第20話 すべてはフォルザーニー家の栄華のために
広間に、十歳前後から二十代半ばくらいまでの若い男女が居並んでいる。
髪の色は朝の金から夜の黒まで、瞳の色も琥珀石から黒曜石までと多様な色合いのひとびとだ。
いずれも特徴は異なるが端正な顔立ちをしている。アルヤ民族にとどまらない、東洋とも西洋ともつかない不思議な顔立ちの美男美女たちである。
彼ら彼女らはこの家が世界のありとあらゆる地域から綺麗だとされる美女を囲って血を掛け合わせ続けた結果生まれた子供たちなのだ。
扉が開き、ひとりの男が入ってきた。
実年齢はすでに六十近い壮年だが、筋骨隆々とした体躯はいまだ衰えを知らず、肌も張りがあって輝いている。白地に金の刺繍の施された絹の衣を粋に着こなしており、同じく白いターバンにはしゃれた孔雀の羽根を刺していた。
「やあ、ただいま、私の可愛い子供たち」
フォルザーニー家の当主、アルヤ王国貴族院議長である男は、愛する子や孫たちを眺めて微笑んだ。子や孫たちも、この家においては王よりなお尊く仰ぐに足る己が父の帰宅を歓迎して、口々に「おかえりなさいませ」「お疲れ様でございます」と答えた。
下男が折りたたみ式の椅子を持ってきて壁近くに置いた。支度ができると当主に向かって深く礼をした。当主が「ご苦労」と言いながら椅子に腰を下ろした。
「さて、我がフォルザーニー一門の未来を担う若人たちよ。今日は何の日だか知っているね?」
中でも年少の、まだ十歳ほどおぼしき少年が手を挙げて「夏至です!」と答える。当主は目を細めて「よろしい、賢い子だ」と囁いた。
「みんなお待ちかね、十神剣による多数決が行なわれたよ。お父様はその様子をこの目で確かめてきた。どんな結果になったか、知りたいかね」
全員が一斉に「知りたいです」「教えてください」と騒ぎ出した。当主が押さえつけるような仕草をして「静まりなさい、静まりなさい」と微笑んだ。
「春分の日のことは憶えているかい?」
「はい、赤将軍ユングヴィと黒将軍サヴァシュがソウェイル王子につきました」
「紫将軍ラームテインと蒼将軍ナーヒドはフェイフュー王子につきました」
「でもおじいさまは空将軍エルナーズもフェイフュー王子につく見通しだとおっしゃっていたでしょう」
「ふむ、私の孫たちは元気だね。いやあ、利発で頼もしい」
「それで、それでどうなさったの?」
「早く教えてくださいませ!」
もったいぶって、「よく聞きたまえ」と言ってから、語り始める。
「まず、第二王子フェイフューの方。紫将軍ラームテイン、蒼将軍ナーヒド、そして前情報のとおり空将軍エルナーズが席についた」
子供たちが息を呑む。
「次に、第一王子ソウェイルの方。赤将軍ユングヴィ、黒将軍サヴァシュ、そして――」
当主の、琥珀色の瞳が光った。
「なんと。桜将軍ベルカナがソウェイル王子の側についた」
興奮して「きゃあ」と叫んだ幼子を、傍にいた年長の娘が「およしなさい」とたしなめて抱き締めた。
「気持ちは分かる、私も驚いた」
当主が自らの顎を撫でる。
「もう少し賢い女だと思っていたが残念だ。自分が動けば橙将軍カノがどれだけ不安に思うか想像できないわけではないだろうに」
ひとりの青年が手を挙げる。
「しかし以前桜将軍ベルカナがソウェイル王子と秘密裏に会談をもったという話はありました。宮殿の北に女官として忍び込ませた者がはっきりそう証言しています」
「それは私も知っている。だがまさかこんなに早く動き出すとは、ソウェイル王子はその時に一撃で彼女の心を射落とすほどの威力のある発言をしたに違いない。いったい何を言ったのやら、引き続き桜軍に忍び込ませた者に探らせてみるつもりだけれども、まあ、桜将軍ベルカナは尻尾を出さないだろうね、彼女と私の追い掛けっこもすでに二十年が過ぎた」
人差し指を立てて振る。
「お前たちにひとつ忠告しておかなければならない」
子供たちが静まり返った。
「第一王子ソウェイルの発言には充分警戒することだ」
目の前の父あるいは祖父である男を見つめる。
「我々があの子の発想を理解することは難しいだろう。我々が豊かで、高貴で、教養があって、先進的だからだ。我々には愚か者の発想が理解できない。優秀であるがゆえにいつか愚かな貧民に足元をすくわれる。一方あの子は下々の民と親しく交わり宮廷にあっては吸収できないことを身につけてくる。愚かな貧民に標準を合わせることができる――これは、脅威だ」
彼は「愚かな大衆ほど恐ろしいものはない」と断言した。
「よいかね、子供たちよ。この世には道理というものを理解できない者がいる。おのれのいだく合理的で先進的で開明的な意見に根拠なく反対する者が現れて道を妨害される危険性を常に考えておきなさい」
子供たちが、頷いた。
「さて、これでソウェイル王子とフェイフュー王子は三対三。テイムル君は立場上沈黙しているが確実にソウェイル王子側であるから実質的には四対三。今後母親の顔色を窺った橙将軍カノがソウェイル王子についたとして、緑将軍アフサリーと総督イブラヒムがフェイフュー王子につけば状況は五分五分――最終的には私が王を決めるかもしれない」
そして、「議論の時間だ」と宣言する。
「さあ、語り合うがいい、私の可愛い子供たち。お前たちならばどちらを選ぶ? 私にどちらを選んでほしい? お父様はお前たちの決めた方を選ぼう、これからの時代、老いてゆく私ではなく若いお前たちの意見を尊重せねばなるまい」
ひとりの青年が立ち上がった。
「フェイフュー殿下にするべきかと存じます」
「理由は」
「徴税権がまだサータム帝国にあります。帝国から金の流れを取り戻さなければなりません。我々が富を奪い返すためには強く勇ましい王がいいでしょう。まして彼は大学でこの僕と席を並べています、信頼に足る男ですよ」
また別の少年が立ち上がった。
「僕もフェイフュー殿下がよいかと存じます。フェイフュー殿下は常に最適解を選ばれるからです。合理的で先進的で開明的、我が家の家風に見合う政策を行なってくれるはずです。宮殿は我らにとって働きやすい環境となるでしょう」
当主が大きく頷いた。
「実のところ今は私もフェイフュー王子がいいかと考えているよ。なぜならばあの子の正義は分かりやすいからだ。賢くていい子のフェイフュー王子は必ず道理に合ったことをする――つまり行動が予測できる。我々は王の道を先回りできるのだ。その上で、我々が合理的で先進的で開明的であるということを示すことができれば、あの子は我が家を選ぶに違いあるまい」
そしてせせら笑った。
「私はあまり好かれていないがじきに引退する身だからね。次の王の時代は私の息子、君たちの兄や父親の時代だ。王が家臣に風流であることより誠実であることを望むのならば息子にそう振る舞うよう指示すればいいだけのこと。フォルザーニー家は千変万化、生き残るためならば多少の雰囲気の変化は受け入れる余地がある――」
少年と青年も頷いた。
「フォルザーニー家の利益を最大化してくれるのは、操りやすいフェイフュー王子の方ではないかね。みんな、どう思う?」
そこで「異議がございます」と手を挙げた少女がいた。当主はすぐさま優しい声で「何だい」と答えた。
「言ってごらん、シャフルナーズ」
手を挙げた少女が立ち上がった。長く豊かな黒髪の美しい、アルヤ人の血の濃い姫だ。
「わたくしはソウェイル王子を選ぶべきかと存じます」
「よろしい、理由を述べなさい」
「ソウェイル王子は女性の重用を考えています。ただしソウェイル王子の世でもてはやされるのは格式と財産のある家の娘ではございません。殿方に意見する強さと賢さを兼ね備えた女――つまりフォルザーニー家が娘を育てる時に重視してきたことを基準に女を選ぶようになるのです。ソウェイル王子が王になれば、我々フォルザーニー家は、息子たちだけでなく、娘たちも、政治のおおやけの場に輩出できるようになります」
当主が考え込んで黙った。
シャフラはなおも続ける。
「ソウェイル王子はけして予測のつかぬ無ではございません。言わぬのです、余計なことを言わぬという処世術を身につけているのです。そして愚か者のふりをして下々の者から意見を吸い出します。わたくしはこれぞまさに知謀と心得ます」
周囲の全員がシャフラを見つめていた。
「脅威と言えば脅威にございます。なれどもうまくすれば我々の意見をも吸い上げようとするかもしれません。加えて気性が穏やかで性急な行動を好まないのは事実。誰か一人をソウェイル王子の傍に侍らせて適切な時に適切なことを言えばよいのです。フェイフュー王子のように家族総出で四六時中見張る必要はございません、我が家はかなりの労力を省けることでしょう」
「なるほど」
当主が足を組む。
「そういえば、シャフルナーズ、お前は最近ソウェイル王子のふところに潜り込むことに成功したと聞いたよ。実に立派だ。それでこそフォルザーニー家の一の姫、お前は今までフォルザーニー一門の誰も入り込めなかったところへ辿り着いたのだ」
「畏れ入ります」
「そのお前が言うのであれば重く受け止めなければなるまい」
そして、いたずらそうに笑む。
「黒き瞳の姫、糸杉の娘よ」
シャフラが首を垂れる。
「正直に答えたまえ。家のことを抜きにして、お前個人の好みを言いなさい」
「何についてでございましょうか」
「ソウェイル王子とフェイフュー王子、結婚するならばどちらがいいかね」
即答した。
「ソウェイル王子です」
「理由は」
「正室でなくても話を聞いてくれるに違いないからです。ソウェイル王子の
「決めた」
当主が立ち上がった。
「最小の労力で最大の利益を得るのは最高の正義だ。フォルザーニー家はソウェイル王子を選ぼう」
頭を下げたまま、シャフラは目を丸くした。
「シャフルナーズ」
シャフラに歩み寄る。
「お前は強く賢い娘だ。私の孫の中でもとびきりたくましい娘だよ。幾度男の子であればと思ったことか」
手を伸ばす。シャフラの細い顎を取り、顔を上げさせる。
「そのお前が女の子のまま活躍できる世が来ると断言できるのであればソウェイル王子にした方がいいのだ」
「おじいさま……!」
「だがしかし、お前ばかりひいきしては他の子たちが可哀想だし、お前ほどよくできた娘はたとえ王家であってもよその家にやるのは惜しい――もう少し考えよう」
そして、そのままの体勢で周囲の若者たちを見回した。
「まだ九ヶ月ある。子供たちよ、まだまだ議論を続けなさい。シャフルナーズの意見に勝てる言葉を私にぶつけられる者があるならば、私はその子の意見に乗り換えるかもしれない。これからも励むように」
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