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友達は皆、私のことを明るくて楽しい人だと言った。特別仲が良い訳ではない人もそう思っているに違いなかった。上目遣いで男と話すあの子も、一人で本を読んでいる眼鏡のあの子も、いつもジャージ姿の教師も。皆、私を見ると色々な感情を見せてくれた。好意、好奇心、嫌悪、嫉妬、侮蔑。そのどれでもよかった。私に興味を持ってくれれば、どの感情を示されても良かった。そうすることで、場所を確立し、私は私を保っていた。安心感があった。

朝、教室に入ると、私に気付いた女生徒がすぐに声をかけてくれる。

「おはよう、千鶴枝」

私の名を嬉しそうに呼ぶ友人。その声につられるようにその周りにいた何人かの友人が挨拶をしてくれた。挨拶を返し、その輪の中にそのまま入ると、他愛のない話が始まった。昨日のイケメン俳優が出ていた恋愛ドラマが泣けたとか、小テストがあるのに勉強していないとか、明日には忘れているだろう会話に相槌を入れたり、大袈裟に驚いたりしながらチャイムが鳴るのを待った。恋愛ドラマなんて興味ないし、小テストの勉強だって私はきちんとした。彼女たちは、小テストの勉強をしていない、という不安を声に出して同調して欲しいだけ。だから私は期待に応えてあげた。「私も全然やってないよー、どうしよう」なんて言いながら頭の中で勉強した部分を反芻していた。

友人が「彼氏ができたの」と嬉しそうに報告をしてきた時も、自分のことのように喜ぶ優しい女の子のフリをした。そうすると友人は「ありがとう」と嬉しそうに笑顔をつくったので、私も嘘の笑顔を作った甲斐があったな、と嘘まみれの自分に感動した。いつか嘘の感情が育ち、嘘の自分が本当の自分に成る日が来るのだろうか。それは本当に本当の自分なのだろうか。だが、嘘をついている自分も、また自分。

自分がつまらない人間だとわかっている。でも、これが私。これまで築き上げてきた、私なんだ。


そうして無難に時を過ごし、昼食の時間になった。チャイムが鳴って教師が出て行くと同時に机を移動させるクラスメイトをよそに、学校に登校する途中にコンビニで買ったパン一つとお茶が入った袋を手に持って教室を出る。そして階段を登り、四階の空き教室へ。この学校は私たち三年生が卒業する今年度で廃校が決まっているため、私たちの学年しか生徒がいない。なので二階から上の階は何もないし誰もいない。四階にわざわざ来る人なんてまずいないし、声を上げない限り誰にも気付かれることはない。

友人は残念そうに「一緒に食べようよ」と言ってくれるし、「どこで食べてるの?」と興味を示してくれる。そんな時は意味深に「ふふ」と笑ってみせれば、勝手にあらぬ想像をしてくれる。そしてその笑顔のまま教室を出れば、「男だー!!」なんて楽しそうな声が飛んでくる。この頃の若い人間は、何でも恋愛に繋げたがる。ちょっと男女が楽しそうに会話をすれば「あの二人は怪しい」なんて言ったりする。「付き合ってる」「付き合ってない」とこそこそと会議する方が余程怪しい。いつもはそんな友人たちを横目で見ているが、こういう時はそれを利用する。好都合、というやつだ。


換気のために、来た時にはいつも窓を開ける。今は十月なので肌寒い風が入ってくるが、それが逆に心地いい。冷たい風の中、パンを食べていると、瞼が重くなってきた。そういえば昨日は、小テストの勉強をしていて寝るのが遅かったなあ……。思い出した所で、私の意識は消えた。


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彼女はロケットパンチが撃てない 塩そると @kelo_kelo

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