第5話 被害者ヅラしてんじゃないよ
「いずれにせよユングヴィの中に俺はいないってことだ。だって俺がどう思うか考えたらフェイフューにあんなことしなかったんじゃないのか」
「昔からそうだった。ユングヴィがソウェイルのためって言いながらやったことにはろくなことがない。俺はそんなこと望んじゃいないのにってことばかりしでかす」
「ユングヴィは俺が本当に望んでいることには応えてくれないんだ。たとえば、俺はユングヴィにはもっと自分を大事にしてほしいのに、平気で前線に出ていって大怪我をしたり、赤軍兵士の乱暴な物言いに反抗したり、ほいほい男についていって妊娠させられたりする。家に帰れなかったらどうしようって思わないんだろうか? 俺が家で待っているのに? 俺は傍にいてほしいだけなのにいつも余計なことをする。たぶん俺が寂しがったり怖がったりするとは思わないんだ」
「俺はいつも怖かった。ユングヴィがいなくなったらどうしようって。ユングヴィはいつも自分を犠牲にして何かを守ろうとしている。そのやり方じゃ最終的には何も守れないってことを分かってない」
「ユングヴィが自分を犠牲にすればするほど俺が傷つく」
「俺はユングヴィの代わりに怒ることがユングヴィのためになるんだと思ってた。あの人を守るためには俺が矢面に立たなきゃいけないんだと。もうユングヴィが自分を犠牲にしないためには俺が強くないといけない。王にもなろうと思った。ユングヴィを失うのが怖かったから。もうユングヴィが傷つかなくても済む世の中になれば俺が安心できるはずだったんだ。他の誰でもなく俺自身が」
「フェイフューとも戦わないといけないと思った。ユングヴィを守るために」
「でも本当にフェイフューと戦うべきだったんだろうか」
「ぶっちゃけた話フェイフューが死んだことについてユングヴィが一から十まで悪いとは思ってない。というかむしろフェイフューの方が先にユングヴィに危害を加えた可能性が高い。正確にはユングヴィの子供に。だからどちらかといえば悪いのは本当はフェイフューの方なんだ。俺も頭では分かっている」
「ユングヴィは自分の家族に手を出されるのが一番嫌なんだ、自分自身はどうなってもいいと思っているくせに。そういう態度が家族にとっては一番怖いんだということは分かっていない。それが正しいんだと思っている。だからフェイフューに私的制裁を加えた。子供のためだと思ったんだ」
「暴力に暴力で返すことってどうなんだろう」
「ユングヴィがそれですっきりしたって言うんなら俺はもうユングヴィと一緒にいられない」
「サヴァシュも今は無理だ。フェイフューにとどめを刺したからじゃない。最初にユングヴィがそういうことをしようとしているのを知った段階で止めなかったんだと思うと……。知らなかったわけがない。ユングヴィは宮殿でラームに拷問を加えてる、その場にサヴァシュも同席してる。フェイフューが死んだ時だってそうだ、ずっとユングヴィの隣にいた。それで何も言わなかったんだ、と思うと信用できない」
「というよりチュルカ人だから殺される前に殺すという認識があるんだよな。だからユングヴィのそういう行動を肯定できたんだ。俺はそれまでサヴァシュが何をしても肯定してきたけど、その時初めてこの人は野蛮人だと思った」
「怖い」
「サヴァシュやユングヴィという個人だけじゃない。同時にそれをよしとしたこの国の空気も怖い。みんなそんなにフェイフューが嫌いだったのか? 俺を守るためならフェイフューを殺してもいいと思ったのか? 俺はフェイフューに怒っていたけどフェイフューに死んでほしいとまでは思っていなかった。でもみんな俺の気持ちを汲んでフェイフューを殺したんだよな? 俺のためになると思ったから社会の流れをそういう空気に持っていったんだよな? 俺に手を出したフェイフューだからユングヴィに殺されても仕方がないと思ったんだよな?」
「ユングヴィだけじゃない。この国の民全員の中に俺はいない」
「俺の気持ちって何だ?」
「俺はそんなこと望んじゃいなかったんだ」
「フェイフューは十五歳だった。当時は俺も十五歳だったから分からなかったけど、もうすぐ十九歳になる今、白軍の軍学校とか王立女学校とかにいる十五歳の子を見てるとぞっとする。十五歳は成人したばかりの子供だ。それを国中がよってたかってぼこぼこにしたのか?」
「お前も見ただろ? フェイフューの死体。ありえないくらい臭かったな」
「今でも夢に見る」
「でも、さっきも言ったけど、たぶん、最初のきっかけを作ったのはフェイフューなんだ。たぶん、ユングヴィのお腹の子を殺したのはフェイフューなんだ」
「その前から、フェイフューは多くの人を侮辱してきたしユングヴィを乱暴に扱ってきた。だから表立ってユングヴィを責めることはできない。何度でも言う、きっかけを作ったのはフェイフューだ」
「ユングヴィはずっとフェイフューのああいう言動に我慢してたと思う。女であることで馬鹿にされて貧しい地方の出身であることで馬鹿にされて教育を受けていないことで馬鹿にされてチュルカ人と結婚したことで馬鹿にされて、それでフェイフューのせいで流産した? そりゃ殺そうと思うよな」
「サヴァシュだってそうだ」
「二人ともそれが俺を含めた自分の子供たちのためだと思ってやったんだ。けして私利私欲のためじゃないんだ」
「本当は分かってる」
「一番悪いのはフェイフューなんだと思う。フェイフューが素直ないい子だったらこんなことにはならなかった」
「だけど十五歳だった」
「みんなフェイフューを断罪したから楽になれたんだ。最初に過ちを犯したフェイフューにすべての罪をかぶせてフェイフューの責任を追及すれば楽になれる。最初に悪事を働いたのはフェイフューなんだから。フェイフューが悪いことをしなかったらフェイフューは死なずに済んだ。自業自得なんだ」
「たぶん俺もフェイフューが悪いと言えたら楽になると思う。そしたらユングヴィやサヴァシュの行動も肯定できると思う、また一緒にいられると思う」
「なのに俺は受け入れられない」
「どうしてフェイフューにやり直させてくれなかったんだろう。どうして死ぬまで追い詰めたんだろう」
「誰もフェイフューを助けてくれなかった」
「みんな――ユングヴィはもちろん、フェイフューも、サヴァシュも――王国の民みんなが、そのせいで俺が寂しがったり怖がったりするとは思わなかったんだ」
「俺は自分の感情をどう処理すればいいんだろう」
「まあ、答えは誰も教えてくれないんだろうな。何せ『蒼き太陽』には人格が必要ないから」
酔った勢いでそう吐き出すソウェイルに、カノはこう答えた。
「いや、あんたがフェイフューを庇ってフェイフューを助けてくれればよかったんじゃないの。なんでみんながあんたの気持ちを察してくれると思ってんの? あんたが行動すればよかったんだよ」
「ユングヴィの件だって、一回でもユングヴィに直接そう言ったことある? ユングヴィはそこまでバカじゃないよ。事実サヴァシュと結婚してからだいぶ変わったじゃん、あれはサヴァシュがはっきり言うから理解できたんだよ。あんたもユングヴィにやめてって言えばよかったんだよ。本人に直接言わないから伝わらなかったんだよ」
「フェイフューもそう。フェイフューが悪いと思ったんなら兄として叱りなよ。フェイフューはずっとあんたの反応を気にしてたんだからあんたが何か言えば何かはしたと思うよ」
「国の民衆だってそうだよ。『蒼き太陽』の絶大な権限をもってフェイフューを守ればこんなことにはならなかったんだ。あんたが一喝して俺がこうするって言えばみんな従ったと思う」
「何もかも後手後手に回ったあんたの失敗じゃないの。あんたが悪いんだよ。全部あんたが悪い。一から十まであんたの責任だよ。断罪されるべきはあんただよ」
「何回でも聞くよ。なんでソウェイルはフェイフューを助けてくれなかったの?」
「被害者ヅラしてんじゃないよ」
「一番悪いのはソウェイルだよ」
「……そうだな」
ソウェイルは頷いた。
「俺がフェイフューを殺したんだ」
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