれが男であるなら、不審人物として警戒するのだが、こうなればもう自分の身を案じるだけだ――
「おい、冗談だろ……」
遠ざかる、少女と距離を詰めているその女性の右手に、不穏なものが握られているのが見えた。金属色の反射光によって映えるそのシルエットは、拳銃だ。
そんな馬鹿なことがあるか。ここは日本だ。モデルガンかなにかだろう。そもそも、本当に拳銃だったのか、目は悪くないが、もう夜だ。
いや、違う、そうじゃない。直視しろ。あの主婦風の女性は、普通ならこの時間帯なら買い物帰りだろうが、持っているのは銃らしきものだけ。あれがモデルガンにしろ、そんなものを持って、幼女に近付く人間がまともなはずはなかった。
どうする。思い込みや勘違いである可能性は大いにある。そしてそれ以上に、そうだったときの恥ずかしさを思っては、体は動かない。状況に介入し、流れを変えたくない。そうして思考にフレームを作って、自然に生きてきた。
主婦が銃を構えた。少女に狙いをつけている。少女は、気付いてくれない。俺だけが気づいている。ここを動かなくても、俺が証言すれば事件解決の助力になるだろう。
「く……そ……っ!」
体は動いた。体力の落ち始めた体に鞭打って、全力で二人に向かって駆け出していた。英雄願望があったというのか。大きく変わってしまうぞ、いいのか、こんなことをして。
主婦が頭をこちらへ向けた。続いて少女も振り向いた。だが逃げない。驚いた顔で朱鳥を見つめるだけだ。主婦の意識も朱鳥に向いた。右手の拳銃がいやに目に付く。だがもう足は止まらない。
姿勢を低くして、叫びながら体当たりをした。主婦は吹き飛んで、拳銃が手から離れて滑っていく。
「誰か!警察!110番して!」
拾い上げた拳銃に本物の質感と重さを確かめながら、朱鳥は改めて叫んだ。朱鳥は、立ったまま動かない少女の手をとって再び走り出した。
角を曲がって、塀のかげに隠れる。ブロック塀を背もたれに座り込んで「くそ、あの人!」自分でも通報をしようとしたが、端末は壊されていたのだった。しかし、結構騒ぎ立てたはずだから、密集する住宅の誰かひとりくらい、通報してくれているはず。
――静かだ。静か過ぎる。誰もいなくなったと錯覚できるくらいに。いや、家屋には人の灯りも気配もある。これだけ騒いだのに静かだから違和感があるだけで、たぶん平時の住宅街なのだ。だから、いなくなったのは自分たちだと、そんな言葉が浮かぶくらいには、異常だった。
さらに異常が、手の中にもあった。拳銃が、ひび割れて、ついにはざらざらと崩れて灰色の砂となって消えてしまった。
「うそ、だろ……」
なにが起きている。本当に現実か、俺の人生か?なんてイカれた一日なのだろう。
「ねぇ」
聞いたことのない音が、とてもやさしく耳朶を撫でる。すべての思考と動きが中断された。その声は、朱鳥を見下ろしている。
少女は怯えた様子もなく、朱鳥の前に立っていた。幼く小さい体を、朱鳥に近づけてくる。
「ちょっ、と――」
少女は屈み、朱鳥の体を這うように、首に腕をまわして、顔を引き寄せる。吐息も脈動も、密着している。
朱鳥は身をよじって、逃れるように顔を上げる。少女はなおも迫り、あいた朱鳥の首筋に、唇を触れさせた。
「あ………――」
やわらかい。あたたかい。くっついているところが全て気持ちいい。全身が熱に浮かされて、ぼうっとする。
少女が唇を離し、そのまま朱鳥を見上げる。
濡れたように光る星の瞳、まだ感触の残る唇、ふわふわな肌、不思議な色に流れる長髪。
隠れて見えない肢体、歪な布の隙間から覗き、誘っている。
全部を見たい。じっくりと全て、好きにしたい――
「――――なんなの、あなた。どうして結界の中に……」
攻撃的な色をした声が、朱鳥に現状を思い出させた。
丸腰になった主婦が、角に立って二人を見下ろしていた。ブロック塀に右手をかける。
「<
そこへ光る円形の模様が浮き出て、音もなくブロック塀が手のひら大に窪み、女の手には、その塀と同じ色をした拳銃が握られていた。
銃口の暗い穴を、朱鳥は真正面から見た。
誰も気付かない住宅街。崩れる拳銃。出現した拳銃。
このファンタジックな事態を説明する言葉を、朱鳥は知っていた。さっき知ったのだ。
朱鳥は銃に、掌をむけた。
体が熱かった。腹の奥、皮膚の下、じりじりと灼けるようだ。朱鳥は、熱を吐き出す思いで、炎を出現させた。想像以上の火力となって、空気を焦がす音の暴力を伴い、巨大な壁となって燃え上がった。
女が呻いた。そして、察した。銃口は業火に溶け、ごうとそびえる炎壁は干渉を拒み続けた。
「魔法使いか!」
朱鳥は少女の手をとり、立ち上がる。真昼ともとれる煌々とした炎を背後に、二人は満月夜の街を駆けていった。
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