第7話 ユングヴィの本音 2

 意外にも、ユングヴィは自分から切り出した。

「ソウェイルとフェイフュー殿下の件だよね」

 カノは心臓が跳ね上がるのを感じた。もっと慎重に誘導尋問をして少しずつ聞き出していかないといけないと思っていたのだ。それがユングヴィ本人の口から単刀直入に出てきた。

「私が十神剣会議に出ないから。私が行かないからサヴァシュも行こうとしないし。話が進んでないんだろうな、っていうのは分かってる」

 すかさずベルカナが言った。

「一番大事なのはあんたの体よ。出ることが負担になると思ってるならしょうがないわ。実際今の十神剣会議は去年までみたいなお気楽なお茶会じゃなくなってる。ラームが中心になってあたしやカノをフェイフュー殿下側に口説き落とそうとしてるのよ。あんたやサヴァシュが出てきたらどうしてソウェイル殿下を支持するのかしつこく聞いてくるでしょうね」

 その光景が想像できるのだろう、ユングヴィは渋い顔をして頷いた。

「私、難しいこと分かんないからさ。議論するとか、怖いんだよね。頭のいい人たちががーって言ってきたらそっちの方が正しい気がしてきちゃうし、なんでソウェイルを王にしたいと思わないのか説明されたらソウェイルの悪口言われてるみたいに感じちゃうと思う。それなら聞きたくない、この場にいたくない、って思うと思う」

 茶碗を撫でつつ「怖いんだ」と繰り返す。

「私には説明できないよ……。なんでソウェイルがいいのかって訊かれても、ソウェイルが私の子だからとしか言いようがない。私が育てた子だから、私にとってはソウェイルはとっても可愛くて、どんなことがあっても、何が何でも味方してあげたいと思っちゃうんだよ。でも自分でもそれは理屈じゃなくて道理として通らないってのは分かってるからさ」

 ベルカナは何も否定しなかった。頷き、「そうね」とだけ言った。うまいやり方だ。何がそうなのかカノにはさっぱり分からない。けれどユングヴィは何かを肯定されたと解釈したようで続きを語り始めた。

「私、昔、ソウェイルに王様になってって言ったことがあるんだ。この国に『蒼き太陽』が必要だと思ったから。ソウェイルなら『蒼き太陽』として立派にみんなを導いてくれるんじゃないかと思ったんだよ。ソウェイルには、そういう、期待に応えてくれる――何て言うかな、責任感……? が、あるんじゃないかな、って思った。漠然と。あの子のどういうところにそういうのを感じるのかっていうのは分かんない」

「そう、そんなことを言ったのね。ソウェイル殿下は何て?」

「分かった、って。頑張って王様になる、って言ってくれた」

「ソウェイル殿下も素直に王になりたいと思っているのね」

「うん……、あの子はずっといい王様って何だろうって考えてるよ」

 それは初耳だった。ユングヴィしか知らないソウェイルの面というものがあるのだ。

「私が言い出したことなんだけどさ、あの子それをすごい真剣に捉えてて、本気で考えてるみたいだから。応援してあげなきゃ、って。あの子が王様になるまで、私がちゃんと見届けなきゃ、って」

 しかし――一人腕組みをして考える。つまりソウェイルはユングヴィに言われるがまま深い理由はなく王になろうとしているのではないか。ソウェイルには王になったあとの施策について考えはあるのだろうか。ずっと考え続けているというのならないわけではないと思うが、ソウェイルがそれをカノの前で表に出したことはない。

「――でも、ちょっと怖い」

 ベルカナが優しい声で「何が?」と促した。

「私が王様になってって言わなかったら、ソウェイル、王様になる気にならなかったかもしれないんだ。もしかしたら今もまだ本音では王様になりたくない気持ちがあるかもしれない。だから私、ソウェイルがこの家に来るたび、無理しないでね、って言うようにしてるんだけど。ソウェイルは無理じゃないって言う。頑張るって言う。私が言わせてるんじゃないかすごく不安になる。かと言ってあんまり言うのもやる気をそぐことになるんじゃないかと思うし、しつこく言い続けるのもよくない気がして……めちゃくちゃ悩んじゃう」

 そこまで聞いてから、ベルカナは言った。

「フェイフュー殿下を王にしたら、ソウェイル殿下の負担が減る、とは、思わない? フェイフュー殿下、かなりやる気よ。王になったらどんなことをしたいかもはっきりご説明なさるわ」

 ユングヴィは考え始めたようだった。カノはユングヴィがこのまま黙ってしまわないかはらはらしたが、ユングヴィには自分の考えを言葉にするための時間が必要であることも分かってきたので急かすこともできない。

 ベルカナはあくまで穏やかだ。

「この前――妊娠が分かる前まで、あんたフェイフュー殿下に武術を教えていたでしょう。テイムルから聞いた感じだいぶうまくやってる印象だったわ。その時あんたから見てフェイフュー殿下ってどんな子だったの? ソウェイル殿下ほど王には向いてなさそう?」

 次の時、カノは目を丸くした。

 ユングヴィは、頷いたのだ。

 つまり、ユングヴィは、ソウェイルとフェイフューを比較した上で、フェイフューは王にふさわしくないと思っている。

「フェイフュー殿下はさ……、頭がいいんだよね」

 指先で、茶碗の金の紋様をなぞる。

「何でもすぐ吸収するし、何でもはっきり自分の言葉で説明できる。できないことなんてないと思う。優秀ってこういう子のことを言うんだなって、すごく思った」

「そうね、確かに、フェイフュー殿下はそういうお方だわ」

「だからたぶん……、優秀じゃない人の気持ちが分かんないんだと思う。そういう人が王様の国で私みたいなのが生きるのはすごくしんどそう」

 驚きのあまり、カノは自分で自分の口を押さえてしまった。

 ユングヴィはそれからもゆっくり説明を続けた。

「フェイフュー殿下の周りって、ナーヒドとかラームとか、頭がよくてちゃんとしてる人ばっかりだから、フェイフュー殿下には、ちゃんとしてない人――たとえば女とかチュルカ人とか、フェイフュー殿下の身の周りにはあんまりいない、人生うまくやれてない人のことが分かんないんじゃないかな。自分はできるから、できないってことがどんなことか分かんない。みんな自分と同じようにできるはずなのにやってないように見える。手を抜いてる、悪いことだと思う」

 そこまで語ってから「ううんほんとは分かるのかもしれない」と自分で否定する。

「頭がいいから察するトコがないわけじゃないと思うよ。でも分かったら分かったで嫌なんじゃないかな。弱い人間のこと、いいよ、って言ったら、自分の弱いところにも向き合わなきゃいけないと思うかもしれない。でも殿下は弱い自分が嫌いなんだよ。弱い人間を――弱い自分を絶対許さない」

 ユングヴィは本当にひとをよく見ているのだ。

「真面目なんだと思う。それはいいことなんだけど、真面目であることを周りの人にまで押し付ける人は、ちょっと――私はそういう人の下では働けない」

 ユングヴィの黒い瞳は絨毯を見ていたが、

「テイムルが私にフェイフュー殿下に教えてほしかったことってほんとはそういうことだったんじゃないのかな、って、今でもぐるぐる考えちゃう。フェイフュー殿下には、フェイフュー殿下とはまったく違う人生のひとと触れ合う機会っていうか……、ラームとかナーヒドはフェイフュー殿下が何か言ったらすぐ言い返せるけど、世の中には言い返せない人間がたくさんいるんですよ、って、私はそう言い返さなきゃいけなかったんだ」

 「でもできなかった」と言って、茶碗を盆の上に置いた。

「私には何も言い返せなかった……。フェイフュー殿下には私のこと分かってもらえないんだな、って思って諦めてしまった」

 フェイフューがあの勉強部屋に来た最後の日を思い出してしまった。

 フェイフューは何かユングヴィの気持ちを一気に萎えさせる言葉を口にしたのだろう。ユングヴィはそれに対して言い返せなかったと言っているのだろう。

「フェイフュー、ユングヴィに何て言ったの?」

 カノが問い掛けると、ユングヴィは首を横に振って「言えない」と答えた。

「フェイフュー殿下の悪口になっちゃったら嫌だ。しんどいのは私たち夫婦だけで充分だ」

 それでぴんときた。

 フェイフューはおそらくサヴァシュかサヴァシュの血を引く子供たちを否定したのだ。

「分かってるのに――フェイフュー殿下に、違うよって、言ってあげなきゃいけなかったのに。可哀想な殿下。申し訳ない。でも無理なんだ……」

 ベルカナが口を開いた。

「今から言ってあげることはできないかしら」

 ユングヴィが顔を上げる。

「受け入れなくてもいいわ。認められないなら認められないでいい。でも――もし、後悔してるのなら。言ってあげた方が、あんたもすっきりするんじゃないかしら」

 視線がさまよう。

「前向きに考えてちょうだい。まだ九ヶ月もある。間に合うかもしれないわ。フェイフュー殿下が変われたら変わるものがあるのよ」

「ほんとに?」

「そうよ」

 ベルカナは微笑んでいた。

「帝国が狙っているのは、あたしたちが分裂すること、そしてソウェイル殿下とフェイフュー殿下を喧嘩させることよ。だからこそ、みんなが一致団結して、あえてどちらかを王にして、残った方のために次のことを考えさせる。みんなで――十神剣と殿下がたお二人が、話し合った上で。そういう道もあたしはあると思ってる」

 「結局どちらかを王にしなきゃいけないのは変わらないんだけれどね」と付け足してから、

「王にならなかった方の今後を、考えてさしあげるのよ」

 ユングヴィは、頷いた。

「考えとく」

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