第13話 最後の会議

 第八の月アーバーンが訪れた。

 冬が猛烈な勢いで迫ってきている。昼間はまだほんのり暖かいが、夜は吐く息が白くなるほど冷える。

 遠くの山にうっすら雲がかかっているのが見えた。

 窓に身を乗り出して外を眺めていたエルナーズが、「雪が降りそうね」と呟いた。

「これ以上集まりそうにないな」

 ナーヒドが言う。

 部屋の中にいるのは、ナーヒド、ラームテイン、エルナーズ、ベルカナ、そしてカノの五人だ。

「始めるか」

 言ってから、彼は溜息をついた。

 カノは、胸の奥がぎゅっと握り締められるような痛みを感じた。

「十神剣会議」

 半分しかいないのに、だ。

 十神剣会議は、月に一回行なわれることになってはいたが、毎月決まった日に開催しているわけではなかった。今まで多忙なテイムルの予定に合わせて組まれていたのだ。白将軍にとって都合のいい日に、その時エスファーナにいて予定を合わせられる将軍を集めて、わりと適当にやっていたのである。

 座長がいなくなったことで十神剣会議まで消えてなくなるのに気づいたナーヒドが、第八の月アーバーンに入ってから、急いで面々を招集した。

 結果がこれだ。

「アフサリーも引き留めるべきだったか」

 今日のナーヒドは先月までテイムルが使っていた中央の座椅子に座っていた。エルナーズは窓辺に、ラームテインは窓のない壁にもたれて立っている。ベルカナはナーヒドと向かい合って座っていて、カノはベルカナの隣で火鉢に手をかざしている。

 ナーヒドが渋い顔をしてひとり腕組みをしている。意外なことに今日は怒鳴り散らさない。以前だったら欠席する者や行儀の悪い者に罵詈雑言を投げかけていたところだ。どういう心境の変化だろうか。テイムルの影響だろうか、それとも、噂のチュルカ人女性の影響だろうか。

 考えただけで、カノは何も言わなかった。周りには物怖じしない娘だと思われているようだが、小さい頃からしつけと称して厳しい言葉を投げつけてきたナーヒドはカノにとって怖い存在だった。

「しょうがないわよ。いつものことじゃない、用事が済んだらすたこらさっさよ」

 ベルカナが湯気の立つ茶碗に息を吹きかける。

「あのひとはめんどくさいことに関わりたくないんだわ。でも、まあ、いいんじゃない? いるのに逃げ腰よりは」

 「そうは言うが」と、ナーヒドはまた溜息をついた。

 カノは、彼はアフサリーを無責任だとなじるのではないか、と思った。

 しかし、今日の彼はこんなことを言った。

「テイムルも、サヴァシュも、ユングヴィもいない。ベルカナ、実質お前一人だ」

 意外だった。ナーヒドには対立する派閥の人間を徹底攻撃するつもりはないのだ。しかし、こういう言い方をするということは、ベルカナの、ひいてはソウェイルの味方をするわけでもないだろう。

「あら優しいのね」

 ベルカナが苦笑する。

「あたしは最悪一人になっても平気よ」

 その言葉も、何通りにも解釈できた。欠席したあの夫婦を擁護しているのか、それとも逆に突き放しているのか。いずれにせよフェイフュー側の人間になびくことはないと宣言しているのか。

 カノがどちら側であってもベルカナには関係がない、ということだろうか。

 カノには分からなかった。

 訊いて確認することもできなかった。部屋の中の空気が重すぎて口を開くのに勇気がいる。

 ここでベルカナに問い掛けたのは、ラームテインだった。

「お聞きしてもいいですか」

 彼の方を向いて「何をかしら」と応じる。

「そこまでしてソウェイル殿下を支持する理由は何です? 僕からすると、サヴァシュもユングヴィも、そしてテイムルも、深い理由はなく、個人的な感情でソウェイル殿下を支持していたように見えるのですが。ベルカナには何かソウェイル殿下を通じた展望が見えているのですか」

 ベルカナは「個人的な感情で支持しちゃだめ?」と、優しく穏やかな声で返した。ラームテインは冷たく切り捨てるように「はい」と即答した。

「アルヤ王国の将来がかかっています。ひとに説明できない理由で王を決めるわけにはまいりません」

「そう言うあんたはどういう理由でフェイフュー殿下を支持してるの」

「王国の民の多くが求めている王になれるからですよ」

 すらすらと述べるさまにはためらいが一切ない。

「アルヤ人は誇り高い民族です。サータム帝国のくびきにあることをよしとしません。貴族も大衆もアルヤ人は皆帝国からの独立を求めています。僕は単純に事が為るとは思っていませんが、多くの民の支持を集めるためには見せかけでも強いアルヤ王国を演出しておくべきです。すなわち、強くたくましく清らかなアルヤ王が必要です」

 声は力強い。

「僕はこれにはフェイフュー殿下の方がふさわしいと考えています。フェイフュー殿下は毅然とした外交政策で支持を得られます。それこそ、独立でも何でも、思いどおりの政治をなさることが可能でしょう」

 カノにも分かる理屈だった。さすが頭のいい人間は違う。カノにはそんな理屈などなかった。

 続いて、ナーヒドが「俺もそう思う」と語り始めた。

「俺は外交政策より内政面でのご活躍を期待しているが。議員をはじめとした貴族たち、王国の屋台骨である文官、我々王国軍の武官、殿下はいずれにも顔が利くし、いざとなったら彼らをねじ伏せることのできる知力と胆力もある。加えて実務能力だ。王は統治機構の頂点として事務作業もこなさねばならん。やはりまっとうな学校教育を受けている者の方が適している」

「そう」

 茶碗を床に置いた盆の上にのせる。

「確かに、王に求められるものがそういうものだった場合は、ソウェイル殿下よりフェイフュー殿下ね。それも、圧倒的に」

 今度はエルナーズが「別にいいわよ」と微笑んだ。

「俺はそこまで難しい展望とやらがあるわけじゃないわ」

「あらそう?」

「それこそ、個人的な感情ってやつよ。フェイフュー殿下ははっきりものをおっしゃる。何を見て、何を考えて、何を求められるか、はっきり話してくださるわ。これって人間の信用を勝ち取る素質じゃない? あのおとなしくて何考えてるか分かんないソウェイル殿下を誰が信用すんのよ。俺はいわゆる下々の民だから強力な人間がぐいぐい引っ張ってくれるんならそれを信じて流される方が楽な人生だと思っちゃうのね」

 ベルカナは厚い唇を尖らせてしばらく黙っていた。何かを考えているようだった。

「……まあ、そうね」

 それでも、彼女はなびかない。

「あたしは、そういう理屈じゃ説明できない、何かを超越したところにいらっしゃるソウェイル殿下だから、惹かれるんだけども」

「それは『蒼き太陽』だからではないのか?」

「分からないけど、仮にそうだったからとして、何か問題があるのかしら? 『蒼き太陽』であることとソウェイル殿下のお人柄は不可分のものであるべきかしら」

「それで納得できない人間が増えてきたからこういう議論になったんでしょう? そこに回帰するのは時代遅れですよ」

 ベルカナは困っている様子だ。

 だがカノは、今こそ、と思った。今なら、ナーヒドとラームテインとエルナーズが応援してくれる気がした。この流れならベルカナを納得させられる気がしたのだ。

「あのね、みんな」

 四人分の視線がカノに集まる。

 緊張した。思わず息を呑んでしまった。

 でも、今なら、味方が多い。

「あたしも、フェイフューにつく」

 ベルカナが目を丸く見開いた。

「次の多数決では、フェイフューを、選ぶね」

 ラームテインもエルナーズも、こちらに歩み寄ってきた。

「ありがとうございます」

 ラームテインが素直な笑顔で言う。

「ようこそこちら側へ」

 エルナーズも微笑んでいる。

 ナーヒドは「なぜ」と問うてきた。

「お前はソウェイル殿下と親しくしているのではなかったか」

「フェイフューとも親しくしてるつもり。両方ともと仲いいつもりだよ」

「理由を聞いてもいいか」

 服の前、腹の辺りを握る。手汗を押し付けるようにして拭う。

「フェイフューが、立派な王様になってくれるって言ったから」

 嘘だった。それは本当はソウェイルの話だ。ただカノはソウェイルのそれを空言そらごとだと思っていた。彼の言葉には実が伴っていないように感じるのだ。カノにとってのソウェイルは今もまだあの部屋で遊んでいる少年だ。

 本当のことは言えなかった。

 この状況で王妃になるなどと言ったら世迷いごとだと思われるに違いない。最悪フェイフューと引き離されるかもしれない。

 フェイフューの足を引っ張りたくもなかった。こんな時に女と戯れているなどとは思われたくないだろう。フェイフューに不利なことは絶対に言わない――それがカノの正義だった。

 フェイフューを守りたい。

 今はまだ二人きりで話しただけの口約束だ。けれどフェイフューが王になればこの話はきっと具体的になる。

「あんたフェイフュー殿下とお会いしたの?」

 ベルカナが珍しく動揺もあらわな蒼い顔で問うてきた。

 カノはこわごわ頷いた。

「いつ」

「最後に二人きりで喋ったのは、先週の今頃だけど」

「どうしてあたしに内緒でそういうことするの……!」

 少し怖かったが、カノは自分が悪いとは思わなかった。せいいっぱい虚勢を張って答えた。

「ベルカナだって、あたしには何の相談もなしにソウェイルについたのに。あたしだって、ベルカナに相談しないでフェイフューにつくよ」

「バカ!」

 「決まりですね」と、ラームテインが話をまとめた。

「これで、ソウェイル殿下が四、フェイフュー殿下が四。五分五分です」

 カノは、頷いた。

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