第12話 シャフラ姫の戦い 1

 ふだんなら休み時間もお喋りに花が咲くが、今日は怖いほど静かだ。何人かは先ほどお手洗いにたったものの、ほとんどの生徒が教室に残って息を殺していた。

 教室じゅうの少女たちがソウェイルを気にしている。

 アルヤ王国の華として優雅であれと教育されてきた彼女たちだ、ソウェイルを取り囲んで騒ぐような下品な真似はしない。ただ、ソウェイルの気配を窺っている。ソウェイルの顔を見ることすらせず、ソウェイルが動き出すのを待っている。全神経を、教室の後方、カノの隣の席に向けているのが伝わってくる。

 ソウェイルのすぐ隣にいるカノも注目されている気分だった。ソウェイルとはすでに七年の付き合いだが、今初めて『蒼き太陽』である彼にのしかかる重圧を感じている。いたたまれない、逃げ出したい、怖い――だが動けない。ソウェイルはこの無言の圧力を生まれた時からユングヴィと一緒に暮らしていた三年を除いた十二年間ずっと受け続けてきたのだろうか。それも、十人二十人ではない、百万とも言われるアルヤ人の全員から――とても恐ろしいことだった。

 ソウェイルの顔を見た。

 ソウェイルもカノを見ていたらしい。ばっちり目が合ってしまった。

「……いつもこんな感じ?」

「ううん、あんたがいるからだよ。いつもはもっとざわざわしてるよ」

「ええ……なんでだ……今日もざわざわすればいいのに。俺、そうゆうのを見に来たんだけどな……」

 カノが次の言葉に悩んでいると、ソウェイルはカノから視線を逸らした。というより、周囲をぐるりと見回した。どうやら何人かがソウェイルの方を見ていたようだ、目が合ってしまったらしく、急にあちこちの方角へ顔を背ける少女たちの様子が見られた。

「……何か、話し掛けてくれ」

 ソウェイルが小声で、しかし皆に向かって言う。

「気まずいから……」

 カノは叫び出したかった。気まずいという弱気な発言をしてほしくなかった。『蒼き太陽』として、アルヤ王国の第一王子として、もっと堂々と、話し掛けてみよ、というような命令をしてほしいと思ったのだ。カノの方が恥ずかしくなってしまう。ありのままのソウェイルには『蒼き太陽』という髪の色に見合うだけの威厳が足りない。

 かといって今そんなことは言えない。カノが口を出したら『蒼き太陽』の威光を傷つけてしまう気がした。しかも、先日からのシャフラ以外の級友全員の無視はまだ続いているようだ。今日はソウェイルがいるからか皆何となく以前のように振る舞おうとしている気はしたが、今度はカノの方がソウェイルの相手をしてばかりで他の少女たちに話し掛けられない。ここでソウェイルと皆の仲を取り持とうとしたら出しゃばりだと思われないだろうか。これ以上状況を悪化させたくない。ソウェイルは明日はもういないのである。

 早く時が過ぎ去って次の授業に始まってほしい。

 そう祈ったその時だった。

「ではお言葉に甘えまして、殿下」

 嫌な予感がした。

「まことに恐縮でございますが、このわたくしがお相手つかまりますわ」

 顔を上げると、目の前に、シャフラが立っていた。

 とてつもない威圧感だった。カノとソウェイルは座っていてシャフラだけが立っているので、文字どおり見下ろされているからだろう。その上、シャフラにしては珍しく面白くなさそうな――もっといえば、何となく怒っているかのような冷たい表情をしている。シャフラのように端正な顔立ちの人間から表情がなくなるとなぜかとても怖い。ラームテインが本気で怒っている時もこんな感じの空気になるのでカノは苦手だった。

 口では、恐縮、などと言っているが、シャフラにかしこまっている様子は見受けられない。むしろ、本当に、あらゆる意味で、見下ろしている。

 シャフラが強大な怪物に見えた。この女は十神剣だけでなく『蒼き太陽』をもおそれない――つまり、神をおそれていないのだ。

「お名前は?」

 圧倒されているのだろうか、ソウェイルの方が下手に出てシャフラに丁寧な言葉を使っている。ソウェイルが哀れに思えてきた。

「シャフルナーズィア・アフサラ・ルーダーベ・フォルザーニーと申します」

「お前がシャフラナーズィアか」

「シャフルナーズィアにございます、殿下。シャフラとお呼びになられても結構です」

 なんと傲岸不遜な女なのだろう。

「な……何のお話する?」

「ソウェイル殿下においくつかお訊きしたいことがございます。女の身では永久とわに叶わぬことと思い今日まで胸に秘めてまいりましたが、殿下御自らがこちらにおいでくださってわたくしどもに話し掛けよとおおせになられましたので、たいへんぶしつけながら直接お伺いしとう存じます」

「い、いいぞ。何でも聞く。答えられたら答える――答えられたらだけど」

「結構でございます。女に語り聞かせられる話ではないとご判断なさるのであればお答えにならずとも――」

「そうじゃない」

 ソウェイルが、シャフラの言葉を遮った。

「そうじゃないぞ」

 ソウェイルの声に芯が入った。それまでシャフラにおびえていたように見えていたのがカノの勘違いだったかのようだ。

「女に聞かせられない話なんて、男にも聞かせられない話しかないぞ。シャフラが女であることを判断基準にして俺の話を変に解釈するのはやめてくれ」

 シャフラが一瞬黙った。驚いたようだ。そのあとソウェイルが小声で「答えられないとしたら俺がぽんこつでとんちんかんなことしか思いつかない時だけだと思う……」と続けたので台無しになったが、とりあえず、ソウェイルにはシャフラに対抗できる力が隠されているというのは何となく伝わってきた。

「何が知りたい?」

 問い掛けられると、シャフラはふたたび胸を張った。

「フェイフュー殿下に対抗するための活動は何かなさっているのですか」

 カノは震え上がった。カノですら直接は言わないことを、シャフラは単刀直入に訊いてきたのだ。

 しかも、シャフラは挑むように続ける。

「わたくしどもの耳にはソウェイル殿下が何かなさっているというお話は届いてこないのですが、何もしなくてもその蒼い髪があれば民は皆貴方様に従うとお考えですか。それとも王になりたいとはお思いにならないのですか」

 ソウェイルの顔を見た。

 ソウェイルは自分の頭からマグナエを取った。輝く蒼い髪が空気に晒された。それは本来崇め奉るべきものであり、何人かは礼法に則ってその場にひれ伏したが、シャフラはけして動かなかった。

「みんな、顔を上げてくれ」

 ソウェイルが、静かな、落ち着いた声で言う。

「ただ、蒼いだけだ。何も起こらない。これ以上の魔法を使うことはできない」

 「よく見てくれ」と言うと、頭を下げていた少女たちも顔を上げてソウェイルの方を見た。

「俺は何も特別じゃないんだ。ただ、髪の蒼いご先祖様たちがすごかったから、みんな蒼い髪の王子は全員すごいんだと思い込んでる。髪の色が目立つせいで、みんな、みんなの前にいる俺の姿が見えなくなってる――みんなの前にいる俺はただの十五の男だ、みんなのお兄さんや弟とそんなに大きく違くない」

 だがその言葉には卑下する感じはなく、むしろまっすぐ前を見据えていて、

「俺の神話は俺がこれから自分で作る。今はまだ何もない。逆に、今はみんなそう認識していてくれ。アルヤ人のみんなには、俺が何かをするまで俺を評価しない、そういう、地に足をつけた考え方でいてほしい」

 それがソウェイルの心を支えているのだというのが伝わってくる。

「今、俺は、今回の多数決のために特別なことはしていない」

 彼は断言した。

「でもそれは、『蒼き太陽』だから平気だろうと思っているとか、王になることを諦めているとか、そういうんじゃない。今から次の大晦日のためだけに無理していい格好をしてみんなに見せたところで、王になってからぼろが出ると思っている。俺はいつもの俺をみんなに見てもらいたい、その上でこいつはだめだと思われるんならそれでいい。それがみんなに選ぶ権利があるということだと思っている」

 初めて聞くソウェイルの言葉だった。

 カノは感心したが、シャフラは頷かなかった。

「本当に民の皆が公正に貴方がたお二人を見ることができるとお思いですか。御覧なさい、ここにいる皆が貴方様を見ておそれかしこまっておりますよ」

 ソウェイルが首を横に振る。

「だからこそ、イブラヒム総督は十神剣を指名したんだと思う。十神剣は全員ありのままの俺を見ている。喋って、動いて――生きている俺を。十神剣は一般の民のみんなより俺のことをよく知っているんだ。その上で、ほとんどが人生の途中で急に軍神になってる。基本的には民の感覚で決めてくれると思うぞ」

「なるほど」

「もし、みんなの意見を多数決に反映させたいんだったら、十神剣の誰かに言ってくれないか。みんなにとって一番身近な十神剣はカノだと思う、カノに自分が選びたい方はどちらか伝えてくれ」

 急に名前を出されてぎょっとした。思わず辺りを見回してしまった。周りも驚いた目でカノを見ていて、何人かとは目が合ってしまった。

「カノじゃなくてもいい。女同士の方が話しやすいならベルカナやユングヴィでもいいし、おうちに中央守護隊の仕事をしている人がいるんだったらナーヒドでも、白軍の仕事をしている人がいるんだったらテイムルでも」

 「十神剣を信じてほしい」と、彼は言う。

「十神剣は日々みんなのために戦ってる。十神剣はみんなのことを真剣に考えてくれるはずだ。遠くにいる俺がよく見えないんなら近くにいる十神剣を見てほしい」

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