6.5回目 認めて進んで吹っ切れて
視線すら、バレる材料となる。
そう頭では分かっていても、出水は時折そちらを見ずにはいられなかった。
「んー、こっちのチェック終わったよー。りーち君の方は?」
「もーちょい。あ、桜井、それそっちじゃねーぞ」
「あっ、ホントだごめんごめん」
いつもと同じように、利市と柚季が薬品のチェックをしている。
その光景には、何の変化もない。
「この前はごめん!まぁたりゅーじとりょーじが喧嘩しちゃってさぁ」
なんて苦笑しながら入ってきた柚季も、いつも通りだ。
二人の奥では、安藤が黙々と洗い物を消化している。出水と違い、その視線がぶれることはない。その横には、シャーレが山となって積まれていた。
(よく平然としてられるなぁ・・・)
安藤は出水より早く利市の片思いを知っていたはずなのに、よく顔色一つ変えずに過ごせるものだ。出水なんて、利市の想いが自分の中で形になってからというもの、どうにも落ち着かない。香坂からの指示を受ける間に、どうしても空白ができる。
「白石さん?」
「!あっ、ハイっ!?」
「大丈夫?これ、持っていくの手伝ってほしいんだけど。」
「だ、大丈夫です、すみません・・・」
天河から渡された荷物が、重りのように出水の視線を安定させた。
「じゃ、隣いこうか」
言われるままに、化学室に飛び込む。来週の実験で使われるビーカーたちが、出水の呼吸に合わせて重々しい音を立てた。
「・・・ふはっ、白石さん意識しすぎ」
「返す言葉もありません・・・」
「あれじゃ怪しすぎるよ。・・・ま、バレたらバレたで面白いけどね」
天河は荷物をおくと、至極愉快そうに肩をすくめた。出水としては、自分のせいで利市の想いがバレたりしたら、後が怖いのだけれど。
「その時はその時。本人が頑張って平静装ってるんだから、白石さんもがんばってね」
「はい・・・」
「こっち終わったよー、そっちは?」
頑張ります、と続けるために舌を濡らした瞬間に、体が強張る。天河は出水から意識をそらすため、さりげなく一歩前に出た。
「もうすぐ終わるよ。置くだけだしね」
「分かった、じゃぁこっち出る支度しとくねー」
「うんよろしくー」
裏にある事情をすべて知る出水ですら、騙されそうになる自然な笑顔。
出水はありがたくその陰で小さく呼吸をして動揺を吐き出した。
柚季が引っ込むと同時にその笑みも引っ込み、いつもの人の悪い笑みが浮かぶ。
「今のはしょーがないね、うん」
「楽しそうですね・・・」
「だって白石さんの反応が一々面白いんだもん」
天河は手早く仕事を済ますと、大きく伸びをした。やがて、準備室のドアが開き、一気に活気があふれる。
「よーしお疲れさん。それじゃ、鍵頼むな」
「はーい。お疲れ様です」
香坂はいつも、委員会が終わった後はそそくさと職員室に戻っていく。教師、それも新米ともなれば、やることは多いのだろう。
香坂を見送り、各々が自分もと荷物を手に取る一方で、天河だけは鞄を開いて中を探り始めた。
「安藤君、これ返すね」
先週も見た(化学)のノート。その中身を、この場にいる全員が知っている。
ただ一人を除いて。
「?何それ?」
先日、認が遊びに来た日に柚季は来ていなかった。けれど、(話題)には上がっていたから、その(存在感)は十分過ぎるほどで。
「何って、安藤君の小説。昨日認から返って・・・き、た」
天河は、いつも澄ました顔で利市をからかったりしている。けれど、自分の予想していなかった事態が起こると、思いの外顔に出るのだ。丁度、今のように。
自分のしたことに気付いた天河の表情は、安藤が泣いているのを見たときと同じように強張っていた。
「えっ・・・いっくん小説書けるの!?」
「・・・神谷先輩?」
柚季から安藤へ、好奇の眼差しが
安藤から天河へ、非難の眼差しが飛び交う。
「ゴメン・・・この間も桜井さんの話題が出たから、いなかったの失念してた」
「ユズの話題?何の話したの?」
(うわぁこの人話そらすために友達危険にさらしてるよ・・・)
利市は非難などではなく、ただ緊張した面持ちで天河を見ていた。
「この前、俺の従妹が遊びに来ちゃってさ。皆を紹介してて、桜井さんって人もいるって話をね」
「天河君の従妹!?いーなぁっ、見たかったぁ」
「来年うちに入ってくるから、その時は仲良くしてやってよ」
「勿論っ!ちゃんと紹介してよね」
「分かった。来年もこの委員会があれば、たぶん入ってくると思うけど・・・」
「そうなの?じゃ、来年が楽しみだねっ」
天河が華麗に話を逸らしたことよりも。
(来年も)この委員会が(あれば)
言葉の中にさりげなく埋め込まれた現実。
(そうか・・・お試し期間だから、来年もあるか分からないんだ・・・)
楽しみだとはしゃぐ柚季に、話は逸らせたと息をつく天河。
こんな光景も、もうすぐ無くなるかもしれない。理解していたはずなのに、初めて心の中で形になったように、実感が湧いた。
「・・・で?」
センチメンタルな気分に浸っていたのも束の間。
今にも歌いだしそうな調子の声と今にも踊りだしそうなステップで、柚季の視線がとらえたのは安藤だった。
「ねーいっくん?」
目的ははっきりしている。安藤はきつくノートを抱き、一歩後ずさった。
「・・・っ、白石さん」
「へ?わっ!」
早くしまえとばかりに、(化学)のノートが胸に飛び込んできた。
「・・・白石さんが、読み、終わったら・・・」
「!ユズにも見せてくれるの?」
安藤の顔に一瞬後悔の文字が浮かぶ。小さく首を振ってそれを振りはらい、安藤はようやく頷いた。
「っ~~~!ありがとういっくん!」
「・・・読んで後悔しても知りませんからね」
早口でそういって、安藤は挑発的に柚季を見上げた。
「大丈夫!どんなのでもどーんとこい、だよ」
出水よりも小柄なはずなのに、そう言って胸を張る柚季の姿は力強く、不思議と頼もしい。
安藤は吹っ切れたように肩の力を抜いた。全員の間に、ほっとした空気が流れる。
安藤はテンションの高い柚季を苦手としていると思っていたけれど、案外そうでもないのかもしれない。
そう考えた出水がのちに
「ちょっと意外でした。あっさり桜井先輩に見せるなんて」
といったときに
「だって・・・あのまま拒否してたら、あの人余計うるさそうだし」
と答えたのは、出水だけの秘密である。
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