第24話 姉妹

 白い空間の中、クローディアは今一人だった。この場から離れた魔王とシズクの意識もすでに戻っているだろう。


 シズクの勇者の力は、意識下の状態でクローディアの聖剣が消滅させた。これでシズクの勇者の力はもう無くなったはずだ、とクローディアは考えた。


「本当、無茶したね」

「そう言うな、ルーシア。これしか手段が無かったんだ」

 クローディアは、いつの間にか自分の横に現れたルーシアに答える。

「だって、自分の中に敵を招くなんて、いくら私がフォローしているといっても、下手したらクローディアの勇者の力、ううん、クローディア自身が消滅した可能性があったんだよ」

 ルーシアが頬を膨らませてクローディアに文句を言うと、クローディアは苦笑する。


「それでも私はシズクを救いたかったんだ」

「そりゃさ、まだ勇者の力が馴染んでいない彼女を助けるには、勇者の力その物を倒すのが一番だよ。でも、そのために自分を囮にするのは危険だよ」

「分かっている。魔王もこの方法を私に伝えること自体躊躇ったはずだ。私が苦しむのを魔王は見たくなかったはずなのに。しかも私の中に誘い入れる手伝いまでお願いしたからな、本当に悪い事をしたと思っている」

 クローディアは目を閉じ、魔王にこの方法しかないと訴えたことを思い出す。


「第一、囮といっても、一人の中に二つの勇者の力を持ってきたわけだから、よくクローディアの意識が発狂しなかったって思うよ」

「それは、魔王が常に私に最低限の障壁を張ってくれていたからな。魔王の障壁が、勇者の力の汚染から私を守ってくれたのだろう」

 クローディアは、シズクを守りながら、自分を常に守ってくれた魔王に改めて感謝した。


「まあ、これで彼女が再び利用されることは無いと思うし、結果オーライだけどね」

「そう思うか?」

クローディアが少し不安な顔をすると、ルーシアは笑顔で頷く。

「あれはそんなに馬鹿じゃないと思うからね、同じヘマはしないと思うよ」

「となると、次に何かするとしたら別の手段になる訳だな。今回は何とか防げたが、、」

 クローディアがそう言うと、ルーシアはそれに同意した。

「そうだね、かなり性格悪そうだし。しつこさはストーカー並みかも。でも、私達も協力するからね」

 さてと、とルーシアはクローディアをもう一度見上げる。


「そろそろ行かないと、みんな心配しているよ?」

「そうだな、ありがとうルーシア。また会おう」

 ルーシアがクローディアに手を振っている。クローディアはそんな彼女を見ながら意識の覚醒を感じた。

 ルーシアの姿が霞んでいく。彼女はいつまでもクローディアに手を振り続けていた。


 気だるい微睡みの中、クローディアはゆっくりと目を覚ます。

「お目覚めですか?」

「ああ、心配をかけた、マリアンヌ」

 魔王の部屋の中、ベッドの脇の椅子に座っていたマリアンヌは、読んでいた本をパタンと閉じた。

「本当ですわ、でもシズクを助けてくれた事には感謝しますわ」

 クローディアは、自分をじっと見つめるマリアンヌに微笑んだ。最近、マリアンヌが自分に対して、以前より心を開いていると感じている。


「シズクは?」

 マリアンヌは目を細くして、険しい顔をした。魔王の障壁に閉じこめられたシズクは、魔王城の一番強固な障壁が張られた箇所で、意識を失ったまま閉じこめられていたはずだった。


「ちゃんと目覚めましたわ。でも、徐々に記憶が戻っているようなので、今は自分を保っているのがやっというところですわね」

 シズクは本人の意思に関係なく、勇者の力に操られ多くの人を殺傷した。その事実は決して消えない。勇者の力を取り除いても、人を殺したことが一生付きまとうことが、どれだけシズクを苦しめるのか、とクローディアはあの存在というものに対し怒りが再び沸く。


「魔王も言っていましたが、シズクのことはみんなで考えましょう。クローディアだけが独りで抱え込む事じゃありませんわ」

 マリアンヌは口から長い息を吐く。クローディアはじっとそんなマリアンヌをじっと見ていた。

「なっ、何ですの?」

「いや、マリアンヌと二人だけでこんな風に話すのはいつぶりだろうと思って」

 マリアンヌは目をまん丸として、口も中途半端に開ける。そして顔を半分背けながら言った。


「そ、そうですわね。多分、クローディアが勇者に目覚める前に話したのが最期だと思いますわ」

「そんなに前になるのか、よく覚えているのだな」

 クローディアがそう言うと、マリアンヌは顔を真っ赤して振り返った。

「そんなに前ですわ!クローディアが勇者になって、王位継承権を失ったことにショックを受けて、自分はもう終わったみたいな顔をしたときからですわ!」

 マリアンヌの瞳には怒りとは違った感情が灯っていた。

「すまないマリアンヌ、怒らしたようだが、私には理由が、、」

 クローディアが言いかけると、マリアンヌの目から涙が流れ落ちてくる。


「な、何で分かりませんの。王位継承権を失っても、あなたは第一王女で、私は第二王女です。母が違うとしても、あなたは、私の姉なのです!王位継承権を失って、その関係も無くなったように私に接するようになったのはクローディア、あなたの方だったのに!」

 マリアンヌの両目は真っ赤になり、流れる大粒の涙が止む様子を見せない。

「わ、私の方が、マリアンヌにそんな接し方をしたのか?すまない、私はぜんぜん覚えていないのだ、、、」

 それは嘘ではない。当時のクローディアは王位継承権を失った際、父である王からは不快な笑顔を向けられたことは覚えている。それはまるで、妾の子には王位継承権などやるものかといった意志にも感じたものだ。

 その時の王は、横に立っていたマリアンヌに対して、彼女こそが次の女王だという感じに、クローディアに向けた表情とは全く違う笑顔を見せていたのだ。


 クローディアは絶望した。じゃあ何で私をわざわざここに連れてきたのだ、と言いたかった。ただの勇者としての駒のためか!と叫びたかった。

そんなことのために、気まぐれで母を抱いて私をこの世に産ませたのかと。

 その時、それなら私は誰よりも勇者として生きてやると、世界に対してクローディアは誓ったのだ。その頃から、クローディアは勇者と生きることに執着し、自分の価値を求めたのかもしれない。

 魔王に会うまでは。


「父上、陛下がクローディアのことをそれまでどう見ていたかは分からないことがありましたわ。正直あの人はそれ程頭の良い人ではありませんし。でも、私はクローディアを見る目を変えたつもりはなかったのに、あなたが私を避けるようになったのですわ!」

 マリアンヌの握る本がプルプルと震える。

「もちろん、陛下のクローディアへの仕打ちは私もひどいと思いましたわ。でも姉であることも放棄したあなたに、私がそれまでのように家族として接することが出来るわけないじゃないですの!」

 クローディアは絶句した。今まで自分の方が避けられていたと、嫌われていると思っていたのに、避けていたのが自分だったと言われたのだ。

 クローディアは茫然とマリアンヌを見つめる。


「私が避けていたのか。何と浅ましく、ひどい人間なのだ、、、」

「でも」

 マリアンヌは、クローディアの言葉を遮るように言葉を続ける。

「クローディアは、魔王と出会ってから変わりましたわ。姉だった頃に戻ってくれたような気がします」


 マリアンヌは落ち着いたのか、深呼吸をする。

「マリアンヌ、、、」

「クローディア、忘れないで下さい、あなたは私の姉なのです。勇者とか、母親が違うとかそんなことは関係ないのです。私にとっての姉はあなたしかいないのです」

 マリアンヌはクローディアの手を取り、そこに額をつけて言った。

「何かこう、はっきりと話したら楽になりましたわ、、、」


 体を起こしたクローディアは、マリアンヌの頭に手をやり、その頭を撫でた。昔、そう、ずっと前にこうやって妹の頭を撫でていたことを思い出す。


「マリアンヌ、シズクに会いに行こうか?」

「そうですわね、行きましょう」

 姉妹は顔を見合わせて、互いに笑顔を向けあった。


 服を着替え、マリアンヌと部屋を出たクローディアは、外で待っていた魔王と合流した。

「魔王、遅くなった、すまない」

「気にするな。シズクの所に行くのだな?」

「ああ、今はどこにいるのだ?」

 魔王は、ふう、と溜息混じりに息を吐く。


「シズクはあの有様だったからな、メイドをつけて大浴場に行かせた。今は客間だ。本当はマリアンヌと料理長に用意していた部屋だったのだが」

 三人は話しながら歩き、客間へ向かう。すると、客間の扉の前で、慌てるメイドの姿があった。


「どうした、何かあったのか?」

 魔王がメイドに尋ねると、メイドは顔を青くして答えた。

「もっ、申し訳ございません、魔王様。大浴場からシズク様と戻ったのですが、私がちょっと外にでた隙に扉を内側から鍵をかけられたのです」

「鍵はないのか?」

 クローディアがそう聞くと、メイドはしゅんとしてしまった。

「鍵は持っていたのですが、荷物と一緒に部屋の中に置いていたのです。本当にすみません!」

「荷物とのことですが、何を置いていたのです?」

 マリアンヌは何か嫌な予感がした。


「はい、お食事はまだ身体に重そうでしたので、採ってきた果物と、お皿や果物ナイフの一式ですが、、、」

 クローディアはその言葉を聞いた瞬間、ドアの外から叫んだ。

「シズク、聞こえるか!クローディアだ!お願いだ、ここを開けてくれ!」

 ガンガンとドアを叩くが、中からは何も反応がない。


 仕方ないと、クローディアは聖剣を身体から取り出すと、一気にドアを斬りつける。

「シズク!」

 三人が、砕けたドアを開けて中に入ると、そこには一人の女性がこちらを見ていた。


 虚ろな目をしたシズクが、自分の首筋にナイフを向けて。

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