第10話 享楽の宮殿

 処女ではなくなったということに解放感があった。

 もはや守るべき貞節はないので、いつどこで何をしても一緒だ。ましてどれだけ望んでも心の夫と結ばれることはない。それなら誰を咥え込んでも同じだと思った。


 カノは暇を見つけてはソウェイルを誘って遊ぶようになった。


 ソウェイルはほとんど公務に出ないので、宮殿の彼の居住区域に行けばいつでも好きな時に会えた。

 特に朝が狙い目だった。彼は寝起きのまだ酒を飲んでいない時が一番活動的なのだ。夕方になると泥酔していて役に立たない。悪い遊びをするのは決まって午前中だった。


 明るい朝の日差しの中、惜しげもなく裸体を晒してまぐわう。


 日光を遮る曲面架構ヴォールトの屋根の下、庭の緑を眺めながらつながる。昇りつつある太陽の下、爽快感と高揚感で心は満たされた。


 カノは柱を抱き締めて後ろに立つソウェイルに向かって腰を掲げていた。ソウェイルはそのくびれた腰を抱えて後ろから触れてきた。みだらな水音とカノの甘い声が辺りに響く。


 とがめる者もない。


 その様子を眺めている者は当然一人や二人ではなかったが、誰も口を挟もうとはしなかった。太陽のすることに文句を唱える者はない。そもそも彼らはソウェイルの子供を得るために率先して女を宛がおうとしていたのだ、それがカノになったところで問題はなかったのだろう。しかもカノには血縁がいないので後腐れはない。むしろ好都合だったのかもしれない。


 結局、カノは側室として扱われることになった。お付きの女官が増え、より広い部屋に移住した。


 いい気味だ。

 今、自分は、アルヤ王国のすべての女の上に君臨している。


 今日もカノとソウェイルの痴態を何人かの兵士や侍従官、女官が見ている。彼らは皆目が合わないよう下を向いているが、二人が何をしているのか、黙って耳で聞いている。


 やがて果てると、ソウェイルはすぐ身を引いて、カノから手を離した。


 体から力が抜けてしまい、カノは床にうつ伏せた。


 カノに声を掛けることなく、ソウェイルは静かにどこかへ去っていく。いつものことだった。彼は終わった後のカノと顔を合わせたがらない。カノも話すことなどない。


 最中は自分にあるすべての穴が何かで満ちたように感じるが、終わるといつも、その何かが引いていく。心にある穴が広がっていき、ぽっかりとした虚無が現れる。

 常にこの穴をふさいでおきたい。

 ソウェイルを引き留めて次をすればいいのかもしれない。けれどソウェイルはいつも無言で立ち去ってしまう。必ず一回きりだ。


 腕を立て、膝を曲げて、獣のような四つん這いで体を持ち上げた。


 顎を上げると、何本か向こう側の柱の陰に白軍兵士が一人いるのが見えた。

 目が合った。

 彼はばつが悪そうに目を伏せた。

 その様子が、カノには可愛らしく見えた。うぶで恥ずかしがっているように思えたのだ。

 年齢も若そうだった。まだ十六、七だろう。自分より年下の新米兵士だ。


「ねえ」


 その場に座りながら、カノは彼に微笑みかけた。


「そんなところに突っ立ってないで、おいでよ」


 兵士の少年が辺りを見回す。動揺した顔でカノの方を見る。


「自分ですか」

「そう、あんただよ」


 手招いて「おいで」と言った。


 彼は周囲の様子を窺いながらもカノの方へ近づいてきた。

 王妃の命令に背くことはできないのだ。

 絶対的な権力を感じる。

 気持ちがいい。


「ね、女の子に触ったことある?」


 カノがそう問い掛けると、彼は上ずった声で「ございません」と答えた。


「もうちょっと近くに来て」


 少年兵がもう一歩分近づく。

 手が届く距離に立つ。


 彼の手を、つかんで、引いた。

 その触れ合った瞬間、カノは心の中に悦びが弾け飛ぶのを感じた。

 剣だこのある、硬い、大きな手だった。筋肉の厚みを感じる手だった。

 失った彼の手を思い出した。

 この手だ。この手に抱かれたかったのだ。


 少年の手に唇を這わせた。指先を舐めた。やがて柔らかい口内に押し込み、舌で包み込んだ。


「い、いけません」


 少年が逃げようと身を引く。けれど手首をしっかり握って離さない。


「だめですカノ様、陛下にどう思われるか――」


 口を離し、指先を一度ちろりと舐めてから、答えた。


「どうも思わないよ、だってソウェイルはあたしのこと何とも思ってないもん」


 心当たりはあるのだろう、少年は否定しなかった。ややして、ソウェイルがどう思うかではなく、建前上の話を始めた。


「それでもカノ様は側室で、我々にとっては王妃です。このようなこと、他の誰が何と思うか分かりません」


 そして後ろの方に目をやる。そこに誰かの息遣いを感じる。他にも白軍兵士がいて、息をひそめてやり取りを見ているのだ。


「気にしなくて大丈夫だよ。あたしが代わりに怒られてあげるから」


 少年のもう片方の手を取って、自分の無駄に大きくなった胸に押し付けた。

 少年の指が、震えた。

 カノの裸の胸を、そっと、つかんだ。


 胸が高鳴る。


「あたしのせいにすればいいんだよ。ね?」


 少年が、頬を紅潮させながら、身を寄せてくる。


「いい子だね――」


 その唇に舌を這わせた。


「いけません……こんなこと……」

「初めてなの? 震えてる」

「あの……」


 歯を舌先でつついた。


 ソウェイルに教わったことだった。


 空気が腐っていく。

 もっと広まっていくといい。この頽廃の宮殿に広がってしまえばいい。


 少年と抱き合って、カノは新たな発見をした。

 鍛えられた兵士の若者は体の作りがしっかりしている。少年でもある程度の厚みがあり、肩や胸がたくましく、頼もしかった。

 それが、失った彼のことを思い出させた。

 ソウェイルとは違う、たくましい腕で抱き締められる。たくましい胸に縋りつく。たくましい背中に爪を立てる。

 彼のからだもこんな感じだったのだろうか。


 力強い動きで、激しく攻め立てられる。

 最高の気分だった。

 求めていたのはこれだ。




 以後、カノは白軍兵士を手当たり次第誘うようになった。

 案の定、ソウェイルから咎められることはなかった。

 むしろソウェイルは面白がった。


「そこに俺も交ぜてくれ」


 そんなことを言って、近場にいた兵士を招いて三人で遊ぶことが増えた。


 蒼宮殿は悦楽を享受する頽廃の宮殿と化した。





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