04.HolyNight

クリスマス当日の夜。

街はイルミネーションの輝きに包まれ、カップル達が既に街で至る所でのイルミネーションを楽しんでいる。

スーパーやコンビニ、街の商店も店員がサンタやトナカイのコスプレをしながらケーキやチキン等を売って街の風物詩として仕事に励んでいる。

街の広場の中央に設置されたモミの木のイルミネーションのクリスマスバージョンの特別な飾りつけも終了し、後は電飾の点灯のチェックを残しているのみである。

対して聖夜撲滅鏖殺団は準備が出来たかと言うと、全くそのような事は無く、高槻真はビルの空きテナントのテーブルの椅子にもたれて天井を仰いでいた。電灯は点けてはいないが外の明かりが差し込まれて来て全く何も見えない、というわけではない。

傍らにいるのは御守瑛美のみであり、三瓶基文の姿はない。勿論、伊尾木達郎と樺島亜理彩の姿もない。

達郎と亜理彩は兎も角、何故基文までいないのか。

話はクリスマスイブの、真が駅に着いた時点までさかのぼる。


「…実は俺、クリスマスに海外旅行に行く事が確定しちまったんだ」

「はぁ!?今更なんだよそれ!ふざけるなよ基文。お前、絶対に日本に残って計画をやり遂げるって言ってたじゃないか!」


真は憤慨し、思わずスマートフォンを駅のコインロッカーに投げつけそうになるが何とか堪え、基文の言い分を聞く。


「というか、もう日本離れているんだよね。今俺ドバイに居るんだ。すんげーリゾートなんだよびっくりしたぜこれ。無理やり連れてこられて今更一人では帰れないしさぁ、真と瑛美ちゃんだけで何とか頑張ってくれよな。頼んだぜ!」


と言うセリフを残して基文からの電話は途切れてしまった。真はしばらく端末を耳に当てたまま呆然とし、動くことが出来なかった。

サラリーマンが後ろからぶつかり舌打ちし、ようやく通路に立ち尽くして邪魔になっている事に気づき、よろよろと何とか壁に寄り掛かって座り込む。

流石にショックを隠し切れず、道端だというのに頭を抱えてしまう真。


「畜生…何だってこんなに間が悪いんだよ…お前等のカップルに対する憎しみはその程度だったのかよ」


そのまま真は帰宅した。真は瑛美に連絡し、基文も計画決行の日には参加できないという事を告げた。


「え?基文さんも来ないんですか?…どうするんですか、真さん」

「…ひとまず当日、僕はビルに行くよ。カギのスペアはあるから部屋には入れるし。…瑛美ちゃんはどうするんだい」

「…私も、行きます」

「そう。なら、明日また会おう。時間は17:00で宜しく」

「はい」


電話を切り、部屋で大の字に寝転がる真。明らかな虚脱を覚えている。

これで計画が実行できるのか?一人でやり遂げる事なんか無理なんじゃないのか?

いや、瑛美がいるにはいるが、彼女の役割は逃走の手助けをする事だ。それに、万が一警察に捕まった時、罪が重い実行犯にはさせたくなかった。

頭の中でぐるぐると思考だけが巡り、準備も何もする気力が起きず、結局クリスマス当日を迎えてしまった。

暗いビルの空き部屋の中で、真は独り言のようにつぶやく。


「こうなったらイルミネーションの電源コードだけでも切って邪魔してやるか…」


やけになった真は、自嘲気味に薄笑いを浮かべていた。

その時、瑛美が真の隣に寄り添うように近づいてきた。

真はこれほどまでに瑛美が、自らと密着する距離にまで近づく事に違和感を覚える。しかし何を問うべきか困惑し、何も言えないままに彼女の様子を伺っていた。

そして瑛美は、真の耳にそっと囁き、告げる。


「ねえ真さん。…いっそのこと、今回は撲滅活動なんて忘れて、今年は普通に過ごしてみませんか?」

「はっ?」


全く自分の考えに無い事を言われて困惑する真。瑛美は言葉を続ける。


「私正直な所、達郎さんと亜理彩先輩が羨ましいんです。二人で恋人同士になれて、今日素敵な時間を過ごしているんだろうなって思うんです。

 基文さんもきっと外国で良い思いをしているんでしょうし、わざわざ私と真さんだけが嫉妬に狂って他の人に迷惑を掛ける必要、ありますか?」

「しかし…僕らは今までカップルを撲滅する活動をしてきたんだ。今更それを辞めるわけには行かないと思わないか?」

「…今こんな事を言うのはおかしいかもしれませんが、私、真さんの事好きなんです」

「!?」


更に想定外のセリフに、真は明らかに動揺の色を見せる。

自分の事が好きだと?今までそんな事を言う女の子が居なかったので、嘘ではないのかという疑念が浮かぶが、その思いに反して顔の表情筋は緩みを隠しきれていなかった。ほのかに頬も熱くなってきたという気もしてきている。

緩みを見て、瑛美は真に囁き続ける。


「私たちも、晩御飯を食べて、イルミネーションを見て、クリスマスを楽しみませんか?…それとも、私と一緒じゃあ嫌ですか?」


瑛美の頬は赤みがかり、瞳には微かに潤みがあるように見えた。何となく、呼吸が少し早いようにも思える。

勇気を絞り出して言った一言だった。その言葉の重みに、真は少しばかり押しつぶされそうな息苦しさと、しかし熱量のある想いに、胸全体が暖かな炎で灯されたような感覚を得ていた。

真はしばらく瑛美の瞳を真っすぐに見据えていたが、やがて視線を中空へと逸らして顔を両手で覆い、考える。


…こう言われて、断るというのはあまりにも女の子に失礼ではないのか?

しかし、今までの活動を反故にして今更自分もカップル達の仲間になるのは理念に反しないか?という思いもあった。

葛藤、揺れる真の胸中。答えを出すことができない自分に苛立ちながらも、どうする事も出来ないまま時間が過ぎていく。

そのうちに、イルミネーションが点灯する時間帯になった。

このビルの部屋からも、街の広場の大きなモミの木に施されたイルミネーションの様子は見える。

イルミネーションが点灯すると、モミの木は様々な色に輝き、街の風景を綺麗に彩る。

イベントを待ち望んでいたカップル達はその様子に見とれ、ため息をついていた。


「見てください、綺麗ですよ」


瑛美は年頃の女の子らしくはしゃぎ、ビルの窓に張り付いてイルミネーションを眺めていた。

瑛美に促されて真も立ち上がり、窓越しに街の風景を、明かりを眺める。


「…綺麗だなぁ」


憎しみや嫉妬の心を忘れ、確かにそれは本心から出た言葉だった。

一人で寂しく見ているのではなく、傍らに瑛美がいるからなのかもしれない。

その時確かに、街が、人々が、こんなにも美しく綺麗に見えたのは初めてだった。

時を忘れて暖かな灯りを見つめていると、夕食の時間をだいぶ過ぎている事に真は気づく。


「なあ瑛美ちゃん。僕と一緒に夕食食べない?…流石に、何処かの高級レストランというわけにはいかないけど、

 ファミレスで良かったらどうかな?」

「いいですね。行きましょう!」


瑛美の声は弾んでいた。それに応えるように真は彼女の手を引き、ドアノブに手を掛けて外へと歩き出し、彼らは夜の街へと消えていったのだった。

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