第13話 シャフラ姫の戦い 2

 そこで、彼は「今日ここに来たのも多数決のためじゃない」と付け足した。

 シャフラが頷いた。

「次にお訊きしたいのはそれにございます」

「それ、って?」

「今日こちらにおいでになられたのはなぜでございますか。ここで時間を浪費しているとはお思いにならないのですか。本気で女の姿を見たいとでも? あるいはちまたで言われているとおり花嫁をお探しですか」

 ソウェイルは「本気で同世代の女の子が何をしているのか知りたかっただけだ」と答えた。

「でも、それじゃあ納得しないって言うんなら。もうちょっと詳しく言うと――」

 「カノから聞いたんだ」と言われて、カノの心臓が跳ね上がった。

「シャフラが、女の子が嫁に行くために必要なものは、家の格式、教養の有無、顔、って言った、と聞いた」

 シャフラが「わたくしが申し上げたことが?」と目を丸くする。ソウェイルが「そう」と頷く。

「俺、女の子がそういうので選別されてお嫁に行く国嫌だな、って思った」

 はずしたマグナエをくしゃくしゃと丸める。

「家も顔も本人が選べるものじゃない。教養も、たいていはおうちにお金があるかどうかで決まる。そんなので結婚が決まるんだとしたら、九割九分の女の子が望まない結婚をすることになる……」

 ゆっくりと、語り始める。

「昔……、今思うともうすごく昔の話なんだけど。俺の知り合いに、私はお嫁に行けないから、が口癖の女がいた」

 誰のことかはすぐ分かった。

「そいつは、いまだにちゃんと説明してくれないけど、たぶん、地方のすごく貧乏な家に生まれ育った。親は教育にぜんぜん興味がなくて、おとなになった今でも読み書きが苦手で、詩のひとつも暗唱できない。顔も――あんまりこんなこと言いたくないけど――シャフラやカノに比べたら地味だ。だから自分はお嫁に行けないんだってずっと言ってた」

 皆、黙ってソウェイルの話を聞いている。

「それって、家の格式、教養の有無、顔――シャフラの言ったとおりだろ。貴族のシャフラも、庶民出身のそいつも、おんなじこと言ってる。つまりアルヤ人の女の子みんなが同じこと考えてるのかな――と思ったら、俺は、なんかすごく、悲しかった。別にあの人が特別不幸なわけじゃないんだ」

 「でもそういうのはきっと親とか夫になる人とかが女の子たちに押し付けてるんだろう」と一息で言った。

「アルヤ社会の不文律に勝てるのはきっとアルヤ王だけだ。アルヤ王はすべてのアルヤ娘の保護者じゃなきゃだめだ」

 シャフラは何も言わずにソウェイルを見つめていた。

「俺は女の子が絶対結婚しなきゃいけない今の社会は息苦しいなと思ってる。同じくらい、結婚できないのも苦しいな、と思う。結婚したい子が結婚できて、結婚したくない子は結婚しなくていい――そういうアルヤ社会だったらいい」

 そこまで言ってから、ソウェイルは「俺うまく説明できてる?」と小首を傾げた。

「なんか――なんか、ようは、俺でよかったら愚痴聞くぞ、みたいな感じなんだけど……」

 カノは心の中で自分から台無しにするなと怒鳴った。

「――最後に」

 シャフラの言葉が、いつの間にか、柔らかくなっていた。

「最後に、お聞かせください。貴方様の御世では、わたくしは何ができるとお思いになられますか」

 それを聞いて、

「分かった」

 ソウェイルが、にこ、と微笑んだ。

「シャフラは何かしたいんだな」

 穏やかな、何の裏表もなさそうな、能天気な、笑顔だった。

「何がしたい? 何ができるんだろう。俺一人では決められない、俺は誰かの人生を変えるような命令はしたくない。でも誰かの人生がその誰かにとっていい方向に変わるように手伝うことはしたい。シャフラにとって国のために何かをすることがシャフラの人生をいいものにすることだと思うんなら俺はシャフラに国のための仕事を探す。けど、決めるのはシャフラだ。シャフラ自身がどうしたいのか、何ができて何ができないのか、教えてくれなければ。シャフラが、何をしたいのか言ってくれ」

 ソウェイルが、立ち上がった。

 そして、シャフラに向かって手を差し伸べた。

「一緒に考えよう。宮殿の俺の部屋に来てくれ、もっと具体的な話をしよう」

 シャフラの顔が、泣きそうに歪んだ。

「他のみんなもそうだ。やりたいことがあるならどんどん言ってくれ、ここにいる一人一人がみんな何かを始めたらきっと社会が動き出す。アルヤ王国は変わる」

 カノにも分かった。

 ソウェイルは、本気で言っているのだ。

「もし、自分が女だから言っちゃいけないんだ、男に意見しちゃいけないんだ、と思っているんだったら、なおさら、直接俺のところに来てほしい。声が聞こえたら俺はみんなのために動く。俺がみんなの話す権利を守る」

 シャフラの手が動いた。

 一瞬指先を持ち上げようとした。

 けれど彼女は拳を握り締めてしまった。

 カノには痛いほど伝わってきた。

 高貴な身分の女性であるシャフラが男性であるソウェイルに触れることはできないのだ――たとえそこに官能的な意味がなくても、だ。

「まあ、中には黙ってひっそり暮らしたい子もいるんだろうから、無理強いはしないけど」

 察したのか、ソウェイルも手を下ろした。

「その代わり、みんなも言うんだぞ。黙っていたら、俺にも聞こえない。……それが一番勇気の要ることだって分かってるから、ちょっと申し訳ないけど――まずは俺が言いやすい仕組みを作るからな」

 少女たちは皆、固唾かたずを飲んで二人を見つめている。

 照れたのか、ソウェイルが蒼い頭を掻いた。

「――って言ったけど……、俺が王にならなかったら全部なかったことになるんで、そこはごりょーしょーください……」

 シャフラの頬から、ふと、力が抜けた。

 こんな穏やかな表情のシャフラを見るのは、カノは初めてのことだった。

「これで全部か? 俺はちゃんとシャフラの知りたいことを話せた?」

「ええ……、はい。ありがとうございました」

 シャフラがこうべを垂れる。

「まことに、まことに、心より御礼申し上げます」

 そのしぐさがとても優雅で美しくて、カノは安心した。

 ソウェイルが「じゃあついでに俺の話一個だけ」と続ける。

「あんまりひとの悪口言ったらだめだと思うんだけど、フェイフューは外で俺の悪口言いまくってるって聞いたから、俺もフェイフューの悪口一個言っておくぞ。フェイフューは女の子にめちゃくちゃ冷たいからな。俺もう三回ぐらい宮殿の女官にフェイフュー宛ての恋文預かったことがあるけど、フェイフュー全部読まずに捨ててるから、みんなもフェイフューに愛を告白する時は俺を間に入れずに直接言って直接フられてくれ」

 誰かが小声で言った。

「そういえば、カノさまが前に、フェイフュー殿下は女の子に厳しいと……」

 ソウェイルは「厳しいというか冷たい」と訂正した。

「カノはフェイフューのことすごくよく知ってるから、フェイフューのことで知りたいことがあるんならどんどんカノに訊いていいと思うぞ。と言っても、フェイフュー、カノにもあからさまに冷たい態度だから、いい感じの話は出てこないと思う……」

 カノはつい頷いてしまったが、後になって一応「さすがにそれは言い過ぎなんじゃ」と言ってみた。ソウェイルが「いけないいけない、フェイフューの悪口いっぱい言ってしまった……」と言いながら頭を掻いた。

「フェイフューにもいいところがあるんだぞ、って言わなきゃだめだな」

「やめて、フェイフューにいいところが少ないみたいな言い方しないで」

 誰かが笑った。

 すると教室じゅうにさんざめくように笑いが広がっていった。

 教室に一体感が生じたような気がした。久しぶりのことだった。

 これならもとに戻れる――と思ったところで、

「――殿下」

 教室の前方から、声が聞こえてきた。

 はっとして前を向くと、次の授業の鉤編みの講師が、所在なさそうに立っていた。

「あの……、そろそろ、次の授業を始めても……?」

 ソウェイルが「ごめんなさい」と言って自分の頭にマグナエを巻き直した。少女たちも慌てた様子でそれぞれの座席へ戻っていった。

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