第15話 これがソウェイル王の治世
普段のヴァンなら、もうすでに十四歳でそろそろ成人する自分が人前でおいおいと泣くのは恥ずかしい、と思ったことだろう。
だが、ソウェイル王にはそういう外聞や体裁を気にさせない何かがある。彼の前ではかっこつけた自分など意味を成さないように思えてくるのだ。
正直に話してもいい。聞いてくれる。
ヴァンは自分のそういう直感を第一に信じた。
「――というわけで、俺、ホスローもとっ捕まえて何とかしなきゃいけないと思ってまして。でも、ホスロー、結構外面気にするところあるし。だから、兄ちゃ――兄上様にお説教してもらうのがいい、と思ったんです」
しゃくりあげながら、しどろもどろながらも、ヴァンはひととおりのことをソウェイルに説明することができた。その間ソウェイルはずっとヴァンの前で立ち膝をしていた。彼はほぼ無言で、ヴァンの説明に口を挟むことはしなかった。ヴァンが最後まで話すことを待ってくれていた。
そこまで話してから、ソウェイルは「そうか」と呟いて頷いた。
「お前の言うことはもっともだ。お前は何も間違っちゃいない」
こうして肯定されることが何よりものことで、ヴァンはそれだけで自分はこの王のために命を懸けて戦うことができると思えた。
「俺が後手後手に回っている。黒軍や今将軍のいない部隊のことで手いっぱいで赤軍には手間をかけてやれていない。俺の能力不足だ、素直に申し訳なく思う」
王にそんなことを言わせてしまうのが申し訳なくて、ヴァンは床を両手についた。
「そんなことはおっしゃらないでください」
ソウェイルが少しだけ笑った。
「それにラームのことも近々どうにかしなくちゃいけないとは思っていた。いい機会だ。これでラームも懲りて今後のことについていろいろ考えるだろうし、この隙に付け入ろう」
オルティが呆れた声で「もうちょっと言い方を考えろ」と投げ掛ける。その口調はまるで対等な友人に話し掛けるかのようで少し驚いたが、白将軍と太陽の距離感が分からないヴァンには何も言えなかった。
「あの、陛下」
「何だ?」
「俺が言ったこと、信じてくださるんですか? 本気で、何とか、してくださるんでしょうか?」
「もちろん」
そう答えるソウェイルの声は力強い。
信頼できる。
「それに、ちょっと、ヴァンには可哀想なことをしたけど。実は、ラームが危ない目に遭っているというのはとっくに知っていた。だから、ヴァンがここに辿り着くかどうかは別にして、すでに何かはするつもりで、そこに俺が出しゃばっていく、というのは既定路線だったんだ」
人差し指を自分の口の前で立てる。ナイショ、の合図だ。あまりにも人間らしい仕草に、ヴァンは少し笑ってしまった。
「もしかしたら、こんな髪の色だから国中にバレてしまっているかもしれないけど。ちょっとだけ、ナイショの話をしよう」
顔と顔とを少しだけ近づける。
「実は、俺は魔法使いで、普通の人間にはできないことで俺にだけができること、というのがたったひとつだけあるんだ」
ヴァンは素直に頷いた。今日ここに来るまでは魔法も呪術も子供だましの物語の中の話だと思っていたが、ソウェイルにはその固定観念を覆す魔力を感じる。だいたいこんな髪の色の人間が存在するというだけですでに超常現象だ。
「俺には神剣の声が聞こえるんだ」
「神剣の?」
「そう。十本全員の声が」
その声は本来神剣の主となる将軍にしか聞こえないはずだ。だがヴァンはさほど驚かなかった。十神剣とは軍神であり、太陽の眷属なのだ。その太陽が彼らの剣を直接まとめ上げる、というのはまったくおかしな話ではない。
「神剣はいつでも好き勝手に俺に話し掛けてくる。神剣にも個性があって口が堅く義理堅い奴もいる、でも中には平気で主を裏切って情報をべらべら俺に明かしてしまう奴もいる。たとえば、紫の剣とか」
ラームテインの部屋、寝室の片隅に適当に放られている紫色をした宝剣を思い出した。
「あいつは性格が悪いから、せっかくラームが宮殿を離れて一人で隠遁生活をしたがっているというのにどこまでもついていって、俺に逐一今どこに住んでいるのか報告してくれる」
ホスローが、兄が彼をラームテインのもとに送り込んだのは兄ならではの特殊事情だ、と言っていたのを思い出した。『蒼き太陽』ならではの魔法の力のせいだったのだ。頭の中で話がすべて一本につながったのを感じて、「そういうことっすか!」と大きな声を出した。
「ってことは、陛下は最初から師匠があそこにいることを知っててホスローに行けっておっしゃったんですね」
「そう。なんのことはない、俺は最初からずっと、ずーっと知っていて、いつか誰かを潜り込ませて何とか懐柔する糸口を探ろうと思っていたんだ」
ヴァンは思わず声を上げて笑ってしまった。
「ホスローは適任だと思ったんだけどな。いや、今も適任だとは思っている。素直で元気でラームを振り回してくれるから、きっとラームを日の下に引きずり出す。俺はホスローのことを信用している。ただ――ちょっとやんちゃが過ぎたな」
いつの間にかオルティがすぐ傍に立っていた。彼は畏れ多くもソウェイルの隣に立ち、ソウェイルを見下ろす体勢のまま話し掛けてきた。
「場所はもうお前が言ったとおりに押さえられるよう手配してある。ホスローのことも白軍の連中は把握していて承知した上で動くように言ってある。あとは何をきっかけに突入するかだけだ。どうする? お前が決めろ」
この場合のお前とはソウェイルのことだ。オルティの神を神とも思わない不遜さに驚いたが、ソウェイル自身は意に介していない様子である。若い男性同士の友人の気安い会話のように聞こえた。
「俺も出向く。俺が直接行ってこの案件をアルヤ王直々のお裁きとする」
「まあその場合俺がお供をするのでだめだとは言わないが、念のために聞くぞ。何のためにわざわざ国王陛下が出向くんだ? 王の威厳を損ねるかもしれない危険を冒してまで宮殿の外に出て少年たちの喧嘩を仲裁する理由は?」
「三つ」
ソウェイルが指を三本立てた。
「ひとつ、ラームテイン将軍は十神剣だ。十神剣とは太陽の眷属、太陽を守ると同時に太陽に守られるものでもある。俺がラームを救うということはラームに俺の庇護があるということをおおやけにすることでもあって、ある種の権威付けになると思う。十神剣に手を出すことは、王の気分を害するほどよくないこと。これを内外に主張しなくちゃいけない」
「承知した。次」
「ふたつ、ラームに話し掛けてやらないとな。東方には、三顧の礼、という言葉があるらしい。賢者を迎えるには身分ある者の方が何度も出向いて仕官してもらえるよう頼み込むんだそうだ。これをやってやる。ホスローに代理をさせていないで、俺がラームを欲しているということをラームに分からせないと」
「それも承知した。最後に?」
「みっつ」
ソウェイルがヴァンの方を向いた。
また、にこ、と微笑んだ。
「一般市民が王の裁定を求めている。すべてのアルヤ市民の保護者であるアルヤ王はアルヤ市民の声を聴く。今日は善良なるヴァフラム少年が正義を訴えた。それを肯定することこそ、俺が内政で一番大事だと思っていることだ。これはアルヤ王が直々に預かった案件とする」
少し間が開いた。
オルティもまた、今までの険しい表情を解いて、ふ、と笑った。
「立派な王様みたいなことを言うようになったな」
「いいや、本当はだめなのかもしれないぞ」
ソウェイルが苦笑する。
「さんざんオルティの前任者にひとりをひいきするとみんなを世話しなくちゃいけなくなるぞと教えられてきたのに、俺は今もまだひとりひとりの話を聞いてしまおうとする」
しかしオルティは肯定した。
「それがソウェイル王の治世ということなんだろう。付き合ってやる」
オルティが歩き出し、周囲の白軍兵士たちや侍従官たちに向かって告げた。
「王がお出ましになる! すぐに手配しろ!」
その場にいた兵士や官吏たちが「はい」と大声で返事をして四方八方に散った。
ソウェイルも立ち上がる。
「ヴァンも一緒に行く?」
迷うことなく「はい!」と返事した。
「よろしい。じゃ、行こう」
ところが、王はそこで妙なことを言い出した。
「ただし。終わったら俺と一緒にまたここに戻ってきてくれ」
目をしばたたかせてから、「ここに?」と首を傾げた。
「蒼宮殿にですか?」
「そう。ここでもう一回ヴァンと別の話をしたい」
「何の?」
「それは、いろいろ片づいてからゆっくり説明する」
王はいたずらそうな顔で笑っていた。
「俺はヴァンの頼み事を聞くんだから、ヴァンも俺の頼み事を聞いてほしい」
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