第25話 片思い

「クローディア、、、?」

 首元へナイフを向けたシズクが、クローディアを見つめた。クローディアは出来るだけ冷静に、シズクに向かい合おうと努める。

「シズク落ち着くんだ、頼む」

 クローディアは、ゆっくりとシズクに近寄ろうとするが、それを見たシズクは困った顔をした。


「クローディア、話は聞いたわ。あれは夢じゃなかった。私、これからどうしたら良いかわからない。たくさんの守るべき国民をこの手に掛けたなんて、王女失格。何かもう、本当にぼろぼろだわ、、、」

「それでも、シズクは操られていただけだ。だから悪いのはシズクじゃない!」

 クローディアはシズクの視線に歩みを止めていた。深追いは出来なかったのだ。


「クローディアは戦って、人を殺したこともあるのよね?」

 クローディアは何もいわずに、頷く。

「ねえ、教えて。人を殺したという事実をどう受け止めて、あなたはどう耐えているの?」

 シズクの握るナイフが震える。クローディアは嘘はつけないと判断し、正直に話すことにした。

「私は、初めて切り倒した人間の顔を今でも覚えている。そして、断末魔の顔は今でも夢に出る。私は戦い続ける限り、彼の顔を忘れることはないだろう」


 クローディアは聖剣を握る手を一度見つめ、シズクに視線を戻す。

「私は戸惑いながらも、信念を持って戦ってきたつもりだ。でも私の手は命を奪った血で汚れた手だ。それは事実だ。それでも、戦いの中で私が奪った命は、何かで癒すものではなく、私が生涯戦っていく中で償うしかない」

 そうだ、とクローディアは自分に言い聞かせるように続けて言った。

「癒すことなんて絶対に出来やしないんだ」


 シズクは愕然とした顔でその言葉を聞き、口を開く。

「そんな、、、厳しすぎるわ、クローディアは。癒すことができないなんて、今の私には償う信念なんて持てないわ、、、」

「なら俺が持たせてやる」

 シズクとクローディアが振り向くと、体から強い気を放つ魔王がシズクを睨んでいた。シズクはその圧力に一歩後ろに下がる。


「俺もお前を不幸だと思う。お前はただ操られただけなのだからな。だが、奪った命は決して戻りはしない。それを背負う信念がないのなら、俺がお前に信念を与えてやろう」

「私に信念を与えてくれる?」

「俺に仕えろ、そして、人間の意志を弄ぶ存在に対して共に戦うのだ。その戦いの中で、お前は奪った命に対して償いをすればよい!お前のような者を二度と誕生させないために」


 シズクは目を見開き、魔王を見つめる。巨大な力を持つ、今となっては伝説に近かった魔王という存在。彼が悪い男でないことは、ここに来て聞いた話と直接関わった事で理解している。

「私が、あなたの下で、、、」

 シズクは目を閉じると、手にしたナイフを首の後ろに回して、一気に引いた。

 それをクローディアが止めようと駆け出すが間に合わない。


 ナイフと共にそれは床に舞い散った。

「シズク、、?」

 長い黒髪がクローディアの前で舞う。


 シズクが手にしたナイフは、彼女の長い黒髪を切り裂いていた。

 腰まであった長く美しい髪は、今は肩近くまでの長さになっている。シズクはそのまま魔王に向かい跪き、頭を下げた。


「魔王様、私に信念を、償うための信念を与えて下さい!」

 シズクは涙声で叫ぶ。自分の意志でなかったとしても、私は人を殺した。許されないなら、この命を、償うために使いたいと彼女は考えた。そして、そのために必要な信念をこの男がくれるというなら、何をためらう必要があるのだろうか、と。


「良いだろうシズク、俺の元で働くが良い。そして、信念を持ち共に戦え」

 魔王はシズクにそう言うと、呆然としているクローディアの肩を叩く。

「魔王、、、」

「言っただろうクローディア、一人で背負うなと」

 それを見たマリアンヌは、にこりとクローディアに笑顔を向ける。

 シズクは顔を上げ、そんな魔王を朱に染めた顔でずっと見つめていた。


 翌日、魔王の執務室に魔王、メラルダ、クローディア、マリアンヌ、シズクの五人が集まっていた。

 集まった理由は、今後のシズクについて。

「イースト公国へは、どのように報告したものか」

 クローディアがそう言うと、マリアンヌが、むーと唸った。

「イースト公国からは勇者については何も報告がありませんわ。出航した船については、あちらも把握しているのでしょうけど、その後どこへ向かったかまでは分かっていないと思いますわ」


 メラルダがそれを聞いて、口を挟む。

「船自体は今はこちらにありますから、南方海の荒波で海の藻屑になったと見せかけるのが一番かと」

「そして、私は死んだことにするわけね」

 シズクは、特にその案に否定をしなかった。

「二度と国に帰られるとは思っていないし、その方が私としても都合がいいわ」

 シズクは短くなった髪をメイドに整えてもらったが、服は彼女のサイズが合うものがメイド服しかなかったため、今はそれを着用している。


「分かった。では、マリアンヌ、すまないがイースト公国へ偽装の報告をお願いする」

「分かりましたわ、今はそれが最善ですもの」

 最後に魔王が内容をまとめ、センターサウス王国からイースト公国へ、南方海でシズクが乗っていた船の沈没の報を入れることになった。


 話の後、シズクは魔王に詰め寄った。

「ま、魔王様、私は今後魔王軍での他国への貿易の担当をさせて頂きたいのですが、駄目でしょうか?」

「貿易の担当?」

 魔王が、顎に手を当て考えると、シズクはさらに説明を始める。

「はい、今は直接他国との交流は無理ですが、センターサウス王国を経由しての交流であれば可能だと思います。まずは、足場固めとしては良い手と思うのですが」

 シズクは魔王に仕えることにしてから、魔王に対しての態度が変わったようだった。それは魔王も感じているが、とりあえず今は本人のしたいようにさせる事にした。

「分かった、シズク、お前の好きにするが良い」

 シズクは魔王に頭を下げると、そのまま去っていく。


「魔王、シズクは大丈夫だろうか?」

 クローディアが心配そうな顔で魔王に聞くと、魔王は頭をかく仕草で答える。

「何か別のことに気持ちを持って行く事も大事だ。今は魔王軍の中で働いてもらうが、それもずっととは俺も考えてはいない」

「そうか、ありがとう魔王。魔王の助けがなければどうなっていたか本当に、、」

 クローディアは魔王に抱きつき、しばらくその体温を感じていた。


 この日、早速偽装報告の準備が進み、夕方には一通りの準備も完了する。

 それに合わせ、亡くなった者たちの葬儀も行われた。その間、シズクはずっと下を向き、彼らに対し涙を流していた。


 彼女がその涙に、どのような決意を秘めているのかは誰にも分からない。ただ、自分を責めるだけの涙では無かったことだけは言えるだろう。


 クローディアはマリアンヌと並び、亡くなった者たちの慰霊碑に花を手向ける。

 勇者の力の犠牲になった者たちへ、もう二度とこのような事はさせないという決意と共に。


 魔王はそんな彼らをただじっと見ていた。人在らざる者の王、魔王として、敵は人間の偏見だけだと思っていた時期は過ぎ、今は愛するクローディアを守り、襲い来る存在を倒さなければならない。


 だからこそ、これから作る時代は父とルーシアが望んだものではなく、我々が作っていくものだと、気持ちを引き締めた。


 翌朝、魔王の寝室のドアがノックされた。

「ま、魔王様、シズクです!朝食をお持ちしました」

 メイド姿のシズクがゆっくりとドアを開け、朝食の乗った台車を運び入れる。

「ま、魔王様は朝からかなり食べるんですね、二人分はありますよね」

 シズクがそんな独り言のような言葉を寝室のベッドに向けると、魔王の横で体を起こしたクローディアと目があった。


「ん、おはようシズク、お前が運んでくれたのか?」

 寝着のクローディアが隣の魔王の肩をさすり起こそうとしているのを見て、シズクは叫んだ。


「な、クローディア、こんなところで何をしているの!?」

 クローディアは質問の意味が分からず、シズクに問いかける。

「何と言われても、魔王と寝ていただけだ、それがどうかしたか?」

 シズクは顔を真っ赤にして、わなわなと震え、眉間に皺を寄せた。


「どうかしたじゃないわよ!クローディアは許婚がいるのにこんなことをしちゃ駄目じゃない!」

「いや、魔王が許婚だから構わんだろ?」

「え?!」

 シズクは、ものすごい勘違いをしていたのではと、今になって思い出した。


「えっと、く、クローディア、魔王様と一緒に戦ったのは、共通の敵のあの勇者を操る存在を倒すためだったのよね?」

「その通りだ。しかも、あれは私と魔王が結婚を前提につき合っているのを、由としなかったのだ」

 シズクは思わず頭を抱えた。何か話がおかしいとしか思えなかったからだ。


「クローディア、起きていますか?」

 その後ろから、マリアンヌが現れる。その横には料理長も一緒に立っていたが、それを見たシズクはまた固まった。

「み、耳が、、、」

「シズク、ここに居ましたの?以前一度会ったと思いますか、彼を改めて紹介しようと思いまして。私と結婚の約束をした料理長です」

「え?!」

 シズクは呆然とした。当然であろう、一国の王女二人が、それぞれ人在らざる者とつき合っているというのだ。しかも、片方は魔王と。


「わ、私は聞いていない、、、」

「何を聞いていないのだ?」

 クローディアが訪ねると、シズクがキッと睨んだ。


「私だって、魔王様に一目惚れしたんだから!」

 魔王がこのシズクの悲痛な叫びで目を覚ます事になったのは、また別の話ではなかった。

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