05.新たな誓約

クリスマスの計画が頓挫してから、撲滅鏖殺団は自然消滅した。

真と瑛美もその日以後に付き合いだし、達郎と亜理彩も付き合い続けている。

基文は基文で旅行先のドバイで信じられないほどの美女と出会い、電話番号やメールアドレスを交換して今も遠距離恋愛をしているという驚きの事実が告げられた。

その子がいずれ日本に来ると告げられた基文は、もう心ここに在らずというありさまで毎日を過ごしている。

しばらく真と瑛美は付き合っていたものの、瑛美の取材と称した趣味に対して付き合い切れずに高校三年の冬に別れる事になる。


最初こそは年頃の女の子らしい感じで、初々しく二人は付き合っていた。

しかし、徐々に慣れてくると瑛美は真に対してある行為を要求してくるようになる。

一つは、手錠などによるソフトなSM。真をベッドに括り付け、手錠や足錠などで拘束するというもの。

それをスケッチしたり写真に残しては自らの趣味である執筆活動に活かしていた。

勿論、これくらいの事であれば真も要求に応えては居たものの、次第に瑛美の要求はエスカレートしていった。

例えば、自慰行為を見せてほしい、出来ればスケッチさせて写真に撮らせてほしい等と言っては真を困惑させていた。

そしてさらにはBLには興味が無いか?などと鼻息荒く自分が所蔵しているBL漫画や小説を真に見せてきては、同じような行為を要求したり。

流石にその手の趣味がない真はウンザリし、徐々に瑛美と距離を取るようになる。


そしてクリスマス当日に、真と瑛美は公園で会って話をし、別れるという結論に至った。

瑛美は別れを惜しがっていたし、真としても瑛美については悪い感情を持っているわけではなかったが、その趣味だけは許容できなかった。

最も、大学に入学して真はすぐに次の彼女を見つけ、しばらく付き合っていた。


高槻真、大学一年の11月のある日。

いつものコンビニバイトを終え、帰宅の途についていると、スマートフォンに彼女からの着信が来る。

いつものように着信を受け取り、電話に出る真。

しかし、彼女の口から聞かされたのは、別れの言葉だった。


「え?別れようってどういう事だよ。何があったっていうんだ?」


真にとっては青天の霹靂で、全く別れの理由になる、思い当たる事が無かった。

今まで仲睦まじく付き合ってきたと思っているし、付き合って半年の記念日なども忘れる事もなく祝った。

日々の付き合いでも多少の喧嘩くらいはあったものの、彼女が本気で嫌っているそぶりなどは見られなかった。

何が悪かったというんだ?何が?何が?真の頭の中にはそれだけが浮かんでいた。


「ごめんね、こればっかりはどうしようもないの。私、真君に対して冷めちゃったんだよね」

「なんで、なんでなんだよ…」


真は何とか引き留めようと言葉を紡ぐが、彼女の返答は素っ気なく、まるで引き留められる余地がない。

30分くらい電話したところで、自分から既に心が離れていると悟った真は、潔く諦めようと決意して別れようという言葉を絞り出した。

勿論この言葉が自分の心に吐いた嘘だとわかっている。しかし、追い縋っても既に距離は遠く、遠くへと離れている。

これ以上縋った所で自分の所に戻ってくる事は無い。残念だが、残酷な事実だった。受け入れるしかない。


「わかった…。じゃあ、元気でな」

「うん、真君も元気でね」


電話を切り、真はうつむいたまま自分の下宿に戻る。

暗い部屋の中で、何も食べる気にもなれず、ベッドにもぐりこんで嗚咽を漏らした。

かといって彼女への思いを全く断ち切れず、眠る事も出来ずに布団の中で煩悶するしかなかった。

そのまま朝を迎えたことは言うまでもない。朝日はまぶしく、何があろうとも太陽は平等に誰しもを照らすのだ。


…傷心のまま、1か月が過ぎた。

相変わらずのコンビニバイトと大学への往復を続けている真。

今日はクリスマスイブ。街にはカップルがまた溢れる時期となっている。やさぐれた真には彼らの姿が憎くてしょうがなかった。

しかし、コンビニバイトで少しは気分が紛れる。今日はクリスマスイブなのでサンタのコスプレ衣装を着なければいけない事が

癪に障るが、仕事なので仕方がないと割り切って真はレジを打っていた。

夜勤の休憩中。真は軽く食事を済ませて眠気覚ましに外の空気にでもあたろうとコンビニの外に出た。

コンビニのすぐ近くには公園がある。ブランコや滑り台、ベンチが少しある程度の狭い公園だ。

真はこの公園が好きで、休憩中によくここのベンチに寝転がったり、滑り台やジャングルジムの上に登って星を見たりするのが日課だった。

いつものように公園に寄ると、中に一組のカップルがいる事に気づく。


「何だよ先客がいるのか…今日はもうコンビニに戻るか」


居心地の悪さを覚え、引き返そうとすると女の声が聞こえて来た。

…その声には聞き覚えがあった。


「…もしかして…?」


真は公園の茂みの影に隠れ、聞き耳を立てる。

この声に聞き間違いなどするはずがない。真の前の彼女の声だ。

男の方は見聞きした事は無い。まるで知らない奴だ。一体なんだってここで逢っているのか気にもなるが、それよりも気になるのは会話の内容だ。


「にしても、真君とやらには悪い事をしたな。君を奪い取る形になって」

「いいのよ。彼、可愛いくて小動物的な魅力はあるんだけどワイルドさには欠けるのよね~。会ってるうちに飽き飽きしてきちゃってさ。

 それと比べて、貴方の方がよっぽど魅力的だわ。別れた事に後悔となんて無いわ」

「君が良いならいいんだけどねぇ。しっかし三か月前から付き合ってる事知ったら彼はどう思うかなぁ…」

「いいのいいの。過去より未来が大事なの。今更振り返っちゃダメよ」


顔と顔をよせ、口づけを交わす二人。

その光景を見て、自分の心に昏い情念が燃え上がるのをはっきりと感じ取っていた。

彼女は別れる為の算段を三か月前には既につけていた。

そして、一方的に冷めて自分を捨てた事に、真はどうしようもない憤りを覚えていた。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――」


声にならない叫び声を上げたような気がする。

真はコンビニの店長に早退する事を告げた後、怒りと恨みに任せて夜道を走り出した。

今日の寒さなど問題ではない。息が白く、手足に冷気が突き刺さる事などこの心に突き刺さった刃のような痛みに比べれば大したことではない。

夢中で足を動かし、手を大きく振り、叫び、家に戻って嗚咽を吐く。それだけでは満たされず、部屋のモノに当たり散らす。

ひとしきり滅茶苦茶にモノを投げた後、クローゼットを勢いに任せて開くと、視界の端に、とあるマスクの影が入った。


「…」


かつて撲滅鏖殺団の活動をしていたころに顔を隠すために使用していた、薄笑いを浮かべた能面のようなマスクだ。

…マスクが自分に語り掛けてくるような気がした。


今こそもう一度撲滅鏖殺団の活動を再開させて、世の中の幸せな風のカップルを不幸のどん底に叩き落としてやるべきだ。

お前が苦しいのは全てあいつ等のせいだ、そうは思わないのか?

前の彼女からまず血祭りに上げていくのだ。慈悲など要らない。

何も遠慮する必要はない。聖夜を我が物顔で歩き回る愚者共に鉄槌を下せ。


「…」


マスクを手に取り、装着し、外に出る真。瞳に昏い情念を湛えているような色が見える。

下宿の階段を下りると、階下には三瓶基文と伊尾木達郎が居た。


「…お前等、どうしたんだよ。何しに僕の家に来たんだ?」


基文と達郎は若干気まずそうに俯き、少しの沈黙の後に基文の方から口を開いた。


「実は、お前が公園から走り去っていく様を見てちょっと心配になってな…。

 どうやらあの彼女、ひそかに別れる時期を見計らってたんだな。ひでぇ女だ」

「ああ…うん」

「…実は、俺もドバイの彼女と別れたんだよ。いや、正確には彼か」

「彼?どういうことだよ基文」

「彼女は男だったんだ。今思い出しても吐き気が催される。今年日本に来てさ、早速ホテルに行こうって話になってシャワーを浴びていざ臨戦態勢になった所で、彼女の股間が何かおかしい事に気づいたんだよ。俺と同じような…いや、サイズ的な話で言えばかなり大きいんだよな。しかも俺の腰に手を伸ばして、ガッチリロックしてきたんだよね…」


基文は体を震わせながら話している。その震えは寒さだけによるものではなかった。手の甲を見ると鳥肌が立っているようにも見える。


「慌てて俺はホテルから這う這うの体で逃げ出した。今まで付き合ってた彼女が彼氏だったなんて悪い冗談にもほどがある…。そう思わないか?」


達郎がうなずく。そして、達郎もぽつぽつと喋り始めた。


「オレッちも、実は亜理彩と別れたんだ」


真と基文は、流石にこれには言葉を失った。


「お前等仲良かったじゃん。何があったんだよ?」

「…彼女、ひどいんだぜ。前の彼氏が高校卒業してこっちに戻ってきた途端、元鞘に戻りやがったのさ。

 オレっちは元彼の代替品みたいなもんだぜ。あれだけ付き合ってたってのに、女の心なんてわからんもんだよなぁ。

 全く、昔の彼氏に未練があるなら最初から付き合わなかったぜ」


達郎は天を仰ぐ。綺麗な星空が今日は広がり輝いている。その輝きは、心なしか寂しく青ざめた色をしているように見える。

真は部屋に戻り、余っていたマスクを二つ手に取った。…マスクは、うっすらと微笑んでいたような気がする。少なくとも真にはそう思えた。

部屋を出て、階段を下りて待っている二人にマスクを手渡す。

そして、確信を持ったかのように二人に告げる。


「やはりこの世は撲滅しかない。そう思わないか?」


基文、達郎は力強く頷き、真と同じようにマスクを被った。

三人は手を合わせ、改めて撲滅鏖殺団再生の誓いを立てる。


一つ。恋愛至上主義に染まった連中は撲滅すべし。

一つ。恋愛至上主義に支配されたイベントは容赦なく妨害すべし。

一つ。世の中のあまねくカップルが地獄に落ちる事を願うべし。

一つ。我々と同じ苦しみを持つ者を誘い、慰めるべし。


真達は誓いを立てた後、夜の道を歩き出した。

手には各々がかつて使っていた鈍器を持って。


やはりこの世は撲滅対象。

この世のすべては憎しむべきもの。

ならば世の中に蔓延る恋愛至上主義者達に、我々は鉄槌を下そう。

我らこそ聖夜撲滅鏖殺団。この世のあまねく独り身の怨念の化身である…。


---

HolyShit Christmas! END

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