【書籍化記念SS】第3章プロローグ アルヤ人の子供なんてみんな生意気(アフサリー視点)
なんだかんだ言って一緒にエスファーナに帰ってきてくれたことを思うと、サヴァシュも本来は責任感の強い男なのだ、とアフサリーは思う。
エスファーナにいる将軍たちは彼のことをぼろくそに言うが、彼のありがたみをわかっていない。単にアルヤ最強というだけでなく、性格的にも得難い男だ。
アフサリーとサヴァシュがエスファーナについたのは、テイムルから呼び戻したい旨の書簡が届いてすでに半月近くが経過してからのことだった。
この間、エスファーナは大きな歴史の転換点を迎えていた。
死んだと思われていた『蒼き太陽』の復活、そのせいで火がついた『蒼き太陽』であるソウェイル王子とその双子の弟フェイフュー王子の王位継承問題、そして紫将軍ラームテインの登場――これらの大きな出来事が短期間に連続して起こった。
アルヤという国はふたたび激動の時代に突入した。
新しい時代の始まりに立ち会えなかったことが非常に残念だ。アフサリーはいつも機を逃している。
取り戻せるだろうか。
まずは、ソウェイル王子、フェイフュー王子、そしてラームテインと会って挨拶をしよう。
そう思って、面倒臭がるサヴァシュとともに蒼宮殿の敷地をうろうろしていたところ、宮殿の正堂の裏、小さな四角形の中庭で目的の人物を見つけた。
白い大理石で囲われた四角い池、季節感の狂った花が咲き乱れる花壇、
少年たちのうち片方は金髪の子供だ。大きな蒼い瞳をしている。整ってはいるがあくまで男の子の顔立ちだ。このやんちゃそうな男児は名をフェイフュー、アフサリーが会うのはだいたい半年くらいぶりである。少し大きくなった気がする。
もう片方の少年は、今までに出会ったどんな人間よりも美しい存在だった。頭頂部に髪のつやでできた光の輪が見える。長い睫毛に守られた大きな杏形の目には、夜色の瞳がはめ込まれている。薄紅色の唇はゆるく微笑み、滑らかな肌はほんのり色づいていた。少年だと思ったのはその華奢な体躯に男性向けの服を着ていたからで、少女だと言われればそんな気がしなくもない。人間離れした、ともすれば天使なのかもしれないと思うような美しさだ。
一目見て、この子だ、とわかった。
二人はウードの演奏を楽しんでいるようだった。フェイフュー王子がウードを抱えており、もう一人の天使が何事かを指示している。おそらく弾き方を教えてやっているのだろう。
「
アフサリーが声を掛けると、二人がこちらを向いた。
「お久しゅうございます、フェイフュー殿下」
そう言って膝をつき、頭を下げると、フェイフューがウードを傍らに置いて立ち上がった。
「
そしてなじってくる。
「遅いですよ。地方四部隊の中ではもっともエスファーナに近いレイ住まいのあなたがここまで遅刻してくるなど、他の三部隊に示しがつきません」
叱られてしまった。九歳の子供がそんなことを言うとは、と思うと、四十路のアフサリーは微笑ましく感じてしまってついつい頬を緩めた。
そんなアフサリーの隣で、サヴァシュがこんな口を利く。
「大人には大人の事情があるんだ。お前みたいなちびにはわからないお仕事がある」
王子に対してなんと無礼な物言いをするのだろう。こういうところがあるから中央の部隊に悪口を言われるのかもしれない。傲岸不遜、最強の男は何も恐れない。悪い奴ではないのだが、時々困るところはなくもない。
案の定、フェイフュー王子がサヴァシュをにらみつける。
「ようやく姿を現しましたね。もう用事は済みました、もうお呼びでないです」
子供だからこそ剥き出しにできる傲慢な態度に、少々ひやりとさせられた。だが、サヴァシュはその程度の罵倒で
「そんな意地悪言うなよな、俺だって『蒼き太陽』を拝みたいじゃねえか」
「あなたのような者にお会いしてほしくありません、神聖でとうといお方なのです」
「おっ、そうかそうか、楽しみになってきた、ちょっといじめてやろう」
サヴァシュとフェイフューの応酬は無限に続きそうだったので、アフサリーは天使のほうを見た。
目と目が合った。
彼は、にこ、と美しく微笑んでくれた。しかし無機質な笑みだ。先ほどフェイフューとウードをいじって遊んでいた時のような無邪気な笑みではない。アフサリーも身構えた。これは闇の深い子供だ。
「初めまして。あなたがラームテインですね」
「はい」
まだ成長期前で声が高い。
「私は緑将軍アフサリーです」
ラームテインが立ち上がり、軽く頭を下げた。その所作まで完璧に整っている。
「以後何とぞよろしくお願い申し上げます」
「まあまあ、そう堅苦しくせず。親戚のおじさんだと思って仲良くしてくれたら嬉しいです」
サヴァシュもラームテインのほうを見た。
「ふうん、お前がな。女の子みたいなツラしてるな。ちゃんとタマついてるか?」
すぐ憎まれ口を叩く。アフサリーはサヴァシュのそういうところも嫌いではないが、他の人間がどう思うかはわからない。
ラームテインを見た。
人形のような笑顔のまま、肩を強張らせている。
だめかもしれない。
「こら、サヴァシュ、謝りなさい」
「いいえ、結構です」
ラームテインが毅然とした態度で言う。
「初めまして、黒将軍サヴァシュ殿。残念ながらあなたのお相手の務まる女子でなくて申し訳ございません。まだ十四の若輩なので用途はございませんが、一応男子の証はこの身に携えております」
「へえ。すごい綺麗な言い回しをするが俺に対しても遠慮しなくてもいいぞ」
「
サヴァシュはきょとんとしているが、アフサリーは隣で絶句した。
「あまり
「……なんだかすさまじい罵詈雑言を吐かれた気がするが、つまり、何だ? 俺のアルヤ語の能力が低いせいでわからないのか?」
仕方なく、アフサリーが通訳する。
「あまり奔放に女遊びをしていると身持ちのかたいアルヤ人女性にとっては害悪だから、草原に帰って地元の女と結婚しろと言っているんですよ」
「……エスファーナでのアルヤ女との結婚も可能性はゼロでは――」
ラームテインが微笑んだ。
「ゼロでしょうよ」
サヴァシュが両腕を伸ばした。そして、ラームテインの腰をつかんで体を抱え上げた。華奢で軽いのであろうラームテインはやすやすと持ち上げられてしまった。
「この生意気なガキ!」
「ひゃあっ」
「最強である俺様を侮辱したな? 相互理解を深めるためにも一緒に遊ぶ必要があると見た」
「えっ、いったい何を」
ラームテインを肩に担いだサヴァシュの腹を、フェイフューが叩く。
「何をするのですか、ラームを離してください!」
「おっ、なんだ? やるか? 二人まとめてかかってこいやこのクソガキども」
「やめなさい、こら、やめなさい」
しかしなんだかおかしくなってしまって、アフサリーはついつい声を上げて笑ってしまった。
「いえ、やっぱりやめなくていいです」
アフサリーがそう言ったら、興が
「しょうがねえな、アルヤ人のガキども、今日のところはこれくらいにしておいてやる」
そして、なぜか池のほうに向かっていった。
ラームテインを抱えたままだ。
「ちょっと、サヴァシュ?」
「これが十神剣の先輩からの洗礼だ、よくおぼえておけ」
そう言うと、彼は池の中にラームテインをおろした。ラームテインが池の中に座り込んだ。下半身が水に浸かってしまった。
さすがのラームテインも笑っていられなくなったらしく鋭い眼光でサヴァシュをにらんだが、サヴァシュは我関せず、である。
「よし。次行くか、次。『蒼き太陽』だったか、こっちは可愛いといいんだけどな」
そう言って歩き出したサヴァシュの背に向かって、フェイフューが「二度とラームに近づかないでください」と怒鳴った。しかしサヴァシュはどこ吹く風で、振り返りもしない。アフサリーは二人に「ごめんなさいね、ごめんなさいね」と言いながら慌ててサヴァシュの後を追いかけた。
<おわり>
また5月の発売日頃に6章のエルナーズの話を公開します。
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