第3話 オルティはいつもこういう役回りになる
今日もアイダンは日中オルティの姉の家にいた。どうやら弓矢を習っているらしい。もう少し上手になったら狩りに連れていってくれると言っている。
どこまで本当かは分からない。ユングヴィにはあのおっとりとして気品のあるオルティの姉が武術をやるようには思えないのだ。しかし、他人の子にもかかわらず自分の子のように可愛がってくれること、ダリウスやお腹の子を抱えている今上の子を預かってくれるのが助かることから、ありがたく思って深く追及しないでいる。
夕方、オルティがアイダンを連れて帰ってきた。
家族全員にオルティを加えて夕食を取る。アルヤ人の伝統的な食卓にこだわるユングヴィの意向で夕食の料理そのものは昼食に比べると質素だが、年若い青年の腹を満足させるため大量の干し肉と
オルティが無言で
いつものことだが、ユングヴィはついついオルティに「今日の仕事はどうだったの」「怪我とかしてない?」「明日は何をする予定なの」などなど根掘り葉掘り質問してしまった。オルティは曖昧な返事しかしない。もどかしい。もっとあれこれ訊き出したい。
最終的にサヴァシュに「やめてやれよ」と言われてしまった。
「お前、母ちゃんかよ」
「えっ。違うの?」
「……まあ、仮に母ちゃんだったとして、十九歳の人間が母ちゃんに一から十まで仕事の内容を把握されるのは気持ちが悪いだろ。とっくに成人してるんだぞ」
「そういうもん? 心配なだけなんだけどなあ」
「いい加減構い過ぎをやめろ。自主性ってやつを尊重しないと個性の潰れた人間が育つ。どうにかなると信じて黙って見てろ」
過去に何十回、何百回も言われてきたことだった。自分が学習しない人間であることを突きつけられ、ユングヴィは情けなさで黙った。ただただ純粋に自分が世話をしてきた若者がよそで嫌な思いをしていないか知りたいだけだったが、過干渉だと言われれば心当たりがないわけではない。ましてやオルティにとってのユングヴィはたまにただで飯を食わせてくれる顔見知りのおばさん程度の存在だ。
ホスローが「おれも母ちゃんにナイショのこといっぱいあるしなぁ」と言った。サヴァシュが「いやお前はまだ未成年なんだから母ちゃんにひととおりのことを説明しろ」とたしなめた。
「だってぜってぇおこるし」
「怒らないから言ってごらん。今日は何して遊んでた?」
「サソリ取りに行ってた」
血の気が引くのを感じた。
「こら!! やめなさい!! なんであんたはそういうことすんの!! 毒があるのに当たったらどうすんの!? 毒がなくても挟まれたり刺されたりして怪我したら膿んだりするかもしれないんだよ!?」
ホスローが肩をすくめて「ほら、ぜってぇおこると思ってた」とぼやく。サヴァシュが
オルティがふと笑った。
「この家は本当に賑やかだな」
ユングヴィは慌てて「ごめん」と謝った。
「せっかく一日の仕事が終わったってのにさ、うちにいたらゆっくりできないよねぇ」
「いや、別に嫌じゃない。ゆっくりすることだけが休むことじゃない」
ほっと胸を撫で下ろす。
「何せ俺は二十四人兄弟の六男だったからな、騒がしい方が懐かしくていい。白軍の宿舎はアルヤ人のお坊ちゃんだらけで本当に静かだ」
しかしそう言われると少し切なくなる。オルティの兄弟は姉一人を残してばらばらになってしまったのだ。
「ずっとうちにいてもいいんだよ」
何度も繰り返してきた言葉だ。
オルティの返事も、いつも一緒だ。
「仕事がある」
真面目な子なのだ。
ホスローに爪の垢を煎じて飲ませたい。
仕事にも熱心で、態度には一本筋が通っている。ホスローやアイダンの相手もしてくれる。余計なことは言わない。精悍な顔立ちは凛々しく、引き締まった体躯は均整が取れている。どこをどうとっても惚れ惚れする立派な若者で、ユングヴィはオルティが誇らしかった。
時々、自分がそんなオルティにしてやれることは何だろう、と考えることがある。
十九の息子に母親がすることといったら、常識的に考えれば嫁の世話だろう。だが、宮殿にはシャフラというそれはそれはたいそう美しい女性が仕えていて、オルティはその彼女といい感じである、という噂を聞く。お節介はできない。
そして、ふと、思う。
本当は、そういうことをソウェイルにしてやりたかったのだ。
ソウェイルが目の前からいなくなってしまったから、自分は、オルティをソウェイルの代わりにして、自分の息子として可愛がろうとしている。性格も姿かたちも何もかも似ても似つかないのに、同い年の男の子であるというただその一点だけでオルティにソウェイルを重ねて、ソウェイルにしたかったことをしようとしている。
もう二度と、ソウェイルとそういう生活をすることはない。
ソウェイルはユングヴィを拒絶した。
あの小さな家は取り壊された。
ユングヴィがフェイフューを死ぬまで追い詰めたからだ。
「俺は一回始めたことは最後までやり遂げる」
「忙しいところ悪いが」
次に話を切り出したのはサヴァシュだ。
「お前にひとつ頼みがある」
オルティが「俺に?」と呟きながら顔を上げた。
「実は、引っ越しを考えていてな」
サヴァシュがそう言うと、オルティは目を丸くした。
「王都を出ていくのか」
「ああ、そうなると思う」
少しの間、オルティは黙っていた。何か考え込んだようだった。
「サヴァシュさんが決めたのか?」
それに対してサヴァシュが「ああ」と答えると、オルティは頷いた。
「と言ってもこの先一年くらいの話じゃないと思うが。二、三年以内には、といったところか。次の赤ん坊が生まれてから話を詰める」
「まあ……、」
目を伏せる。
「普通の神経なら、この国は、潮時だ、と思うだろうな。と、俺も思う」
そこまで言わせてしまうのが申し訳ない。アルヤ王国は平原からはるばるやって来た彼を失望させている。
「それで、頼みというのは?」
サヴァシュが答えた。
「もしソウェイルがいよいよだめだと思ったら、一度この家に連れてきてくれないか」
今度はユングヴィの方が驚いた。サヴァシュがふたたびソウェイルをこの家で迎えることを考えているとは思っていなかったのだ。
しかしユングヴィは嬉しかった。
最後にもう一度会って抱き締めたいとは思っていたのだ。
「それが、俺がアルヤ王国にできる最後のことだ」
手放してしまった、ユングヴィの最初の息子だ。
本当は、愛しい。会いたい。
でも会えない。
自分の存在はソウェイルのためにならない。
「この一、二年のことで、俺らにできることがある、としたら、避難所としてこの家を開放することぐらいだろ。俺は家族の愛とかいうぼんやりしたもので癒されたりゆるされたりはしないと思っているが、それでも、宮殿にいるよりはマシってことはあると考えている」
オルティはまた少し考えたようだったが、そう間を置くことなく頷いた。
「まあ、それはあるかもな。宮殿にいるよりはマシ、というのは。一ヶ月禁酒して規則正しく早寝早起きするだけで変わることもある気がする」
そんなに生活が乱れているのかと思うと悲しい。
本当は、ソウェイルが何をしているのかまったく分からないのが、とてつもなく不安だ。でもユングヴィは忘れたふりをして暮らすしかない。
「だがアルヤ王を蒼宮殿から連れ出すのは難しいぞ。議会だの執政だの、あれこれの手続きが一介の白軍兵士である俺にできるかどうか」
「そこを折り入ってお前に頼む。お前の独断で適当にやってくれ。誰かに責められたらいつもどおり俺が悪いことにしてごまかせ」
「またそういうことになる……みんな俺にそういうことをやらせようとする」
「これが最後だ。少なくとも俺らはな」
オルティが大きな溜息をついた。
「分かった。シャフラにも言っておく。……なんとかする」
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