第26話 指輪---Epilogue---
この日、シズクの機嫌は最悪だった。
それはもちろん魔王とクローディアの関係について知ったためである。彼女が勇者の力を失い目覚めたときに、シズクにそれを教える必要は当然無かった。
シズクが目覚めたときは何故か南の深黒大陸にいて、知った顔以外は全て人在らざる者である。魔王が再び人間と接触した情報は、国外には洩れていない。
彼女がその時どの様な衝撃を受けたかは、説明の必要はないだろう。ただ、もっと大きな衝撃が待っていたわけであるから、周りの者があえて最低限の情報を伝えるにとどめたという事になる。
「それでも、絶対納得できないわ!」
シズクは補修されたドアを開けて、客間の中で一人叫ぶ。
自分のアピールのため、ほかのメイドが運ぶ料理をわざわざ代わって運んだのだ。そこで見たのは、同じベッドで眠りについていた魔王と親友であるクローディアの姿。しかも、甲斐甲斐しく魔王を起こそうとしたのだ。
クローディアから二人の関係については説明を受けたが、いくらそれが女性なら少しは夢に見そうな内容だとしても、それとこれは話が別である。
自分と魔王の出会いについても、それは在る意味夢に見るような内容だとシズクは思った。だから彼女は気持ちに素直に、積極的に行動する事にした。
その頃、魔王は執務室でたまった仕事に追われていた。横にメラルダが付き、書類の内容の説明や相談を行う。
「マルク様、一息入れましょう」
メラルダがタイミングを見て、魔王にお茶を差し出す。
「ふむ、助かる。しかし、朝のシズクには驚いたものだな。まさか俺に惚れるとは。まあ、クローディアとの事は説明したから、これであいつも仕事に集中してくれるだろう」
そんな魔王の台詞をメラルダは、目を細めて否定する。
「マルク様は女性の心理を甘く見過ぎです。そう簡単に彼女は引き下がらないと思いますが」
それを聞いた魔王は、顎に手をやり手元のお茶に視線を移す。
「そういうものか?クローディアのことなら俺はよくわかっているつもりだがな」
「クローディア様には嘘がないからそう思うのです。そんなクローディア様という存在は、女性としては逆に珍しいでしょう」
「それは、メラルダも俺に何か嘘をついているという事か?」
メラルダはそんな魔王の言葉に、軽く笑みを浮かべる。
「さあ、どうでしょうか?」
一方クローディアは、その頃戦いの中にいた。額から汗が流れ、その息は荒い。普段の戦いと違うのは、手に握る剣が練習用の木剣であることぐらいだ。
今クローディアの前にいるのは、これまで戦った経験のない相手だった。クローディアは身を低くして突進し、相手に向かい鋭い突きを放つ。
しかしそれは目の前の敵の太い腕が素早く遮り、軽く横に流された。クローディアの身体が地面に転がり、赤い砂煙が上がる。
「ぐるるっるるるぅ」
「そんな軽い剣では痛くも痒くも無いと言っています」
クローディアにグルル、アルマ夫妻の声が届く。
「くそ、まだ届かないか!」
「ぐるるっっ」
「剣が素直すぎると言っています」
失踪中となったクローディアは、センターサウス王国に帰ることが出来ないため、今は魔王城で魔王の武術指南役であったグルルに稽古をつけてもらっていた。
「なら!」
クローディアは左右にステップをし始めると、そのスピードを徐々に上げ、高速フェイントを交えた攻撃に変化させた。グルルは身体の割に素早い動きをする。勇者の力を使わずにグルルの動きに対応するには、力で敵わない以上、スピードしかなかった。
「もっと早く!」
クローディアは自分に言い聞かせた。
クローディアの剣は、身体が左右に移動する度に異なる軌道を描く。スピードは更に上がり、剣の軌道は残像のように揺らいだ。
そして、グルルは見た。まるでクローディアが何本もの手と剣を持ち、同時に襲いかかってくる姿を。
グルルは両腕をクロスして、クローディアに突進を行う。グルルの両腕に揺らいだ剣が何本も同時にぶつかったかと思った瞬間、クローディアの剣は木っ端みじんに弾け飛んだ。
「ぐるる、ぐるるっっるる」
「良い攻撃だ、聖剣であれば両腕を持って行かれていた、と言っています」
「あははは、ありがとう。でもグルルは本当に強いな。剣を持たない相手にこんなに苦戦するのは初めてだ。本当、世界は広い」
クローディアはグルル、アルマ夫妻に頭を下げ、練習につきあってくれたことに感謝をした。
「ぐるっるるるるるっっるる」
「今度は格闘術も教えてやる、と言っています」
クローディアは、是非頼むと、二人に笑顔を向け改めて感謝した。
そう、もっと強くならないといけない。剣も心も、仲間に助けてもらうにしても、その仲間を助ける力を持たなければ意味がない。クローディアは自分にそう言い聞かせる。
そんなクローディアを、少し離れたところで二人寄り添うように座り、優しく見つめる魔法使いと戦士の姿があった。
そして、センターサウス王国に料理長と再び戻ったマリアンヌは執務室の中で魔王と同じように書類の束に悲鳴を上げていた。
「あのクソ陛下、書類整理ぐらい体調悪くてもやっていてほしいものですわ!」
魔王関連はマリアンヌに任せていたが、それ以外の執務が体調不良を理由に一向に進んでいなかった。戻ったマリアンヌは激怒し、王に嵐の勢いでクレームを言ったところ、王は更に体調を悪化し今も寝込んだままである。
「マリアンヌ、これ食べる、落ち着く」
料理長がマリアンヌの口に、特製の菓子を差し込む。マリアンヌはそれを気にせず、はむはむと菓子を食べた。
「料理長、ありがとうですわ。落ち着きました」
冷静になったマリアンヌは、別の書類を取り出し内容の確認をする。
「シズクから渡された深黒大陸との貿易の内容、なかなかの出来ではないですの。さすが、イースト公国で腕を振るっていただけはありますわ」
マリアンヌは軽快な音ともに、その書類に判を押した。
グルルとの訓練を終えたクローディアは、大浴場で汗を流して魔王の部屋に戻ろうとしたところをメラルダに声をかけられた。
「クローディア様、魔王の間までお越し下さい」
「魔王が呼んでいるのか?」
「はい」
メラルダはそれだけいうと軽く頭を下げ、去っていく。クローディアは何だろうと思いながら魔王の間へ行くと、そこには少しそわそわした魔王がいた。
魔王はクローディアの姿を見ると、よく来た、と声をかけた。
「どうしたのだ魔王、仕事中なのだろう?」
「いや、仕事は今終わったところだ。今日はお前に渡したいものがあってな」
「渡したいもの?」
クローディアが首を傾けると、魔王は小さい箱を取り出しクローディアに差し出す。クローディアは魔王の顔を一度見てから、その箱を受け取った。
「開けて良いのか?」
「ああ」
クローディアがその小箱を開けると、中には赤い宝石の付いた指輪が入っていた。その指輪からは微弱ながら魔力も感じる。
「クローディア、お前から結婚を前提のつき合いをして欲しいと言われながら、俺はお前に何も返していなかった。結婚はあの存在を倒した後になるかもしれないが、今は婚約指輪としてお前にそれを渡したい」
クローディアは指輪から魔王に視線を移し、赤い顔でその小箱を胸に抱きしめた。
「魔王、ありがとう。私は、本当に嬉しい。私はがさつな女だし、結婚と言っても他の女性と比べて感覚が違うのではと悩むこともあったのだが……」
クローディアは指輪をとり、左手の薬指にゆっくりとはめる。それはぴたりと指にはまった。
「この指輪からは魔王の私に対しての誠実さを感じる。そして、私も女だったのだと、心が熱くなるよ」
クローディアは自分の一部となった指輪を見つめた。
その時、クローディアの後ろで何かが落ちる音がした。クローディアが振り返ると、そこには手元から、魔王に見てもらおうと夜なべして書いた貿易の草案の束を落としたシズクが、呆然と立っていた。
シズクの目からは光が失われている。
「どうしたのだ、シズク。大丈夫か?」
魔王がシズクに声をかけると、下を向いたシズクから小さく声が聞こえた。
「……下さい……」
「ん、何をだ?」
シズクは涙目で魔王を見て叫ぶ。
「私にも指輪を下さい!」
魔王とクローディアは言葉を失った。クローディアは何事かと、シズクを見て口を開く。
「シズク、これは魔王からの私への婚約指輪なのだ。だから、同じ指輪は用意できるものではないぞ」
「そんな事分かっているわよ!どんな指輪でもいいのよ、私は魔王様から指輪をいただきたいの!」
子供のようなシズクの駄々に、魔王とクローディアは顔を見合わせる。そして二人して言った。
「「それは駄目だ」」
シズクは子供のように泣き出す。それを魔王とクローディアが二人して宥めようとするが、なかなか泣き止まない。そんなシズクの首もとに、クローディアが仕方なく軽く手刀を落とすと、シズクは静かになった。
「やっと静かになったか」
クローディアがそう言うと、魔王は複雑な顔をする。
「もう少し別の方法があったのではないか?」
「そうか?煩い相手はこうやって静かにするのが一番だと、以前戦士が教えてくれたのだ」
クローディアは、白目をむくシズクを抱きかかえ、静かに床に横にする。
「魔王の指輪は私だけのものだ。だから、他の誰の頼みでも指輪は贈らないでくれ」
クローディアは頬を少し膨らませ、魔王の顔を見る。そんな子供のようなクローディアの顔を見て魔王は笑った。
「ああ安心しろ、指輪はお前にしか贈らない」
クローディアは、その言葉に満面の笑みを浮かべ、魔王と唇を交わす。共に生きると誓った、魔王と作る二人の未来を夢見て。
了
勇者と魔王は許嫁 i-mixs @i-mixs
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