第14話 友達に、なってほしい
その日の夜のことだ。
オルティはそろそろ寝ようと思い、当面のオルティの私室としてあてがわれた部屋に向かった。
部屋の中央に敷かれた布団に横たわりつつ、燃える
掛け布団をかぶった。
まぶたを下ろす直前、廊下から声を掛けられた。
「オルティ」
潰れた少年の声だった。
ソウェイルだ。
上半身を起こして、戸の代わりに使っている
衝立と壁の隙間から、誰かが――おそらくソウェイルが、オルティの様子を窺っている。
「もう寝るか?」
「いや、そこまで眠いわけじゃない」
「じゃあ、俺が部屋に入ってもいい?」
「ああ」
むしろソウェイルともっと話ができるのはありがたいと思った。昼食の場では少し話を聞くことができたが、途中から子供たちが騒ぎ出したがために半端に終わってしまったのだ。ましてソウェイルは表情の変化に乏しくいまいち真意をはかりかねる。
もっと話をしたい。ちょっとでも多くの情報をアフサリーに送りたいし、オルティ自身もアルヤ王国で暮らすにあたってもっとアルヤ王国の人間と接触したい。
「来てくれ」
言うと、ソウェイルが衝立をのけて部屋の中に入ってきた。
ソウェイルも寝間着姿だった。襟のない、丈は膝下まである服を着て、袴ははいていない。おまけに枕を抱き締めている。
オルティは顔をしかめた。
「なぜ枕?」
どうして問われたのか分からないとでも言いたげに首を傾げてから答える。
「オルティといっしょ寝ようと思って」
「待て待て待て、布団は一組しかないぞ」
「え……いっしょ寝る……」
「本気か? というか正気か?」
「だめか」
華奢で大きな瞳のソウェイルを見ていると言葉に詰まってしまう。ロジーナ人に殺された妹たちを思い出してしまうのだ。強く拒むのが悪いことのように思えてくる。
「まあ……いいけど……」
オルティがしぶしぶ了承すると、ソウェイルは最初から許可されると分かっていたのではないかと思うほど自然に傍へやって来て、オルティの左隣に横たわった。そして、大きな瞳でオルティを眺めた。
ソウェイルの蒼い瞳が透き通って見える。窓から差し入る月光を吸い込んでいる。魔力が詰まっているかのようだ。アルヤ王国の魔術師――そんな第一印象がどんどん強くなっていく。
見つめられていることに居心地の悪さを感じて、オルティは一度視線を逸らした。そして、ソウェイルの隣に寝転がった。
乾燥した高原の夜は涼しく、ソウェイルが近くにいてもさほど暑苦しいとは感じない。それに、新しく用意された大判の布団の上で、オルティより一回り細いソウェイルはそこまで邪魔だとは思わなかった。弟たちと一緒に寝起きすることに慣れていたこともあるだろう。
「寝るだけか? 何か用があるんじゃないのか」
問い掛けると、ソウェイルはすぐに答えた。
「夜這い」
「えっ」
心臓が跳ね上がった。
ソウェイルの大きな蒼い瞳が、オルティをじっと見ている。
華奢で色白の綺麗なアルヤ産の美少年と一夜の過ちを――
「冗談だ」
思わずソウェイルの額を叩いた。
「真顔で言うな、本気にするだろうが」
「真顔……そんなつもりは――そうか、なんで俺の冗談は冗談だと思ってもらえないんだろうとずっと不思議に思っていたけど、顔の問題だったのか……」
そして「オルティとちょっとおしゃべりしたくて」と言って外を向く。
「いや、話をしたいならなおさら顔を見るべきだろ」
「え……恥ずかしい……見つめ合ってたら、俺、おしゃべりできない……」
溜息をついて、オルティもソウェイルとは反対側を向いた。背中合わせの形になる。
「ほら、これで喋れるか」
「ああ」
一拍ほど、間が開いた。
「――あのな」
ぽつりぽつりと話す声には威圧感がない。落ち着いていて、穏やかだ。聞いているオルティの側も高揚感が起こらない。興奮して眠れなくなるよりはいいのかもしれないが、今朝のフェイフューの演説の盛り上げ方は本当に見事だった。どうしても比べてしまう。
「俺は、グルガンジュ王国のことは応援できない。ごめんな」
オルティは、寝転がったまま頷いた。
「いい。何となく分かっていた。だが……、一応、理由を聞いてもいいか」
「俺はサータム帝国にもノーヴァヤ・ロジーナ帝国にもいい顔をしたいんだ。うまく二つの国の間をちょろちょろして戦争を避けたい。だから表立ってチュルカ平原の諸王国にお金や物を送ることはできない。当然、兵隊を送り出すことも」
オルティが「そうだな」と苦笑する。
「戦争は、しなくていいならしない方がいい」
「……ありがとう」
「でも、もしお前が王になったとしたら、その、二つの国の間のちょろちょろはすさまじく骨が折れるぞ。お前は器用にやれるのか? フェイフューの言うとおり、どっちが敵でどっちが味方か明確にした方が、アルヤ王国の外交を担当する人間が楽だと思う」
「やるしかないだろ」
ソウェイルが、掛け布団を自分の肩まで引っ張り上げる。
「この大陸で唯一、大通商路の真ん中にあるアルヤ王国にしかできないんだから」
オルティは、また、頷いた。
アルヤ王国は商業大国だ。王に必要なのは、強さや勇ましさではなく、柔軟さや器用さかもしれない。
「俺は、別に、誰かに謝ったりお礼を言ったりするのが苦手じゃないので。……一国の王が軽々しくそういうことすんなってよく言われるけど」
オルティもまた掛け布団を引っ張って自分の肩に掛けた。
「俺はどうしたらいい? お前が王になったら、俺はここから出ていくことになるんだろうか」
「うん……、それもいろいろ考えたんだけど」
前置きして「たとえばだけど」と言う。
「アルヤ王国がグルガンジュ王国を助けることはできないけど、アルヤ王が個人的にオルティを助けることはできると思う」
オルティは目を丸くした。
「ただ」
ソウェイルの声は静かだ。
「それは、オルティに、グルガンジュ王国を諦めてもらうことにつながるかもしれない。だから、俺は、あんまり簡単に、グルガンジュ王国の第六王子オルティではなくオルティ個人で、とは、言えない」
「……分かっては、いるんだな」
「そういうのは、踏みにじっちゃ、だめだろ。お前の、
彼は「やってもらいたいことはある」と言った。
「オルティはチュルカ平原の出で、同時に、アルヤ式の宮廷文化に慣れてる。そういう、両方のことを分かってる人間に、俺は、俺の、政治を手伝ってほしいんだよな。もうちょっと具体的に言うと……、武官になって軍隊を仕切ってほしい」
「アルヤ王国の武官、か」
「そう。でもそれって、昼もちょろっと言ってたけど、アルヤ王国に忠誠を誓ってもらわないといけなくなるかもしれない。……しんどくないか」
オルティは何も答えなかった。
しばらくの間、二人の上を静寂が通り過ぎていった。月だけは変わらず輝いている。
「……オルティ」
ソウェイルが、言う。その声には、少しの懇願が滲んでいる気がする。
「友達に、なってほしい」
小さな声で「俺の」と付け足す。
「俺……、男友達がいないんだ。同世代の男とは、弟のフェイフューとしか接点がないから、どう付き合ったらいいのか分からない。正直……、こうやってやり取りしてて、オルティが不愉快じゃないかとか、いろいろ、考える。そういうのを……、教えてほしい」
また苦笑して、頷いた。
「友達というのは、友達になろうと言ってなるものじゃないが……、分かった。友達に、なろう」
背中越しに、ソウェイルがわずかに動いたのが分かった。
「意見が合う人間じゃないと友達になれないわけじゃないからな」
「そうか」
「アルヤ王国とグルガンジュ王国の交流と、ソウェイル個人と俺個人の交流は、別、ということだな。……それで、いいんだな」
「ああ。それが、いいんだ」
ソウェイルは「ありがとう」と素直に言う。
「安心した。寝る」
「おう。おやすみ」
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