絶対王政のエピローグ
慌ただしい足音に、全員が何となく顔を上げた。
作業も終わり、職員室へと向かった香坂を見送る。各々が荷物に手を伸ばし、ホッと1息をつく、最も気が緩んだ瞬間に、奴らはやってきた。
「さーぁ、服装チェックの時間だぞ貴様ら!」
心底楽しそうに乗り込んできた本人の耳には、これ見よがしにいかついピアスがぶら下がっている。お前が言うな。おそらく、その場にいた誰もがそう思った。
「人に言う前に自分が何とかしろよ・・・」
皆を代表するように、天河がぼやく。皇牙は気にするそぶりもなく、悠々と化学室へと足を踏み入れた。人影が、1つだけ続く。2人だけで、あんなにも騒がしい足音を立てていたのだろうか。
「はいはい失礼―、うっわ、化学室とか久しぶりに来た」
影が分かれ、見覚えのある女子生徒が物珍しそうに辺りを見回した。
全校集会で見たことがある。生徒会役員の1人だ。
突然の襲撃に皆が黙って様子をうかがう中、利市が1人小さく声を上げた。
「あんた、あんときの・・・」
「覚えててくれて光栄だよ。麻生利1クン」
「?なんで俺の名前・・・」
少女の方は、利市の疑問に答えることなく澄ました表情で小首をかしげている。
「さぁて、何ででしょう?」
「あんたさては性格悪いな?」
苛立ったようにひそめた利市の眉は、次の瞬間にはあっさりとほどけた。
利市の背中にピタリとくっつき、柚季が興奮した様子で少女を見つめている。
「さ、桜井?」
「りーちくんって、鈴宮先パイと知り合いだったの?」
「鈴宮・・・あぁ、コイツ?体育祭の時、ちょっとな。つーか桜井こそ知ってんのか?」
「なに言ってんの!鈴宮早速先パイっていったら生徒会兼演劇部の花形で有名じゃん!文化祭でも主役やってて超かっこよかったんだから!」
「見ててくれたんだ、ありがと。嬉しいよ」
早速に笑いかけられ、柚季はアイドルにでも会ったように目を輝かせた。
「あのっ、入学してからずっとファンでした!この前のもすごくよかったです!」
「な、なんか照れるなぁ・・・」
満更でもなさそうにはにかむ早速と、普段よりテンションの高い柚季。そして、2人に挟まれ居心地悪そうにたじろぐ利市、という光景を、出水は微笑ましく見守っていた。
対面では、皇牙も初めて見るような柔らかい眼差しを3人に向けている。
「・・・利市」
名前を呼ばれ、利市は怯えたようにそちらを見遣った。
天河の後ろに、般若が見える。理由は分からなくても、起こっていることは明白だ。
「お前今、体育祭っていった?」
「あ。あぁ、ホラッ言ったろ?保健室で具合悪くなった奴看病してたって」
「それが、鈴宮さん、ってこと?」
「お、おぅ・・・」
気圧されたように、利市がのけぞる。しかし、柚季がピッタリ張り付いていたままで、大して天河との距離を広げることはできていない。身軽な天河が利市に近づくと、何を思ったのか早速も利市との距離を詰めた。
「な、なんだよ・・・」
「こっのばか!」
久々に、バシン!と勢いのある音が響いた。
「いって!何なんだよマシで!俺何も悪くなくね!?こいつ看病してただけだろ!」
ペシペシ、と文字通り利市の頭に叩き込まんばかりに、天河の武器が動く。
「っ、あはははつ!君いーこだね~!いい子いい子!」
震える声で、早速はあろうことか利市の頭を撫で始めた。
片側からは、ノート(金属板入り)でどつかれ、片側からは結構な力で撫でられ。
利市に首が、見ていて心配そうなほどに揺れる。
「お前なぁ・・・それ、この人の演技。何まんまと騙されてんの」
「は?演技・・・?」
「えー、違うわよぅ」
口をとがらせながら利市を撫でる早速を見て、出水は確信した。
この人は、会長と同じ人種だ、と。
「弟君ってばひどーい。私が嘘ついたっていうの?」
「嘘も何も、あんたが会長と組んでこいつを足止めしたんでしょうが」
「弟君こわーい。そんなにカリカリしないでよー」
「・・・あと、その(弟君)って呼び方やめてください。俺には天河って名前があるんです」
「だって、神谷会長の弟君じゃない」
早速の言葉に、天河が小さく唇を噛んだのが分かった。よく見ていなければ分からない位わずかに、それでいて確かに。
「・・・早速。そろそろ時間だ。始めるぞ」
意外にも、止めに入ったのは皇牙だった。いぶかしむように、かばわれた天河本人が目を眇める。凪いだ皇牙の表情からは、その真意は分からない。
「了解。いやぁ久しぶりに君に会えてはしゃいじゃった。ごめんね?」
そんな顔しないでよー、と、早速の手が強張っていた天河のほほをつぶした。
グイ、と顔を押し上げられ、天河の体が小さくよろける。細くて美しい早速の指は、的確に天河をとらえていた。
「・・・痛いんですけど」
「あら、それは失礼」
演劇部だという割に、早速の言葉には感情がこもっていない。ちっとも悪いと思っていないのだろう。早速は踊るような軽やかさで、皇牙の後ろへと自分を収めた。
「それでは、今から抜き打ち服装チェックをする」
真っ直ぐこちらを見ながらそう言った皇牙は、今まで見たこともないくらい(生徒会長)の顔をしている。自然と、全員が神妙に黙り込んで背筋を伸ばした。
「さて・・・麻生、シャツのボタンを開けすぎだ。1つ閉めろ。」
「へーい・・・」
皇牙は自身がこんな身なりをしていながら、校則にうるさい。破って目でもつけられたら厄介だから逆らうな、というのが生徒の間での暗黙の了解だ。
「桜井、スカートの丈が短い」
「はぁい」
あの柚季でさえも、大人しく上げていたスカートを下ろしている。
次は自分の番だろうか。1年生2人は、どちらからともなく身を寄せ合った。
皇牙の視線が、2人をまとめて撫でる。
「安藤、よし。白石、よし」
ホッと息をつき顔を合わせて笑いあう2人に、皇牙はすねたように眉をひそめた。
「貴様ら、僕をなんだと思っているんだ。僕におびえすぎだろう」
「いつもあんたが俺にしてることを見てるからでしょうよ・・・」
「何をいう、僕はこんなにもお前を可愛がってるというのに」
いたぶる、の間違いではないだろうか。出水はそう思ったけれど、とても口にはできなかった。
「・・・おやおや?神谷ぁ。校則違反はいかんなぁ」
丁度いい獲物を見つけたように、皇牙が目を細める。舌なめずりの音まで聞こえてきそうだ。天河は付け込まれないようにと背筋を伸ばした。
「俺のどこが?あんたと違って俺はまじめですから」
おそらく、天河以外はそれに気づいていただろう。皇牙が思わせぶりに自分の胸ぐらをたたく。つられたように手を伸ばし、天河はサッと顔を青くした。
「えっ、アレッ!?ネクタイが・・・」
首回りが、いやにすっきりしている。シャツのボタンが行儀よく並んでいた。
「!鈴宮さん、あんたでしょう!」
「なにそれ、私知らなーい」
「白々しい・・・さっき俺の顔つかんだときとったんでしょう」
顔を持ち上げていたのは、首元から気を逸らすため。
「弟君、ポ・ッ・ケ」
「ポッケ・・・?」
ネクタイの指定席の、更に下。ほとんど飾りと化しているブレザーのポケットから、特徴的な模様が覗いていた。小さなポケットに、器用に仕舞われている。
「マジシャンかあんたは」
「隙だらけなんだもん、ちょろいちょろい」
案外抜けてるわよね、と早速は心底楽しそうに笑った。痛いところを突かれたように、天河が拳を握る。照れ隠しなのか、ネクタイを戻す手つきは少々荒かった。
「ハイッ!これでいいんでしょう。さっさと他のところチェックしに行けよ」
「問題ない。文化部は回ってきたし、帰る奴らは校門に人を置いてある。運動部は練習後を見ないと意味がない。というわけだ。喜べ、時間はたっぷりあるぞ。そう追い出そうとするなよ。お前にはまだ話があるんだ」
「帰れよ・・・大体、今日は委員会があるから来なくていいって言ったのはそっちじゃないですか」
「確かにそうはいったが、迎えに行かんとも言った覚えはないぞ」
夕日をうけて、皇牙の茶色い瞳はさらに透明感のある光を返している。
美しいはずのその光は、底なし沼のような妖しさがあった。
「それに、お前にはもう1つ問題がある」
「はぁ?俺別に何もしてませんけど」
「・・・内ポケットにあるものを出してから言ってもらいたいものだな」
天河は苦々しげに、皇牙は楽しそうに目を細める。天河は自分の武器をかばうように、半身を少しだけずらした。
「さぁ、さっき麻生を殴っていたものをだしてもらおうか」
チッ、と天河が舌打ちを漏らす。
「別に。メモできるように小型のノート入れてるだけですよ」
下手に隠すのは得策ではないと考えたのか、天河は(武器)を取り出して、ヒラヒラと振って見せた。きちんと固定してあるのか、中身は落ちてこない。
「早速」
「あいよー」
息の合った2人はクルリと前後を入れ替わると、早速が天河のノートへと飛びついた。事物を奪った方が手っ取り早いと考えたのだろう。
「ちょ、何してんです、か・・・」
早々に(武器)を仕舞おうとした天河の手に、既にノートはなかった
お返しとばかりに、皇牙がノートを振る。
「お前、猫だましとか効くタイプだろう」
まんまと、トカゲの尻尾を掴んだようだ。トカゲ本人が、ノートを開く。
「さて、これはなんだ?」
「・・・見ての通り、金属板ですけど。どうせ姉ちゃんから聞いて知ってたんでしょうが」
「さぁな。だが、生徒会長としてこんな危ないものを見過ごすわけにはいかん」
「いや、あんたが一番歩く校則違反だよ・・・」
「ネクタイだけなら見逃してやってもよかったが、2つの違反となるとなぁ・・・」
「いやネクタイはさっき自白したろそこの人」
「と、いうわけで」
いつも通り、天河の声など届くはずもなく。
「生徒会室、行こうな?」
そういって、絶対皇者は微笑んだ。
皇牙の背中を見ながら、背中に早速を感じながら、廊下を歩く。別に何もしていないけれど、連行される囚人の気分だ、と天河は思った。天河の気持ちなど知らぬ前からは、かすかに鼻唄が聞こえる。最近流行のそのメロディーは妙に心地よくて、それが少し腹立たしい。
「よーし、皆そろってるな」
「えっ・・・?」
生徒会室のドアを開けた皇牙の台詞に、違和感があった。
いつも、こうして生徒会室に連れてこられるときは、大体皇牙と1対1になる。
そうやってネチネチと絡まれるわけだが。
「さぁ、神谷も早く入れ。」
会議室のように並んだ長机と、詰め詰めに並んだ椅子。その1つ1つに、人が座っていた。
前に立つ皇牙をにらみつつ、天河は空いていた手前の椅子に腰かけた。
「待たせてすまん。そこの馬鹿がなかなか素直にきてくれなくてな」
長引かせたのはアンタだ。座っていた面々は、同情するような視線を天河に送っていた。
今までのやりとりで、いろいろと察したのだろう。
見回すと、そこに座っているのは生徒会役員だけではなく、何人か見覚えのない生徒も混ざっていた。自分と同じ(被害者)だろうか。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない、僕らの(オリエンテーション)の話しだ」
「ゲッ・・・」
思わず、渋い声が漏れた。一瞬だけ天河に視線が集まり、すぐにほどける。
「僕らの任期ももうすぐ終わる。その最後を、この面子に手伝ってもらいたい」
嫌味も含みも何もなく、皇牙の声は子供の用に踊っていた。
「今年の(オリエンテーション)は、球技大会をやるぞ」
実験委員会録 稚早 @tihaya
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