第11話 武器を持って戦うことの是非 3

 一段落ついたのを察してか、イブラヒムが口を開いた。

「ソウェイルよ、何かないかね」

 名を呼ばれてから、ソウェイルが体を起こした。

 彼は立ち上がらなかった。その場で背筋を伸ばしただけで、腹の前で両手の指を組み合わせたままだった。

「イゼカ族」

 その声は涸れたように潰れていた。喉の調子が悪そうだ。

「ティズカ族、テュルキア族、キズィファ族、ケルクシャ族」

 最初風邪でもひいたのかと思ったが、オルティにもおぼえがある――彼は今まさに声変わりの頃に突入したのだ。

「セジュカ族――グルガンジュ族」

 呪文のようだった。魔法使いのようだった。フェイフューが政治家であるのに対して、ソウェイルは魔術師だ。

「お前は今、チュルカ民族、と一言で言ったけど。チュルカ語を話す人々が数十の部族に分かれていることは知ってるか」

 オルティは虚を突かれた。

 ソウェイルは、落ち着いた様子で、どこを見るでもなく、淡々と続けた。

「お前、北チュルカの古い遊牧民たちと、南チュルカの軍事国家群と、アルヤ王国に住む定住チュルカ人、アルヤ王国に住む非定住チュルカ人、そういう違い、分かるか」

 鼓動が早まった。

 フェイフューに肯定してほしいと思った。アルヤ王であるところのフェイフューに分かっていると、オルティたちチュルカ人を理解していると言われたかった。そうすれば全幅の信頼を寄せることができる。

 「分かっていますよ」と答える声には若干の負の感情が混ざっている。ひとを無知だと言おうとしているソウェイルへの非難だ。

「しかし共通の敵があれば団結するでしょう。ロジーナ人という巨大な敵があれば、皆、ひとつになる。かつてアルヤ人がサータム人と戦ったように」

「どうやって?」

 ソウェイルの声は静かだ。

「信仰も、生業なりわいも、部族構成も、部族によっては言葉にだって方言があるのに。どうして、チュルカ平原には、統一王朝がないのか。想像したことはないか?」

 オルティにとっては、それは、当たり前の、当然のことだ。いまさら問うことではない。

 フェイフューがオルティの方を振り返った。

「やってくれますよね」

 彼は、笑っていた。

「アルヤ王国が全力で支援するのですから。グルガンジュ王国は、やってくれますよね?」

 指の先が痺れるような緊張を覚えた。

 ソウェイルが、やっと、立ち上がった。

「お前はグルガンジュ王国に武器を持たせて戦わせようとしている」

 喉の奥が渇く。胸の鼓動が聞こえる。

 武器を持たせて、戦わせる。

 この言葉が、オルティの心に響いた。

 フェイフューが一拍言い淀んだ。

 その隙を突くように、オルティは、口を開いた。

「俺は戦ってもいい」

 グルガンジュ族が草原の覇権を握る時が来たのだ。

「俺は、チュルカ平原の統一を目指して、戦ってもいい。その分アルヤ王国が支援してくれるのなら、とても、心強い」

 ソウェイルの、蒼い、感情のない瞳が、オルティを見下ろしている。

「チュルカ平原は統一される日が来たのかもしれない。そうでなくても今回のノーヴァヤ・ロジーナ帝国の南下でいくつかの王国は連合した、不可能ではないと思う」

 瑠璃ラピスラズリよりも柔らかく、空石ターコイズよりも濃いのは、髪だけではない。その瞳もまた、石のようだった。感情が見えない。

 フェイフューの方が熱く燃えたぎっている。

 戦士は勇ましく荒々しい方がいい。

「――アルヤ王国軍もまた再編制の時が来たものと思います」

 フェイフューの声は、よく通る。

「チュルカ人軍人奴隷ゴラームを解放しましょう。チュルカ人にはチュルカ平原があります。アルヤ王国では、アルヤ民族の、アルヤ民族による、アルヤ民族のための、アルヤ王国常備軍を作りましょう」

 また、一同が声を上げた。だが上げられた声には賛同の方が強く大きいように聞こえる。

 大勢がこの宮廷に君臨するフェイフューという王を讃えている。

 イブラヒムが言う。

「ソウェイル、もう少し何か言いたまえ」

 促され、ソウェイルはもう一度口を開いた。

 だめだ、と思った。ソウェイルはイブラヒムに言わされている。彼が王になればこの国はサータム帝国の傀儡政権になる。

「アルヤ王国はアルヤ人の国というわけじゃないんだけど――」

 ソウェイルがそう言った途端だ。

 オルティの後ろにいる貴族たちが一斉に反対の声を上げた。

 それを受けてか、ソウェイルは黙った。腰を下ろしてしまった。

 彼が壇上から下りてくることはなかった。

 イブラヒムが肩をすくめた。そして鼻で笑った。

「フェイフュー」

 フェイフューが壇上のイブラヒムを見上げる。

「どうやらソウェイルにはこれ以上言いたいことはないようだ」

 フェイフューもまた笑った。その勝ち誇った笑顔は強く頼もしく見えた。

「君はまだ言いたいことがあれば語ってもよい」

 「分かりました」と頷いた。

「僕は王になったら軍学校を増やしたいです。軍事教練を受けた兵士をもっと増やすのです。そしてアルヤ騎士道の復活を。自らの意志で剣を取るアルヤ人が増えますよ。そういうアルヤ騎士を草原に派遣してもいいですね」

 イブラヒムが鼻で笑う。

「君はなかなか強気だ」

 「サータム帝国から来た総督の私の前でそれを言うとは」と言う声は冷静だ。言葉の内容とイブラヒム自身の感情が連動していないように聞こえる。

「サータム帝国がアルヤ王国の軍事力を恐れて潰しにかかるとは思わないのか」

 フェイフューは「望むところですよ」と答えた。

「かかってくるなら、きなさい」

 オルティの胸は高鳴った。

「アルヤ王国を潰して損をするのはサータム帝国の方では? サータム帝国がまことに大陸の覇者を名乗るのであれば――くんたる者、能のある士をいつくしむべし。優れし者の面目めんぼくを潰すべからざるなり」

「君は本をよく読む子だ」

 「ふむ」と自分の頬を掻く。

「すべからく憎しみを得るべからざるなり、か」

 そして、視線をオルティの方へ向けた。

「オルティ王子」

 オルティもイブラヒムを見た。

 しかしイブラヒムはオルティを嘲ることなく言った。

「もっと訊きたいことがあれば問いたまえ」

 オルティはしばし悩んだ。もう少しソウェイルの話を聞きたいと思ったのだ。フェイフューのことはよく分かった気がするが、ソウェイルはいまだ何を考えているのか不透明だ。

 公衆浴場で出会った男たちの言葉を思い出した。

 ――隣の家に住んでる――これ以上に重要なことはないって俺たちのソウェイル殿下もおおせだ。

 ソウェイルは、戦いたくないのかもしれない。隣人と事を構えることをいとっているのかもしれない。

 もしかしたら、彼はこうして弟と論をぶつけ合うことすらしたくないのかもしれない。

 その場合今この場で何かを訊ねても明確な答えは返ってこないはずだ。

 それに、オルティ自身にも時間が必要だ。情報量が多すぎて少し混乱しているところがある。冷静に考えてから出直す必要がありそうだ。

 アフサリーに報告するにはまだ足りない。けれど、今ではない。オルティは急いでいないのだ。加えてまだ七ヶ月ある。

 「ない」と答えた。

 イブラヒムが手を叩いた。

「よろしい。閉会だ」

 弱い王子は王の後継者になれない。

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